七十五、鍵の掛かった想い出
僕が三歳の時のことだ。
とても寒い時期だった。僕に弟が出来た。名前は小次郎。
小次郎は生まれた時から顔が整っていて、とても可愛らしかった。どことなく母に似た雰囲気があって、僕は大好きだった。
退院したばかりの小次郎は、頬を突いても、手を握っても、フニャフニャと口を動かすだけで大した反応は示さない。
それでも、いつまで見ていても飽きなかった。だから、僕はいつも小次郎の傍にいた。
母からしてみると、それは少し不安だったようだ。僕は三歳だ。首も据わらぬ小次郎を無理に抱き上げてしまうかも知れない。口に入りそうな小さな物を与えてしまうかも知れない。その所為か、僕が少し手を伸ばしただけで小次郎を取り上げられてしまうことが何度かあった。
僕が寂しそうな顔をすると、母は決まって、こう言った。
「小太郎の相手をしてあげられなくて、ごめんね」
確かに母のことは好きだし、構って貰いたい時もあった。でも、それよりも、その時の僕は小次郎の面倒を看たかったんだ。
ある日、町で祭りがあった。
自治体主催の祭りで、屋台もあったが全て近所の人達が運営していた。社交的な母は積極的に協力し、しるこ屋を担当することになった。
「お義母さん、お祭り行ってきますね。小太郎と小次郎の面倒をお願いします」
そう言って母は出掛けていった。
父はいつも仕事で不在。母に用事がある際は祖母が僕達の面倒を看ていた。
時間は昼過ぎ。僕と祖母は昼寝をした。先に目を覚ましたのは僕だった。
僕は、いつものように小次郎の傍へ行った。周りには誰もいない。僕は小次郎を抱き上げて引きずるように家の中を散歩した。
台所に行くと、大きな鍋があった。
僕の家には母の料理好きが高じて業務用のコンロがあった。そのコンロの上に祭りに使うしるこのストックが置いてあったのだ。
母のしるこはとても美味しく、三歳の僕も大好きだった。母自身もしるこの腕は自慢していた。
僕はそのしるこを小次郎に見せてあげたかった。鍋の蓋を開け、階段型の脚立を引っ張ってきて、その上に乗る。
それから、小次郎を鍋に近づけた。
ザブンッ。
力が続かず、手を離してしまった。小次郎は泣き声をあげることもなく鍋の底に沈んだ。僕は恐ろしくなって、隠さなければいけないと思って、鍋に蓋をした。直後に、母が台所にある勝手口から家に戻ってきた。
「あら、小太郎。こんなとこでどうしたの? ひょっとしてお母さんの帰りを待っていたのかなあ? あ、小太郎の頬っぺた温かーい」
母は僕の頬に手を当てて笑った。
「良い子にしててね」
そう言い残し、母はコンロの上の鍋を台車に載せ、再び出掛けていった。
しばらくして救急車の音が聞こえた。
「お義母さん! お義母さん! どういうことですか!」
気が触れたように母が叫びながら帰ってきた。
母は、コンロの前の脚立を見ると、僕の所に駆け寄ってきた。
「……小太郎。あなたなの? あなたがやったの? どうして!」
「お、お母さんが、小次郎の世話するから……」
「小次郎に嫉妬したってこと? 自分を可愛がって欲しかったってこと?」
当時の僕は嫉妬の意味が分からず、曖昧な返事しか出来なかった。
「小太郎。あなたは弟の小次郎を殺したのよ……」




