七十八、感傷
上原あず美としるこ銀座のしるこ屋に来ていた。
ここは白玉総一郎のしるこ店本店だ。店内には他に客がいなくて、僕達は中央の大きな席に通された。
あず美はとても嬉しそうだ。
「わたしね、一度はここに来たかったんだ。でも、いつも予約がいっぱいで来ることが出来なかったの。今日は空いてて良かったね」
「そうだね。今は住人が減って、どこの店も暇みたいだよ」
「住人、減ってる? 小太郎は、たまに変なことを言うよね」
あず美は笑った。
相変わらずの笑顔だ。小豆のような二つの瞳がキラキラと輝いている。
「わたし、しるこ屋に来ると思い出すんだ。小太郎と付き合い始めた時のこと。二人ともしるこヶ丘高校に通っていたのに、三年の時まで一切面識がなくて、きっとあの日のことがなければわたし達はずっと知らない人同士だった」
「あの日?」
「わたしがガラの悪い人達に絡まれていた所を、小太郎が通り掛って助けてくれたじゃない。でも小太郎は弱くて、わたしがしるこ屋まで手を引いて逃げた。それで、そのまま何時間もしるこ屋に身を隠して……わたしね、面白くて良い人だなあって思った。落ち着いている風なのに無茶するし、変なこと言うし、括弧笑い」
「そんなことあったっけ?」
「本当に忘れちゃったの? ひどいなあ」
「忘れたというか、そんな出来事があったなんて初めて知ったよ。そもそも僕自身も信じ込んでいたことではあるけど、僕は『しる高』には通っていない。普通の県立高校出身だよ。そして、あず美と僕が初めて会ったのは、一緒に映画『奇跡のしるこ』を見に行った日だ」
「え?」
「それから、あず美はもう死んだことになっているだろ?」
「…………」
「君はしるこゾンビだ。ここの店員もね」
僕は目の前のお椀を目線より上に掲げ、傾けた。お椀から零れたしるこが薄く細く、長い刃に姿を変える。
僕が力を込めると、その刃は僕の手を中心に店内を大きくグルリと一周し、再びお椀の中にしることなって戻った。
あず美はまだ僕に笑顔を向けている。
僕がお椀をテーブルの上にトンッと音を鳴らして置くと、周りにいた店員達の胴体が上下に切断された。店員達の体は黒く柔らかなしるこに姿を変え、その場に崩れた。
あず美の笑顔が横にゆっくりと傾いていく。
やがて、彼女の頭は床に転がり、黒い塊に変化して崩れた。向かいの席には、ただ、しるこが散らばっていた。
床の上、あず美の頭が崩れた場所に綺麗なゆで小豆が二粒転がっていた。それはあず美の瞳のようだった。僕はその一つを拾って、胸のポケットにしまった。
辺りには美味しそうな香りが漂っていた。




