八十五、龍の創造
カーンッ。
森の中に響いたおたま同士のぶつかる音は開戦のゴングだった。
僕は立て続けにおたまを振った。右から左から、上から下から。繰り返し繰り返し甲高い音が鳴り、火花が散る。しかし禅在は、いずれの攻撃も難なくおたまでいなした。しかも片手で。
これでは埒が明かない。
僕は高く跳び、落下の速度をおたまに乗せ、一気に振り下ろした。
それでも、禅在は片手で攻撃を受けとめた。その上、その握られたおたまの中にはしるこが入っていた。彼は気付くことの出来ないほどの速さで鍋からしるこを掬っていたのだ。
まずい。これでは、おたまを退いた瞬間に撃たれる。
そう思った時、しるこババアが僕の体を突き飛ばした。禅在がしるこを放つ。その塊はしるこババアの肩に当たった。
しるこ化の力を込められていたら終わりだ。
僕の動揺とは裏腹に、しるこババアは冷静だった。
「うむ。しるこ化の力を使わんというのは、とりあえず本当のようじゃな」
しるこババアは肩に付いたしるこを払った。掠っただけで傷さえ負っていないようだ。
「さすがはお婆々殿。しるこ太郎よりも、あなたの方が面白いですかな」
禅在はそう言うとしるこを放った。そのしるこは狼に姿を変えた。
しるこババアもしるこを放つ。それは龍に姿を変えた。
その二つがぶつかり、激しく弾ける。既に一対一の対決は始まっている。つまり僕はしるこレンジャーゾンビと戦うことになる。二人分の爆弾がないと崖の破壊は成功しない。加えて、荷物の受け渡しをする余裕もないので一人で逃げる訳にはいかない。
もはや、戦って勝つしか現況を打破する手段はないのだ。
僕はおたまを腰に挿し、鞄を地面に置いた。そして、鞄に括り付けておいた鍋を手にした。一対複数ならばしるこの方が有効だろう。
蓋を捨て、しるこを素手で掬い、大きく横に振る。薄い刃がしるこレンジャーゾンビに向かって飛ぶ。しかしゾンビ達はいとも簡単にその刃をかわし、ゆで小豆を飛ばしてきた。後ろに跳んでそれをかわす。
今の攻防だけで分かった。過去最強のゾンビだ。
一匹ずつ確実に減らそうと考え、僕はしるこを刀の形に変え、一匹の足元を狙って大きく振った。ゾンビが高く跳んでかわす。空中にいるなら狙い撃ちだ。振り切った手を戻すのと同時に刀を矢に変化させる。ところが、そのタイミングで横からゆで小豆が飛んできた。体を反らす。その間に跳んだゾンビが着地し、おたまを振り下ろしてくる。
そうだ。しるこレンジャーは連携技を得意としていた。
続けて、次々とおたまが、次々とゆで小豆が、僕を襲った。かわすだけで精一杯だ。僕は体勢を立て直すため、大きく後ろに下がった。
同時に、しるこババアも後退していた。
僕としるこババアは戦場の中央で背中合わせになった。しるこババアも鞄を既に降ろしている。
「お婆々様。まさか追い込まれていませんよね?」
そう尋ねると、しるこババアは即答した。
「負けはせん」
その時、僕の被っているジョニーのウエスタンハットの首紐が突然切れた。不吉だ。それを見てしるこババアは言い回しを変えた。
「一対一の勝負は負けん。じゃが、このままでは決戦に負ける」
懇願するように僕は語気を強めた。
「どうにかなりませんか!」
「どうにかするのはお主じゃろ、小太郎! 否、創造主! わしを創ったのはお主ではないのか? もう何かを創る力はないのか? わしに力を与えよ! 必ずや役に立とう!」
そんなことを言われても無理だ。もう駄目だ。心の中に黒い絶望が広がる。
瞬間、頭の中でファンファーレが鳴った。続けて、「しるこババアは召喚術を覚えた」という機械的なアナウンスが流れた。
その直後、しるこババアが声を張った。
「きた、きた、きたー。力がみなぎっておるぞよ。こういうのを待っておった!」
しるこババアは鍋を撫でながら呪文を唱え始めた。
「アチラサンケンソバヤ、コチラヨンケンシルコヤ、紫煙纏いし龍の子よ、我が命により天を舞え! 行くのじゃ、紫龍子!」
しるこババアの鍋が輝き、そこから声が響く。
「パパラパー」
そして、鍋からしるこで出来た巨大な龍が現われた。




