六十六、挑発的行為
僕は夕陽に向かって走っていた。
しるこ力のお陰で体が軽い。既に小学校としるこ銀座を越え、目の前にはしるこヶ丘だ。これなら日没までに家に着きそうだ。
母がどこにいるのかは分からなかったが、最後に見た夢の中の夢は我が家での出来事だったので、まだ家に滞在しているかも知れない。そう思って家に帰ることにしたのだった。
その時、頭の中に光が灯った。その光は大きくなり、次第に風景に変わった。
この感覚は、夢だ。僕は今、夢の世界の中で走りながら白昼夢を見ている。
その映像は、しるこ町のあちこちに移動し、やがて僕の家に焦点を合わせた。家の中が見える。そこには母としるこの神がいた。居間のテーブルに大きな鍋が置いてあり、その横で神がしるこを食べている。それを母が微笑ましく見ている。
視点をもっと近づけようとすると、母がこっちを睨み、白昼夢は終わった。
母はやはり家にいる。急ごう。
赤い光の中で僕の家は切り絵のように黒い輪郭を現わしていた。相変わらず陰気な景色だ。僕は引き戸を開けた。しかし、室内には誰もいなかった。
ただ、居間のテーブルに置いてある蓋の閉じた鍋の上に、書置きがあった。
『どうぞ召し上がれ。 小春』
僕は鍋の蓋を開けた。そこにはしるこが入っていたのだが、それだけではなく、毛のようなものが浮いている。
僕は鍋に挿したままのおたまを取り、しるこを掻き混ぜた。すると、祖母の頭が浮いてきた。愕然とし、おたまを落とす。神のしるこ化能力は優れている。母達は僕を挑発するためにわざと頭だけ溶かさずにいたに違いない。
それにしても、僕が来ることを分かっていながら、こんな嫌がらせだけをするだろうか。
そう考えた時、祖母の頭が目を開き、そして、鍋から祖母の顔をしたしるこゾンビが飛び出した。ゾンビが僕のことを捕まえようとする。同時に四方から壁を突き破って弾丸のようなしるこが飛んでくる。僕はそれらを間一髪で避け、窓を突き破って外に転がり出た。
そこには神と何匹ものゾンビがいた。母の姿はない。
「ひさしぶりー。ボクに、殺されるため、かえってきたね。ハハハハ」
神はにやけた顔で手をブラブラとさせている。それに対して、周りにいるゾンビ達は臨戦態勢だ。
しるこは手元にない。素手でやるしかない。
襲い掛かってきたゾンビ達にしるこ力を流し込み、何匹も破壊する。しかし、次から次へと地面からゾンビが沸いてきて切りがない。考えてみれば、神がゾンビの製造元なのだ。神を押さえ込まない限り、戦いは終わらない。
僕は神に向かって走った。それを見て神は地面を強く蹴った。すると、地面がしるこの沼になり、足を取られた。徐々に体が沈んでいく。
腰まで沈んで一歩も動けなくなると、ゾンビ達が僕のことを押さえつけた。
甘く見ていた。神の強さは別格だ。その気になれば、この辺一帯を一瞬でしるこにすることも出来るだろう。それに何より、神は不死身だ。最初からどうすることも出来なかったんだ。
神が近付いてきて、僕の目の前でしゃがむ。
「しるこで殺せ、言われた。だから、しるこ、ながしこんで、いきとめる」
そう言うと神は、僕の口に大量のしるこを入れ始めた。




