八十六、輝けティアラ
しるこババアの鍋から現われた巨大な龍は、僕達の鞄を二つとも拾い上げ、更に僕のことを咥えて自らの背に乗せた。
「さあ、小太郎。崖の破壊は頼んだぞよ。わしは禅在を倒す!」
しるこババアが叫ぶと同時に龍は高く飛び上がった。
禅在も叫ぶ。
「逃がしませんぞ。追うのだ。ゾンビ達よ」
ゾンビが追って来ようにも、僕は龍に乗って遥か上空だ。
この決戦、勝てる。
その時、頭の中にカッと光が瞬いた。白昼夢が始まる。
見えたのは、別れたばかりのしるこババアの姿だった。
彼女は禅在と対峙していた。
「お婆々殿。あのような大技を隠し持っていようとは驚かされましたな。だが他人を逃がすのに使って良かったのですかな? あの龍で私を攻撃すれば勝てたかも知れませぬぞ」
「お主なぞ、今の技を使わんでも余裕じゃ」
そして、二人はしるこを撃ちあった。何十発、何百発という塊が飛び交い、しるこの龍としるこの狼が吠える。
最初は互角のように思えたが、次第にしるこババアが圧されだした。彼女は肘までの左腕に鍋を括り付けているのだが、手で鍋を持っていた頃としるこを掬う際の感覚が若干異なるのだろう、それが歪みとなって現われだしていた。しかも、召喚術の使用によりしるこが底をつきそうになっている。
このまま距離を取っての打ち合いは不利。
一か八か禅在の鍋を奪おうと、彼女は禅在に向けて大きく高く跳んだ。禅在が口角を引き上げ、おたまを振る。
おたまがしるこババアに当たりそうになった瞬間、彼女はしるこを吹いた。その噴射力で体が後ろに下がる。おたまは彼女の面前を通り過ぎた。当たると確信していたであろう禅在は、ほんの刹那、体勢を崩した。しるこババアはその隙を見逃さなかった。彼女は禅在の背後に回り、鍋を持つ左腕を掴んだ。
あとはその腕を捻れば鍋を奪える。そう思えた時、彼女の手が僅かに溶けた。
「しるこ化の力は使わんはずではなかったのかのう?」
それでもしるこババアは手を離さない。
「……申し訳ありませぬ。反射的に溶かしてしまいまいた。これ以上は溶かしませぬよ。フォッフォッフォ……」
余裕そうに笑う禅在のことを、しるこババアは目を細めて見つめた。
「わしは占い師じゃ。お主の本性が分かる。お主は小さい男じゃな。わしと一対一の対決をしたのは、わしが腕を失って弱くなったからじゃろ?」
「フッ。負ける言い訳でも始めるのですかな?」
「お主は以前、しるこの神にわしを殺させようとしたのう。わしだけではない、シルコもそうじゃ。好敵手に成り得なかったから殺した? 違うな。弟子に追い抜かれるのが嫌で神に殺させたのじゃ」
「馬鹿馬鹿しい」
「お主は堅気な部下の振りをしておるが、本音は神が怖いだけじゃろ? そういえば、堂々と王様を目指す白玉総一郎が羨ましくて隙をついて殺したのう? お主は自分を格好良く見せることだけに必死なのじゃ。これ以上は溶かさん? 嘘を申すな。追い込まれたら、わしの手のしるこ化を進行させるのじゃろう?」
禅在が体を震わしている。その様子を見てしるこババアは更に言い放った。
「クズ。お主は人として最悪じゃ。否、もう人ではなかった。泥人形じゃったか」
「黙れ! 勝てば良いのだよ! 勝てば!」
禅在は怒鳴り、力を込めた。
しるこババアの体が急速にしるこになり始める。
「かかったな禅在! 丁度しるこが足りなかったのじゃ。わしと一緒に、弾けようか……」
禅在の腕にしがみ付いている彼女の体が膨れ上がった。
そして光を放ちながら、しるこババアの体、いや、ティアラの体は、破裂した。




