八十四、しるこヶ丘でピクニック
僕としるこババアはしるこヶ丘の南へと急いだ。
僕達が走っているルートは丘の東側だ。
もし禅在が神の後ろを遅れて走っていたとしたら、禅在は現在、丘の西側にいるはず。そうであれば、僕達は禅在に遭遇することなく崖を爆破出来る。ただしその場合、ジョニーが一人で神と禅在を同時に相手にしなければならない。
もし禅在がこの道の先で待ち受けていたとしたら、それはそれで、崖爆破までの時間が延びて、やはりジョニーが危険だ。
どっちに転んでもジョニーが危ない、しるこスパイラル。
今の僕としるこババアに出来ることは、なるべく早く走ることだけ。
やがて僕達は、しるこヶ丘の南側についた。今日のマラソンのスタート地点に戻ってきたのだ。
禅在には会わなかった。西側に行ったのだろう。あとは目の前の坂道を頂上まで登るだけだ。
二人で薄暗い森の中の道に入り、引き続き全力で走る。
そして半分近く登り、しるこ神社の近くに着いた時、突如、目の前を閃光が走った。僕はそれを紙一重でかわした。
その閃光は、木漏れ日を反射する禅在のおたまだった。
こんなところにいるなんて。僕達は足を止めざるを得なかった。
「待っておりました」
禅在はゆっくりと述べた。時間を稼ぐためにわざとゆっくり喋っているのではないか。そう思えるほどゆっくりだった。
それに対して、しるこババアは早口に言った。
「良く、わしらがここを通ると分かったのう」
「あなた方の行動が不審でしたので、主にお伺いを立てましてな。それで、あなた方のやろうとしていることを知ったのです。ついでに、しるこ太郎を倒しても良いという許可を得ました。神の獲物でしたので今までは遠慮しておりましたがな」
僕はしるこババアに囁いた。
「お婆々様。禅在はしるこ化を使うかも知れません。溶けることのない僕が一人で相手をします。爆弾を二人分持つのは大変でしょうけど。お婆々様は先に……」
しるこババアは僕の提案を呑んで深く頷いた。
すると、それを見た禅在は笑った。
「ホッホッホッ。安心なされい。あなた方が懸念しているように、私はしるこ化の能力を持っております。ですが、それを使う気は毛頭ございません。私は若かりし頃、しる皇と呼ばれたしるこ力の使い手。正々堂々一対一の勝負をするつもりでおります」
「ほう。では、一人は逃がしてくれるということじゃな」
「申し訳ございませぬ。それは主が許しませぬので、彼らに相手を願いましょう」
禅在の後ろで影が動いた。そこには四匹の真っ黒なしるこの塊、しるこゾンビがいた。
僕はそのゾンビを見て息を飲んだ。そのゾンビ達は、おたまを背負い、ゆで小豆を持って、関取のような体型をしていたのだ。
「しるこレンジャー……」
僕は思わず声を漏らした。
「祭りのメイン会場はこちらでしたかな。ホッホッホッ」
禅在の人を小馬鹿にしたような笑いに黒い怒りが込み上げる。僕は両手でおたまに力を込め、禅在めがけて大きく振り下ろした。
カーンッ。
深閑とした森の中、おたまとおたまがぶつかる甲高い音が鳴り響いた。




