六 、幸せな犠牲者
暮れも近付き、寒さが厳しくなった頃、町の外れで変死体が発見された。
第一発見者は僕だ。
その夜は、冬だというのに湿気を帯びた空気が漂っていて、僕は気分が優れず早めに布団に潜り込んだ。
しかし、酷く甘ったるい臭気が部屋に流れ込んできたため、眠りに就くことが出来ず、長い時間、ただ目を閉じて横になっていた。臭いを気にしないようにすればするほど鼻は敏感になり、余計に臭いを感じ取った。
この臭いは何だ? 何処から流れてきているんだ?
そんなことを考えていると、遠くから微かに呻き声が聞こえてきた。
「……う……うま……しる……うま……」
いよいよ眠るどころではない。
僕は半纏を羽織り、声の出処へと足を運ぶことにした。
町の西側は一面茂みになっている。僕の家はその隣だ。
呻き声はその茂みの中から聞こえてきていた。
草木を掻き分けて茂みの中へ入ると、甘ったるい臭いが強く感じられた。
いつの間にか呻き声は聞こえなくなり、足元から、枯葉の潰れる、枯枝の折れる、乾いた音だけが響いた。
前へ進む度に甘ったるい臭いは強さを増した。
臭いの原因と呻き声は関係がありそうだ。そう思いながら更に一歩足を踏み出した時、乾いた音が聞こえず、代わりに、湿った感触が伝わってきた。
片足は暖かなぬかるみに嵌っていた。
ふと、昔見た刑事ドラマを思い出した。チンピラのアジトに押し入る刑事。目の前には白い粉。刑事はおもむろにその粉を指で取り、口に含む。そして一言。
「ヤクだ」
僕は泥のようなものを両手で掬い上げ、口に入れた。
「しるこだ」
辺りには延々としるこのぬかるみが続いていた。そして、茂みの奥には湯気が立ち込めていた。僕は奇妙な使命感に駆られ、その湯気のもとへと行くことにした。
吐き気を催すほどの甘い臭気。ぬかるみは深さを増し、足は膝まで沈んだ。
転ばないように慎重に足元を見ながら進んでいると、不思議な物が目に入った。
それは、人の手の形をしたあんこ状の物体だった。
手には腕も付いていた。僕はその腕の付け根の方へと視線を移した。
するとそこには、男の頭が転がっていた。
死体だ。
男の首と下半身、左肩から左腕は、完全にしるこ状に溶けていた。胸部の表面も所々溶けており、肋骨が顕になっていた。
最初に視界に入った右腕は、形こそ残してはいたものの、隅々までその質感はあんこのそれであった。
人間がしるこに? さっきの呻き声はこの男のものに違いない。
僕は急いで家まで引き返し、警察に通報した。警官達はすぐに駆け付けて手際よく遺体を片付け始めた。遺体まで案内をした僕は、その様子をぼんやりと眺めた。
その時、現場の指揮を執っていた刑事が僕に話し掛けてきた。
「町議会からの要請でね。今回のことは誰にも言わないで欲しいんだ」
大騒ぎにならないようにするための配慮、とのことだった。
目の前を、シートを被せられた遺体が通り過ぎた。
僕は死んだ男の顔を思い出した。
男の表情は、一言で表現するならば、『御満悦』だった。