五十五、新たな希望?
夢を見た。そこは、シルコロシアムだった。
松山剛拳は選手控え室でしるこを作っていた。
剛拳は若きシルコンバットの戦士だ。以前は総合格闘技の選手として業界にその名を轟かせ、世界を狙えるとも言われていた。ところが彼にとって、そんな名声はただ虚しいだけだった。
剛拳は死闘に餓えていたのだ。
運命が変わったのは半年前。友人に誘われて、シルコロシアムに赴いた時のことだ。
競技場ではシルコ・クエンティーノが戦っていた。雄叫びと肉の焼ける臭い。命懸けの戦いがそこにはあった。
剛拳は興奮した。そしてシルコの放つ黒いオーラに、恐怖すると共に、魅了された。
俺の生きる道はここにある。
彼はその日のうちに戦士としての登録を済ませたのだった。
剛拳はしるこの味見をしながら思った。
今日の試合も勝ってやる。そしていつかは、シルコ、禅在という強敵を倒し、天下一の狂戦士となるのだ。
道着の帯を締め直す。準備は整った。係員に呼ばれ、剛拳は鍋を持って競技場に向かった。薄暗い連絡通路から競技場を見ると、白く眩しい。
歓声が聞こえる。既に対戦者が入場しているのだろうか。それにしても凄い歓声だ。はて、今日の相手はそんなに有名だったか?
入場して歓声の正体が分かった。そこにはアフロヘアの青年が立っていた。
しるこの神だ。
神の足元には大きなしるこの染みが出来ていた。対戦者と審判が溶かされたようだ。剛拳は一瞬戸惑ったが、すぐに覚悟を決めた。
相手が神でもやることは同じ。天下一を目指すならば全てに勝たなくてはならないのだ。
黒い力がみなぎる。
「神よ。あんたに恨みはないが、そこに立っている以上、俺は全力で、殺すぜ」
剛拳の言葉を聞いて神は笑った。嬉しそうだ。剛拳も嬉しくなってきた。
剛拳は手足を鍋の中に入れた。そのしるこは通常のものより粘り気が強い。腕に脚にしるこが絡みつく。
そして、「ホワタッ」と甲高い声を出して、大きく拳を振ると、塊が神めがけて飛んでいった。神は体を傾け、それをかわした。
塊が客席まで飛んでいき、爆発する。
「なかなかやるな。では、これはどうだ。アタタタタタタタタタタ……」
剛拳が両の拳を振ると、雨のようにしるこの塊が幾つも飛んだ。神はかわす。客席が破壊されていく。
剛拳は高揚した。これだ。俺が欲していたものは『強敵』と書いて『とも』。
彼は片足を振り上げ、大量のしるこを放った。そのしるこは鮫のヒレのように形を変え、地面を這いながら神に向かっていった。
神は難なく避ける。ところが剛拳が、「そいつは追うぜ」と呟いた瞬間、地面を張っていたしるこが軌道を変えて加速し、神を襲った。
神は咄嗟に高く跳んでかわした。
かかった。剛拳は神が跳ぶことを予測し、既に神の背後に跳んで待ち構えていたのだ。彼は両手を合わせ、それを鮫の口のように開いて勢い良く前へ突き出した。
鮫の形をしたしるこが放たれる。鮫は空中にいた神を捉え、神は跡形もなく吹き飛んだ。
剛拳は着地し、親指で自分の鼻の頭を弾いた。
「それ、みがわりの、しるこ人形。あたらしく、おぼえた技」
背後から囁きが聞こえた。
剛拳が振り返ろうとした時、彼の口から腕が生えた。神の腕が剛拳の頭を貫いたのだ。
神が腕を引き抜くと、剛拳の体は、姿を消した。
地面には、新しいしるこの染みが増えていた。




