七十六、強さのインフレ
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
過去のことを思い出した僕は体を震わしていた。
それを見た白玉は、僕を握る手に力を込めた。
「見苦しいな。今更、命乞いか?」
ところが、潰れたのは白玉の手の方だった。
僕が脱出をしようと力を込めたら、潰れてしまったのだ。
更に力を込めてみる。白玉の手に亀裂が入り、その亀裂は一気に広がり、巨大な腕は付け根から破裂した。
着地する。そして、すぐに跳んで、十メートル以上の高さにある白玉の顔を蹴りあげる。
巨体は仰向けに倒れた。僕はその胴体の中心に乗った。
「許して! 許して! 許して! 許して!……」
僕は叫びながら白玉の体を何度も殴った。黒い力が止まらなかった。暴走していた。とにかく力を吐き出したくて、破壊を目的とするのではなく、力を注入するように何度も殴った。
しるこの体にも痛覚があるのか、白玉も叫んでいた。
やがて白玉の巨体はしるこ力の許容量を越えたのか、大きな爆発を起こした。辺りにある家も木も、何もかもが吹き飛ぶ。
爆風が収まると、そこは広い更地になっていた。
しるこババアとジョニーは、あらかじめ準備していた結界によって無事だった。
「何じゃ? 今の凄まじいしるこ力は何だったのじゃ?」
「おい小太郎! 俺達まで殺す気か!」
僕は深呼吸をした。
記憶は完全に戻ったが、うまく説明出来るだろうか。
そう考えながら二人に向かって歩き出すと、背後から音が聞こえた。
振り返る。そこには白玉総一郎が立っていた。ただし巨体を失い、顔だけ立派な棒人間のような姿だ。
「お前達! 勝ったと思うな。鍵はまだ私の内にある。ヌオオオオオオ……」
地面がしるこになり、白玉のもとへ集まっていく。
その時、狼の形をしたしるこの塊が飛んできた。その塊は、白玉の首を一瞬で食い千切り、形を崩して地面に散った。
塊の飛んできた先を見ると、黒い作務衣を着た老人がおたまを持って立っていた。
しるこババアが叫ぶ。
「禅在! 白玉はお主の仲間ではないのか!」
「どうでしょうな。白玉殿は変わった男でしてな。本気でこの世界の王になると言っておりました。何をしようと我々は主の傀儡でしかないというのに。ひょっとしたら、白玉殿は創造主達の野心という感情が結晶化したものかも知れませんな」
薄ら笑いを浮かべる禅在にしるこババアは眉根を寄せて尋ねた。
「白玉が神を見下したから殺したとでも?」
禅在は問いには答えず、崩れた白玉の体から鍵を取り出した。
どす黒い力を感じる。力を使い果たした今の僕達では勝てる気がしない。
ところが、意外なことに禅在は僕に鍵を投げて渡した。
「主も、そして神も、あなた方との祭りを楽しみに待っております。先程も申した通り、私は傀儡でしかありませぬ。ならば主の望みを叶えるのみ。それ故白玉殿を止めたまで。私も今はあなた方には何もいたしませぬ。それでは、また」
禅在は去っていった。
次から次へと敵ばかりだ。もう戦いたくない。




