五十八、懐かしき我が家
夢を見た。そこは僕の家だった。
祖母が台所で、一人でしるこを作っていた。
その時、扉を叩く音が聞こえた。祖母は火を止め、玄関へ行って扉を開けた。
そこには、母が立っていた。
「小春さん! おかえりなさい。よう帰ってきた。さあさ、家に上がりなさい。丁度しるこを用意していたところだよ」
母は家に上がった。その背後には、アフロヘアの青年がいた。
祖母が不思議そうな顔をして、母に、「誰だね?」と聞くと、母は笑いを堪えるかのように口元を押さえた。
「あら、お義母さん。この子、いえ、このお方をお忘れですか? 神様ですよ。まあ、仕方がないですね。お義母さんは、あれですから」
そう言って、母はこめかみをトントンと指で叩いた。
祖母は意味が分かっていない様子だったが、何度も感心したように相槌を打ち、しるこを用意しようと台所へ向かった。
それを母が押しとどめ、自分が用意するから、と言って祖母を居間に座らせた。
台所に母としるこの神が入る。
母が頷くと、神はしるこの入った鍋に手を入れて力を込めた。美味しそうな香りが辺りに広がる。それを確認すると、母は祖母に話し掛けた。
「お義母さん。白玉団子は何個入れます?」
「白玉は歳の数だけ」
「あなたの年齢なんて覚えていませんよ! いい加減、その冗談やめてくれませんか!」
祖母は怯えたように答えた。
「……三つ」
しばらくして、居間のテーブルにしるこが三杯並んだ。
しるこの神は早速しるこを食べ始めた。母もお椀を手に取り、しるこを口に含んだ。母が溶ける様子はない。
祖母も躊躇いながら一口食べる。味わう。それから、突然貪るように食べ始めた。
「ああ、美味しいねえ。こんなに美味しくしるこを作れたのは初めてだ」
祖母は嬉しそうにしるこを食べ続けた。すると、祖母の喉の辺りにプツプツと黒い染みが現われだした。やがてそれは穴となり、しるこが流れ出た。驚いて祖母は自分の体を見下ろす。その体は食道に沿って赤黒く溝が出来ていた。その溝はジワジワと幅が広くなり、祖母の体を侵食した。
その様子を見て、母が笑った。
「お義母さん。あなたはやっぱり『しるこで出来たもの』だったのですね。本物はいつ死んだのかしら。せっかくならその亡骸に唾をかけてやりたかったです」
祖母はしるこを大量に吐き、そのまま動かなくなった。
死んだようだ。
神が祖母の体に触れ、一気に溶かしてしまおうとした。
その時、母が神の手を握り、辺りをキョロキョロと見回し始めた。神は一旦祖母を溶かすのをやめた。
母はあちこちの扉を開けたり、押入れを覗いたりし、やがて、夢を見ている僕の視線を感じ取ったかのように、こちらを睨んだ。
「見ているのね。まだ生きているなんて、本当に迷惑な子……」
そう言って母は爪を立てて左腕を振った。同時に、夢の映像にノイズが入る。
そして、暗闇が広がった。




