五十六、今度こそ希望?
夢を見た。松明の明かりに照らされ、少女が座禅を組んで瞑想している。
彼女の名は草薙ミレイ。歳は十代半ばだろう。長い髪を後ろで束ね、赤い袴を履いている。
ミレイは幼い頃から不思議な力を持っていた。時折、黒い靄を見るのだ。
その靄が何であるか自覚したのは四歳の時だった。
家族で旅行に出掛けた際、父が運転する車の進行方向に靄が見えた。
「そっちに行きたくない」
ミレイはそう言って泣き、車を止めさせた。
その直後、近くの山岸が崩れ、目の前の道が土砂に埋まったのだ。
その後も何度か靄を見ることがあったが、決まってそこでは凄惨な事故や事件が起きた。
黒い靄は危険や負の力を示していた。
それを両親に伝えると、こう言われた。
「それは誰にも言ってはいけないよ。そうでないと戦いに巻き込まれてしまう」
ミレイはその言いつけを守ることにした。
黒い靄は人に宿っていることもある。
ミレイが今まで見た人の中で、しるこババア、シルコ・ザ・グレート、上原あず美と一緒にいた青年、以上の三人は特に強大な靄を纏っていた。それはどす黒いオーラとも言える。
しかし、それらの人を凌ぐ気配をミレイは最近知った。
高校に入学し、バイトを始めようと思った時、せっかくならばこの力に見合う神聖な所が良いだろうと考え、しるこ神社へ行った。
だが、そこは邪悪な力で満ちていた。あまりに強大。これを放っておいては世界が滅びる。
彼女は急いで博識な祖父に相談を持ち掛けた。
「ミレイや。とうとう気付いたようじゃな。その奥の扉を開けてみよ」
ミレイは祖父に言われた通り、家の最奥にある観音開きの扉を開けた。
「ミレイ。その扉を開けられたということは、お前は選ばれた者じゃ。さあ、そこにある剣を抜くが良い。それは草薙家に代々伝わる伝説の宝剣……」
「伝説の宝剣?」
ミレイは剣を抜き、その白い輝きを見つめた。
「……そう、あらゆる邪気を払う神具『勇者の剣』じゃ」
「勇者の剣?」
それは両刃の洋風な剣だった。
以来、ミレイは勇者の剣の修行を行なった。
瞑想をしていたミレイは目を開けた。時は満ちたのだ。
「お爺ちゃん。行って参ります」
そう言い残し、ミレイは旅立った。
日が暮れ始めた頃、彼女はしるこ神社を訪ねた。
そこは改装中で、シートが被せられていた。誰もいないのか。そう思った時、背後に気配がした。
飛び退き、剣を構える。そこにはしるこの神がいた。
神が笑う。笑うと同時に、辺りに黒い靄が立ち込める。
「覚悟!」
ミレイは眩しく輝く剣を神めがけて振った。
剣はしるこの神を捉えた。
だが、当然、剣はしるこになった。神にはしるこに関するものでしか攻撃出来ない。その条件は覆らない。
ミレイは慌てて地面に散った剣の残滓を掻き集めようとした。
その手を神は踏みつけた。ミレイの片腕がしるこになる。
「いやぁー!」
叫びが響く。
神は彼女の髪を掴み、振り回した。長い髪はしるこになり、根元から千切れてミレイの体は飛ばされた。
戦意を失ったミレイは地面に尻を付けながら後退った。その時、背中に柔らかな物がぶつかった。恐る恐る見上げる。
「それ、ボク、作った。しるこゾンビ。どれだけ使えるか、今から、じっけん」
ミレイは人の形をしたしるこの塊達に囲まれていた。
神の笑い声と少女の叫びが、長く続く。




