五十一、裸の王様
夢の時間は経過する。おそらく数日は過ぎただろう。
壇上で鉢巻を巻いた男が演説を行なっている。
「……ここは永遠のシルコニア! 我々知る子達はシルコニアファミリー。宇宙の彼方シルコンダルへの道は開かれたしるこ! しるこに向かって敬礼を!」
意味不明だ。しかし、集まっている人々は盛大な拍手を送った。
そこは町役場の駐車場、『夏休みキャンペーン、しるこの神祭り』の会場だ。
普段と様子が違って、入口には、『最終日』と書かれた看板が置いてあった。神の姿は見当たらない。
しばらくすると、遠くから野太い掛け声が聞こえてきた。
「しるこ、しるこ、しるこ……」
男達の大集団が会場に近付いてくる。
男達は神輿を担いでいた。その神輿には、しるこの神が座っていた。神は嬉しそうに手を振っている。沿道の人々はしるこを持って次々と平伏した。
関係者席でその様子を見ていた白玉総一郎に、一人の老人が声を掛けた。
「このような祭りで名誉町民を管理するとは、白玉殿も悪ですのう」
「おお、禅在。禅在こそ、店の売り上げは上々だったのだろう?」
白玉に声を掛けた老人、それは禅在だった。禅在は白玉の隣のパイプ椅子に腰を掛け、問いに答えた。
「もちろん。それにしても随分な盛り上がりですな。まるで独裁者の王国だ」
「王国? その通りだな。町名をしるこ町からしるこ王国に改めるか。ハッハッハッ。だが、そうした場合、王様は誰だ? しるこの神か? それとも町長の私か? 私だな……」
「白玉殿。冗談が過ぎますぞ」
二人が会話をしている間にも祭りは進行し、神輿はステージ中央に置かれた。人々が平伏す。
ところが、最前列にいる若い男だけは立ったままだった。
「しるこの神! お前だけは許せん。『コンドミニアム』の仇を取ってやる!」
それは、こるし屋の『学生』だった。
周りにいる人達が取り押さえようとすると、彼は懐からおたまを取り出し、それを激しく振り回した。
神は、足を組み、片肘をついて、つまらなそうにその様子を見下ろした。
禅在が落ち着いた口調で白玉に話し掛ける。
「おたまを持っていますのう。どうしますか? 放っておきますか?」
「近頃では神に対してどのような武器が有効か、レジスタンスの間で噂が広まっているらしいな。どれ、私が相手をしようじゃないか」
そう言うと白玉は席から立ち上がり、『学生』に声を掛けた。
「君のその積極的に名誉町民になろうとする姿勢は非常に評価する。それは他の住人にも是非見習ってもらいたい素晴らしい行動だ。しかし、祭りの最中に暴れて人を傷付けてしまえば、名誉町民になる前に逮捕されかねない。落ち着きたまえ」
「うるさい! 神の犬になった人間が偉そうなことを言うな!」
『学生』は震えていた。口では言いたいことを言えるが、なかなか体が言うことを聞かないようだ。
「まあ、冷静になろう。まずは、こんな物騒な物はしまおうじゃないか」
白玉はゆっくりと『学生』に近付き、彼の手にするおたまを握った。
そして、なだめるように彼の肩を叩いた。
その瞬間、『学生』の体が、しるこ状に溶けて、消えた。
しるこの神は、つまらなそうにその様子を見下ろしていた。




