六十八、分かり易い解説
僕はしるこババアの前に膝を付いた。
「お婆々様! 無事だったんですね」
「神の攻撃を手に受け、しるこになりそうな時もあったが、ほれ、自ら切断して逃げたのじゃ……」
そう言うと、しるこババアは袖を捲った。彼女は、左腕の肘から先を失っていた。
それでも一緒に戦った仲間が生きていてくれて、僕は隠すこともなく喜びを露わにした。
そして、今までのこと、現実、夢、全てのことを彼女に伝えた。
「……つまりじゃ。しるこ町という町は、無理心中未遂をしたお主とお主の母の夢の世界じゃということか。一年ほど前に誕生したばかりで、歴史も人も全て創られたものじゃと」
「はい。しるこで服毒したから、しるこで出来たしるこだらけの町になったのかと思います……」
「ん? この町は、しるこだらけなのか?」
「え? あ、ええ、まあ、その、現実世界よりはちょっと、しるこ要素が濃いですかね……で、僕の話、信じて貰えますか?」
いささかの不安を抱きながら僕はしるこババアに尋ねた。自分自身でさえも荒唐無稽な話だと思っているのだ。全面的に信頼して貰えるとは思い難い。
ところが、彼女は深く納得したように頷いた。
「うむ。これで禅在の言葉の意味が分かったぞよ。あ奴とわしは創造主が違う。あ奴、否、あ奴を含む神を崇める者達は、お主の母、しるこ伝説の言葉を借りるならば『月の世界から来た女』の創ったもの。わしを含む反体勢力は、お主、『しるこ太郎』が創ったものだったのじゃな。しかし、なぜ敵対するのじゃ?」
「母は僕のことが嫌いです。僕が火傷を負わせたから」
「それが全ての原因だとでも? 話を聞くと、お主も心中を受け入れたようじゃが」
「良く覚えていないです。現実と夢を行き来し、記憶が曖昧なんです。そもそも、どうして母にしるこを浴びせるほど怒ったのかも覚えていません」
「なんじゃ。頼りないのう……」
気不味い空気が漂う。僕は視線を落とし、軽く頭を下げた。
「すみません。とにかく、僕は母を現実世界に連れ戻すため、またここに来ました」
「どうやって連れ戻すのじゃ」
「夢と現実の通路はしるこの海です。たぶん、二人で海に飛び込めば帰れると思います」
「果たして、それで解決するのかのう」
意外な言葉に対し、すぐに問い質す。
「と、言いますと?」
「お主が現実世界に行っている間も、この世界は存在し、お主が創ったと思われる反対勢力も存在しておった。そして、お主は現実世界で夢からの通信を聞いたのじゃろう? たとえ現実世界に戻ろうとも、夢は現実を侵食し、お主達はここに帰ってくる。夢が完結するまで逃れることは出来ないのでは?」
「確かに。こっちの世界での話ですが、白昼夢を見ることもありました。あんな感じで現実からこっちに連れ戻される可能性もあります。でも、完結って、どうすれば良いのか……」
「物語を終わらすのじゃ。考えてみれば、この夢にはあらかじめ終わり方が提示されておる。その終わり方は二つ。全てはここに記されておる」
そう言って、しるこババアは一冊の古びた本を懐から取り出した。
その本の表紙には、「しるこ伝説」と書かれていた。




