六十四、悪魔の力、身に付けた
しるこの入った片手鍋を持って外に出る。
そこは、しるこまみれだった。
僕は吐き気を催した。しるこゾンビはしるこ化の力を備えてはいる。しかし、その力は神のそれに比べるとかなり劣るらしく、溶け残りが散らばっていた。
千切れた手足や首、内臓のはみ出た胴体、表皮を削り取られ、それでも生かされている人。あまりにも残酷な光景だ。
その光景の中、人の形をしたしるこの塊が何十匹も歩いていた。その中心には鉢巻を巻いた男が立っている。男は僕の姿を認めると、声を掛けてきた。
「貴様! 貴様だしるこ! しるこ太郎もいるという噂を聞いた。知っているかしるこ? 答えよ!」
僕は静かに鍋から素手でしるこを掬い、横に振った。薄く巨大なしるこの刃が飛ぶ。僕の右側に立つゾンビも家も、全てが上下に切断された。
「しるこ太郎は僕みたいですよ」
そう答えると、男がおたまを僕に向けて、「かかれ!」と叫び、ゾンビ達が襲い掛かってきた。
しるこ力の源は負の感情だ。貯蔵庫を出る際の感情は無力な自分に対する呪い、いわば自虐だった。しかし今の感情は逆に外に向かっている。外に向けた最大の負の感情、殺意だ。それも残虐な殺し方を想えば想うほど力がみなぎる。
しるこを手に取り、五本の指を揃えて前に突き出す。しるこは、鋭い刀に姿を変え、ゾンビ達を串刺しにした。その刀身は十メートルをも越える。ゾンビ達は串焼きの団子のようだ。手を振ると、ゾンビ達は十字に裂けた。
その間に左右に散開したゾンビが同時に飛び掛ってきた。巨大な刀はしるこを消費するし、機動力に欠ける。次はこれだ。しるこをナイフに変え、それを逆手に持って振り回す。ゾンビ達が細切れになり、散った。
自分でも驚くほどのしるこ力だ。どうやら殺意を抱いたから発揮されただけではなく、この世界が母の無理心中が切っ掛けで出来たということを思い出したことによる暗い気持ち、それがベースとなって安定した出力を維持しているようだ。しるこを武器にしたことは過去一度だけだが、完璧にコントロールも出来る。
残りのゾンビ達が僕を警戒して不用意に襲ってこない。鉢巻の男の周りで防御の構えを取っている。こちらから攻め込むしかないようだ。ならば、最後はこの武器を使おう。
僕は残りのしるこを全て掬い、黒い大鎌に変化させた。どす黒い力にはお似合いだろう。足に力を込めて一気に駆ける。鎌を振ると、稲穂よりも簡単にスパスパとゾンビの首が飛んだ。
その時、低い位置から体当たりをされ、腰の辺りを押さえつけられてしまった。油断をした。立て続けに何匹ものゾンビが抱きついてくる。薄々気付いてはいたのだが、大鎌は使い勝手が悪かった。
その様子を見て鉢巻の男が叫んだ。
「ゾンビに掴まれれば最期! それでお前もしるこになるのだしるこ」
伝説の通りこの世界はしるこから、正確にはしるこが切っ掛けで、生まれた。だから人はしるこに返る。
でも、現実世界からやってきた僕や母はしるこになることはない。
冷静に体にこびり付いたゾンビを鎌でシャクシャクと切って捨てる。
「なぜだ! なぜしるこにならないのだ!」
語尾にしるこを付けるのか付けないのかハッキリしろ、と思った。




