五 、ようこそ、しるこ町へ
町の中央には、しるこヶ丘という丘があり、その頂上には大きな屋敷がある。
人はそこを、『しるこ御殿』と呼んでいた。
白玉総一郎という男が屋敷の主人だ。引き締まった頬、後ろに撫で付けた髪、太い眉。白玉の素性を知らない人であっても、彼の外見から醸し出される貫録には圧倒されるだろう。
彼は若い頃にしるこ屋を始め、一代で莫大な財産を築きあげた人物だ。その為、この町には白玉の支店が幾つもある。特産品も名所もないこの町にとって彼の店の売り上げは大きな収入源だった。
近頃、町は賑わっていた。町長選挙を間近に控えているのだ。
僕が生まれるより以前から同じ人物が町長を務めており、今まで選挙で盛り上がったことなど一度もなかった。
しかし、今回は違った。白玉総一郎が立候補したのだ。白玉は町の英雄だ。白玉の選挙カーが通る度に、そこに白玉が乗っていようといまいと、主婦達は黄色い声援を送った。
後援会の活動も盛んで、町のあちこちで応援演説が行われていた。
「私、ドジョウ盛夫は、白玉さんを応援します!」
近所の公園では、この町出身のお笑い芸人が演説を行った。
いつもバラエティー番組の罰ゲームで、熱々のしるこを食べさせられている人物だ。誰もその芸人に興味はないのだが、白玉の名前が出る度に拍手が起きた。
泥鰌掬いの踊りの合間に、あるあるネタを披露する。誰も笑わない。「白玉さんを応援します」と言う。拍手が起きる。
どこの演説会場においても、「白玉」と言いさえすれば盛り上がったらしい。
告示から一週間、夏の終わりに投票が行われた。
この町にこれほどの住人がいるとは思わなかった。小学校の体育館を貸し切って投票所が設けられたのだが、体育館から人が溢れて行列を作り、その行列は校庭で蛇行を繰り返して更に公道まではみ出し、しるこ銀座を抜け、しるこ御殿を望みながら丘を避けて進み、最後尾は僕の家の前だった。
母と祖母が並んでいる人達にしるこを振る舞った。
その日の夕飯時には開票結果が発表された。
得票率九九パーセント。圧倒的な数字を作り、白玉総一朗は町長となった。その旨は町役場からスピーカーで伝えられ、直後に彼の就任挨拶も流された。
「私はこの町を愛しております。しるこの香り漂うこの町を。世間では不景気だと叫ばれて久しいですが、この町におきましては失業者がほとんどいません。それはなぜか。皆様もご存知の通り、しるこに関する仕事が多くあるからです。ですが、それもまだ完璧とは言えません。私が町長に就任しましたからには、よりしるこ屋を増やし、町民全てがしるこの仕事に携われるような、そんな環境を築き上げることに尽力したいと思います。一家庭一しるこ屋計画、三度の飯よりしるこ、むしろ、三食しるこ。その決意を示すため、明日にでも町名をしるこ町に改めます。しるこバンザイ。しるこ町バンザーイ」
町中から万歳の声としるこの湯気があがった。
翌日、町の入口に新しい看板が掲げられた。
そこには、『ようこそ、しるこ町へ』と書かれていた。
ようこそ、しるこ町へ。