七十九、日常編にはならない
庭で朝からジョニーが餅をついている。
僕は、しるこババアが「ゆっくりしよう」と言ったのは、僕達の緊張をほぐすための気遣いだと考えている。早くしるこの神を倒した方が良いのは確かなのだ。
しかしジョニーは額面通りに言葉を受け取り、毎日を楽しんでいる様子だ。海外旅行にでも来た感覚なのか、しるこ町のあちこちに観光にも行っている。
僕はそれを咎めることにした。
「……だからね。くつろぎ過ぎるのは良くないと思うんだ」
「だったらお前も、ゾンビ狩りなんていうくだらないことはやめるんだな。魂の開放だか何だか知らないが、俺に言わせりゃ感傷に浸っているようにしか見えん」
その発言は少し頭にきた。
僕はついこの間まで、この町で生まれ育ったと信じ込んでいたのだ。その記憶の上での長い時間では、色々な人間関係や素敵な思い出もあった。それを大切にしたいという感覚はジョニーには理解出来ないようだ。
口論をする気もないので、室内に戻って引き続きしるこババアの手伝いをすることにする。
手の平サイズの黒い四角い塊を鞄の中に丁寧にしまい込む作業だ。
「……お婆々様、今更聞きますけど、これは、無線機ですか? 羊羹ですか?」
「ダイナマイトに決まっておろう」
「ですよね……」
現在考えている計画がうまくいけば、誰とも戦わずに神を封印出来る。
しるこババアは成功すると断言するが、僕にはそう思えなかった。
禅在曰く、祭りを楽しみに待っているとのことだ。おそらく母は全面対決を望んでいる。僕は思い当たったことを述べた。
「……なぬ? 禅在もしるこ化の能力を持っているじゃと?」
「夢の中の夢では、登場人物の無防備な心情もある程度知ることが出来るんです。神がシルコさんを殺す時、神は、シルコ、白玉、禅在はしるこになりにくいと考えていました」
「要するに、神は禅在にもしるこ化を試みているということじゃな」
「はい。そして、白玉のことを考慮すると、能力に目覚めているかと……あ、そうだ! お婆々様の本名はなんですか? しるこに関する名前だったら、ひょっとして!」
「『姫冠』じゃ。姫に冠と書いて『ティアラ』」
「え? 意外にも輝いた感じのお名前なんですね……」
「元を正せば、創造主であるお主が授けた名前じゃろ」
「あ、なんか、ごめんなさい……」
「なぜ謝る。この名前は気に入っておる」
話をしている最中に視線を感じる。
その視線を感じる方を見た時、頭の中にカッと光が瞬いた。白昼夢だ。母が一人で海沿い公園にいる。
「……お婆々様。話の途中すみません。今から海沿い公園に行こうと思います」
「一人の姿が見えたのじゃな。では、そうじゃな、明後日の正午と伝えるのじゃ」
僕は頷いて、急いで海沿い公園へと走った。
辿り着くと、崖沿いに母が一人で立っていた。
「お母さん、久しぶり。直接会うのは僕がここから突き落とされた時以来だね」
母は涼しい顔で笑っている。何も返事をしてこない。
母に山ほど言いたいことがあったはずだけれど、実際会ってみると言葉が思い付かなかった。
僕は、ただ用件だけを伝えることにした。
明後日の正午、シルコロシアムで、神と僕一対一の対決をしたい。他の人の応援は禁止。特に母には兄弟の殺し合いは見せたくない。以上を手短に伝えた。
すると母はゆっくりと口を開いた。
話が、始まる……




