二話 駆け引きの末に始まるのは
銀色の髪を持った鬼の子を渡せ、と。女はそう言った。
穏やかではない要求を突き付けられ、豊作は細めた目の奥で考えを巡らせる。突然大人数で押し掛けてきた若輩者に命令口調でそんなことを言われたのなら、断る、と一言でカタをつけてやってもこちら側に非は無いはずだった。しかし感情に任せ反抗的な態度を取るのは賢明ではないだろう。威嚇するように目の前に整列した十人の出で立ちは、普段村を見回っている敵国の騎士たちのそれとは違うことに彼は気がついていた。赤を基調としている軍服は同じ主君に属していることを表しているのだろう。が、差し色に黒を用いていた後者に対して前者は豪華にも金色の装飾が施されており、重厚な立襟も目立つ。単純に考えて立場が上。さて、どう出るか。
無言のままの彼に、女は困ったように表情を崩した。
「ありゃ、反応が無い?」
首をひねる彼女に控えていた一人の女騎士がうんざりした顔で口を開く。見た目は金髪に深緑色の瞳の異邦人だが……腰には剣でなく刀を差していた。
「隊長、まずはこちらの身元を明かし相手の名乗りを促すべきです。それから我々がなぜ銀髪の子を求めているかの説明、同時に拒否権は無いことを伝える。面倒だから嫌だとか言わずに仕事はしっかりやっていただかないと困ります」
「なるほどね。いつも助かるよー」
耳の下で緩く二つ結びにした長い金色の髪を軽い動作で後ろへ払うと、彼女は改めて老人を見据えた。
「すみません、申し遅れましてー。我々はですねえ、火の国より派遣されました王家近衛師団の者です。んでワタシはこの第二番隊の隊長を務めてるマーシィ=アンパイア。風竜村村長竜守豊作殿、ちょこーっとお時間よろしいですか?」
言いながら胸ポケットから板チョコレートを一枚取り出す。
「チョコだけに、なんちってー」
パキリ、と小気味良い音がその場に響いた。
南エレメニア大陸北部に位置する『フレイムロッド王国』、通称『火の国』。
かつて世界の均衡を保っていた三大国の一角にして現在は他二大国をその支配下に組み込んだ、優れた貿易戦略で得た財力と誇りある王国騎士団の軍事力を強みとする、正真正銘この世の支配者である。よって必然的に世界最強の地位を得た火の国の騎士団であるが、中でも精鋭百名のみで構成される王直属の第一部隊から第十部隊までは王家近衛師団という名を預かっている。つまり、その内の第二番隊を率いている女騎士マーシィの実力は――その振る舞いから想像するのは難しいが――相当なものだということになるだろう。
対して、北エレメニア大陸南部に位置するのが世界最大の国土面積と最多の炭鉱を有する『渡風自治村連合国家』、通称『風の国』である。
国民のほとんどが採掘作業に従事し生計を立てており、輸出される石炭や鉱物は各国の輸入量のおよそ九割を占める。よって世界の動力源として三大国の一角を担っていた風の国だったが、十五年前火の国の侵略戦争が宣戦布告無しの奇襲攻撃により始まったことで、石炭の輸出ルートを遮断する間も無く大敗し、今では各地を監視役である異国の騎士が跋扈する名目上の自治領となっているのだ。
そしてその北端、西から北を小国『花の国』との国境竜頭山脈、東を竜胴山脈、更に南を竜尾山脈と森で囲まれた小さな盆地に存在しているのがここ『風竜村』だ。風を司るといわれる竜神を信仰する竜守一族が、古くから厳しい環境の中で開墾し豊かにしてきた場所で、村人は自然を愛しこれに感謝し穏やかに生きてきた。戦争後に火の国がこの村を破壊しなかったのも現在の村長、竜守豊作の尽力と民の争いを好まない性質によるものだったのだろう。
しかし実は約十年前に、ほど遠くない場所で不可解な事件が起きていたことを知る者はあまりいない。
三人分の湯呑が置かれた座卓を囲むのは、マーシィと彼女に苦言を呈していた右腕らしき女騎士、そして豊作。残りの八名の騎士はマーシィが村内に放った。話し合いに横槍を入れないように、という指示と共に駐屯している見回りの騎士団が村人に害を成していないか取り締まって来いとも言っていたがその真意は読み取れない。
茶を運んできた実は女騎士二人を一瞥し不安げな面持ちで出て行った。どうやら豊作に席を外せと目配せをされたらしい。
「火の国首都からわざわざ足を運んでいただいたのに大したもてなしもできずに申し訳無い。茶と菓子だけでもいかがですか」
柔らかく微笑みながら、しかし敵意を確実に伝える口ぶりで豊作は言う。
「緑茶ってどれも美味しいですよねー。ワタシ好きなんですう」
相手の心を知ってか知らずか相変わらず気の抜けた様子で湯呑に口を付けようとしたマーシィをもう一人の女が素早く制した。きょとんとする彼女の手から湯呑を受け取り、一口。神妙な面持ちでしばらく液体を口の中で転がしたのちゆっくりと飲み込む。
「隊長。特に問題はございませんので安心してお召し上がりください」
「ちょい、ワタシこっち。こっち向いて言いなさいよほれ」
豊作に視線を注いだまま彼女は警戒心を隠そうとしない。自部隊の隊長に毒でも盛られるかと思ったのだろう。当然、豊作はそんな謀りを持ち合わせてはいなかった。
「優秀な部下をお持ちですね。お名前を窺ってもよろしいかな」
「リン=アコネイトと申します」
「ねえ険悪ムードやめなーい?」
ぽきぽきと板チョコレートを齧る音が客間に響く。
「誰の身を案じてのことだと思って」
「はいはい本題忘れてるー」
ごくん、と頬張っていたものをろくに噛まずに飲み込み、ついでに食べかけのチョコレートを自身の豊満な胸の谷間に滑り込ませて――何かツッコミを待っているのかと豊作は思ったがリンが静観しているのを見てこの行動については流すことにした――彼女は居住まいを正す。同時にその場に漂っていた緩んだ空気が、薄い紙をぱりっと張ったような緊張感へと塗り替えられた。この女は元々オンとオフの差が激しいらしい。意図的にそうしているのか、それとも天然のものなのか。
「村長殿、先のあなたの反応からしてこの村に銀髪の子どもがいるのは確かなようです」
豊作が細い目を薄く開く。洞察力に優れた女だ。敢えて無言を決め込んだというのに少しばかりの動揺を感じ取ったとは。
「そこで改めて、『それ』を至急ワタシたちに引き渡しなさい。こんなところに置いておいて良いものじゃないので、ね」
「もともとこちらのものなのに『渡せ』と言うのも変な話だが」
ふ、と。今まで表情をぴくりとも動かさなかったリンが嘲笑のような言葉を吐いたのを豊作は聞き逃さなかった。しかも『それ』だの『もの』だの、まるで銀髪の子ども――おそらく狼のことで間違いは無いが――を人として扱っていないかのような言い方だ。こんな者たちに彼の身柄を引き渡せばどうなるかなど想像もつかない。つかないが故に恐ろしい。簡単に渡してなるものか。
一瞬思考を巡らせ、豊作は口を開いた。
「確かに銀の髪をした子はおります」
マーシィが笑みを深め、リンが軽く目を見開く。
「けれど、恐らくおまえさん方がお探しの子とは違うでしょうな。何せ、あの子はわたしの孫ですから」
隊長殿は人心の機微に鋭い。つまり偽りには目ざといのだろう。だからこそこういう言い方をしたのだ。嘘を言ってはいないのだから、彼のことは孫として育ててきたのだから、看破されることもきっと無い。
「へえ? でも村長殿? この村の人間は皆、いや、この国の人間の髪の色は艶やかな黒色じゃありませんか。銀髪の子はどこから生まれると?」
想定内だ。
「生まれつき色素の薄い子でして、銀色というか灰色というか。村の人間からいじめられるのではないかと人目に触れないよう育ててきた次第でございます」
用意していた口上をすらすらと述べる。一度勢いをつけてしまえば嘘を混ぜようとも悟られまい。
リンが不可解だ、とでも言うように眉根を寄せて豊作を探るように見ている。彼女になら安い嘘も通用するだろう、と聡明な老人は内心で笑った。礼儀正しく生真面目で、一度信じた者にはどこまでもついてゆく、立派な精神の持ち主だ。が、それは愚直とも言える。ときには柔軟にならねばならないこともあるのだよお嬢さん。隣にいる、おまえさんの隊長殿のように。
豊作の視線の先でマーシィは笑っていた。
「そうですか……では」
あくまで、余裕の表情で。
「昔、この村の東の方角へ一つ山を越えたところに小さな家があったことをご存知ですか? そして今から約十年前にその家が……住んでいた家族ごと燃えたことも」
「隊長!」
リンの大声と共に二連続の発砲音が鼓膜の奥をがんがんと殴りつけた。
「どしたのーリン。文句でもあるのかな?」
笑うマーシィ。二筋の細い煙が立ち上る襖を睨みつけるリン。
「隊長の意向に逆らうつもりはありません。しかしこのような重大事項を話す際には子鼠の排除が必要かと思われましたので」
「そっかそっか。でもいいよー余計なことしなくて」
「……失礼致しました」
第三者が見ればマーシィの態度は友好的な軽いそれだが、彼女たち二人のあいだには言葉にせずとも明らかで絶対的な主従関係があった。この隊長殿は、それほどに地位が高いというのか。
豊作に向き直った彼女は莞然として、それでですね、と続けた。
「火を放ったのは、我々なんですよ」
まるで、庭に出ていた家族の一人が縁側でつっかけを脱ぎながら今日の天気は晴れだと、何の気無しに告げたかのように軽い口調だった。
「あ、少し違いました。正しくは『王家近衛師団第一番隊が、当時の隊長に率いられある人物の足取りを追ってその家に辿り着き、目的を達成するために火をつけた』んです」
その訂正からも緊張感はまったく無く、豊作は危うくその事実を咀嚼せずに丸飲みにしてしまうところだった。
何という事実だろうか。豊作は目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、ひどく憔悴した夫婦とその腕に抱かれた赤子の姿。
――お願いが、あります。
美しい銀髪の男はそう言って深々と頭を下げた。傍らで金の髪の女は泣き出しそうな顔で我が子を抱きしめ、視線を地面に落とした。そして二人の只ならぬ雰囲気をきょとんと見上げる橙色の瞳。
およそ五年ぶりの邂逅があのようなものになるとはあの日豊作は夢にも思っていなかった。雪の中倒れていた子どもの髪と瞳の色に、息を飲んだ。まさか、と。
正面のマーシィは相変わらず笑顔を崩さぬままだ。その表情はまるで老人との無言の駆け引きを楽しんでいるようでもあった。
「ええ、何しろ国家機密にかかわる事案でして。仕方が無かったんですよ。ただ……その際に最大の目的を達成することができなかった。子どもを、取り逃がしましてね。混乱に乗じてか前以てかは分かりませんが、両親がどこかへやったのでしょう。我々はその子を未だに探し続けています」
つ、と卓上に指を滑らせ豊作へと身を乗り出す。
「村長殿、お心当たりはありませんか?」
「……はて。そのような話、見たことも聞いたことも」
穏やかに微笑む彼にマーシィもにっこりと返す。リンだけが険しい顔つきのまま二人のやり取りを静観していた。
「お話し中すみません。リン=アコネイト様をと、フィル騎士様から」
沈黙がどれほど続いただろう。襖越しのくぐもった実の声にリンが部屋を出ていく。
程無くして彼女は足早に戻ってくると、僅かに嬉々とした色を滲ませ、隊長、と呼びかけた。
「フィル=エルダーより報告が。例の対象はこの屋敷の裏手の蔵に居るとの目撃情報を村の子どもより多数得たそうです。彼らの説明が詳細且つ一致していることから信憑性はかなり高いかと」
「おーけー。んじゃ行こっか。村長殿、案内してくださいな」
豊作は一瞬だけ渋る様子を見せ、そして観念したように立ち上がった。
二人の女騎士は他愛も無い会話をしながら庭を歩く豊作の後をついてくる。
「あれ、リン何それ。イイもの持ってんじゃんー。フィルにもらった?」
「はい。村の鍛冶屋と駐屯騎士との揉め事に出くわしたようで、騒動の原因であるこれを買い上げたことで治めたそうです」
「へーやるねえ。リンの儲けじゃん」
「御二方」
豊作が小さな土蔵の前で振り返り、目的の場所だと示す。
「鍵かかってるんですよねー。開けて開けて」
のろのろと懐から錠の鍵を取り出しながら彼は考える。今の時間帯、狼はここにはいないため中を見せても問題は無い。が、それであっさりと諦めて帰ってくれる連中とは思えない。何かもう一つ、決め手が欲しいところだ。或いは、狼か凪へと状況を伝えてこの村から逃がすことができればそれでもいい。
思考がまとまらぬまま、蔵の重い扉が軋みながら開いた。
案の定、そこに人の姿は無かった。足の踏み場が無いほどに並んだ物のあいだをマーシィがゆっくりと歩きまわる。畳まれた寝具の前で彼女は足を止めた。
「布団があるってことはさ、ここに人が居たってことじゃない? これ埃かぶってないしー」
ぴょん、と小さめの壺を飛び越えて入口へと戻ってくる。
「つまり、ワタシたちが来たことを誰かが知らせたか自分で危険を察知したか、どっちかは分からないけどー、脱走した、てこと?」
問いかけられた豊作は黙ったまま。
「見たところこの扉は内側から開けられる造りではないようですが」
リンの問いにマーシィはにやりと笑った。
「だから、脱走経路があるんでしょ」
指を差したのは蔵の一番奥、左の隅。
「片付け方がね、不自然。床が見える場所を敢えて転々とした配置にしたり、本の山を崩してみたり誤魔化してるつもりなんだろうけど、普通物を片付けるときって隅っこに積み上げるでしょーよ」
ちょい畳持ち上げてみ、と言われたリンがその通りにすると、
「やったねービンゴ!」
人ひとりが通り抜けられるくらいの穴が顔を見せた。馬鹿な、と豊作は小さく呟いた。長年彼が見つけられなかった狼の抜け道をこうも簡単に、一目見ただけで看破するとは。この蔵の状態に不自然さなど一度も感じることができなかった。隅が空いていることに何の疑問も持たなかった。
「さあて、これが隠れ家になってるのか外に繋がってるのか」
「自分が探索をしてきますので、隊長はそこでお待ちください」
「ほいほい。頼んだよー」
するりと穴の中へ姿を消したリンを見届け、マーシィは苦々しい表情の豊作の方を振り返った。勝ち誇った笑顔で、当てつけのように。
「まったくもう村長殿お、ちゃんと隠さず教えてくださいよー」
「残念でした、そっちはハズレ!!!」
突然その場に響いた第三者の声。視線が一斉に声が聞こえた方角――蔵の天井近くの小窓――へと集まる。いつの間にか木格子が外されたそこから一つの人影が中へと飛び降りてきた、が、女騎士の注意はまだ窓に向けられたままだった。なぜならそこに姿を現したのは、
「Silver hair and marigold eyes! I got you girl!(銀の髪に橙の目! 見つけた!)」
窓枠に足をかけ、朝陽を背に受ける狼その人。平静を装うことも忘れて豊作は叫んだ。
「逃げなさい!」
「あんま見くびんな、よっ!!」
至近距離から声を発したもう一人にマーシィが焦点を合わせようとした瞬間、彼女の顎から脳天へ衝撃が走った。心地良い浮遊感が全身を包み、ぐらりと視界が回転する。陶器が割れる音が遠くぼやけ、膝を折った彼女はそのまま書物の海に倒れ込んだ。
マーシィの足元にあった小壺を力任せにその顎目がけて叩きつけた凪は、無事に彼女が正体を失ったのを見届け窓のところに居る狼に合図を送った。軽やかに着地を決めた彼は素早く、立てかけられていた畳で穴を塞ぐと箪笥と壺で重石をした。
呆気に取られる豊作の元へ二人の小さな勇者が達成感に笑みをこぼしながら駆け寄ってくる。
「まさか、本積み上げて小窓から脱走してるの隠すための偽脱走経路の穴をここで使うとは思わなかったよ。あれちょっと行くとすぐ行き止まりになってるんだよね」
「敢えて堂々と姿現して意識をおれに向けさせないっておまえの作戦、意味分かんねえくらいうまくいったな!」
「当たり前じゃん。豊作さん、早く蔵の鍵閉めちゃって!」
狼に急かされ、まだ状況に頭がついていかないままに彼は蔵の扉に錠を下ろした。
屋敷へと小走りに戻りながら、凪が言う。
「じっちゃんとあの騎士が話してんの、おれら部屋の外で聞いてたんだけど、」
「いきなり銃で『バン!』ってされて怖かったよねあれ」
「あれな」
頷き合う二人の成長ぶりを豊作は心の中で噛みしめる。きっとここで自分の手から離れていくのだろうと、理由は無いが彼は確信していた。
運命が、動き出そうとしているのだと。
「それでなじっちゃん、おれ狼連れて今のうちにこの村を出ようと思う」
「……そうか」
「あの二人の騎士に何かあったんじゃないかって誰かが感付く前に」
最初はこいつ一人で逃げるつったけどおれが説き伏せた、と狼を指差して凪が苦笑いを浮かべる。
「なら、簡単な支度だけしてすぐに行きなさい。北望村にさえ着ければ私の知り合いもいるし、」
「豊作さん」
引きとめたい思いを、危険な目に遭わせたくないという願いを、振り払おうと早口になる豊作の名を狼が呼んだ。
「迷惑かけて、ごめんなさい。大変な思いさせて、ごめんなさい。言うこと聞かない子で、ごめんなさい。孝行もできないままいなくなることになって、ごめんなさい」
「狼、」
「でも、僕は豊作さんのことが大好きです。住む場所を、美味しい食事を、何よりひとりぼっちだった僕を今まで育ててくれて、本当に本当にありがとうございました!」
声が、震えていた。理由も分からず敵国に狙われ、馴染みのある故郷を捨てなければならず、そのような状況でまだ十六の子どもが何も思わないわけが無かった。怖くて、寂しくて、けれどこの場では最善の選択に踏み切るしかなく。
深い皺の刻まれた腕で、豊作は狼の華奢な身体をきつく抱きしめた。
「絶対にいつか、ここへ帰ってきなさい。私の愛しい孫」
「はい……っ」
老人は思う。この小さな身に国は、世界は、本人の預かり知らぬところで何を背負わせたのだろう、と。どうか、この子が不幸になりませんように。どうか、悲しみの涙を流すことがありませんように。風竜よ、神よ、どうか守ってください。願いを込めてその背中をゆっくりと撫でる。
思い出していたのは十六年前にあの夫婦に言われた言葉だった。
――お願いが、あります。いつか、もしかしたら近い将来、僕たちがこの子のそばに居られなくなったとき、この子が幸せに生きられるように面倒を見てやってはもらえないでしょうか。
――そして一つだけ……これだけは絶対に守ってほしいのです。
――この愛らしい僕たちの娘は『男』として、性別を偽りそれを生涯貫くことを、どうか……。
(続)