三 、先生、もう限界です
僕の通っていた高校、通称『しる高』に、変わった先生がいた。
彼の名前は『シルコ・クエンティーノ』。
青い瞳に金色のタテガミ、厚い胸板、割れた顎、以上を備えた典型的な白人男性だ。シルコは僕が高校三年の時に英語の教師として赴任してきた。
「ハジメマシテ、『シルコ』ト言イマス。しるこ大好キデース」
初対面の挨拶。
当初、所謂アメリカンジョークかと思ったが、本当に彼はしるこ好きだった。
ちなみに彼はイタリア人だ。
彼が来日して間もない頃、彼の名前を聞いた男性が、「シルコさんと言うなら、是非しるこを食べなさい」と、しるこを御馳走したらしい。
それ以来、シルコはしるこを好きになったのだった。
ある日、シルコは始業のチャイムと同時に巨大な鍋を持って教室に入ってきた。幼児がスッポリと入ってしまいそうなほどの巨大な鍋。
その中身は、しるこだった。
「しるこ作リマシタ。作リ過ギマシタ。シルコノしるこトテモ美味シイ。普通ノしるこヨリモ甘イデス。皆ニモ食ベサセターイ。サッサト一列ニ並ブノデス」
皆、大いに盛り上がり、自分専用のお椀と箸を持って一列に並んだ。そして、その日の授業はしるこを食べただけで終了したのだった。
シルコのしるこはとても甘かった。正直、美味しくはなかった。しかし、嫌いな授業が潰れたので、皆、喜び、シルコに感謝した。
シルコはそんな生徒達の姿を微笑ましく眺めていた。
翌日もシルコはしるこを持ってきた。その翌日も。更にその翌日も。シルコの授業時間はしるこを食べる時間になった。
約一月後、シルコは台車に巨大な鍋を三つ載せてやって来た。
「しるこ作リ過ギマシタ……」
そんな訳はない。計画的だ。最初から鍋三つ分作ろうと思っていたに違いない。シルコは、喜ぶ生徒達を見て、嬉しかったのだろう。
皆、シルコに気を遣い、無理矢理しるこを流し込んだ。
しかし、それも三日目までだった。一人の生徒がシルコに意見したのだ。
「先生、毎日こんなにしるこを食べたくありません。英語の授業をして下さい」
その意見に、多くの生徒は賛同をした。「僕もそう思います」、「わたしもそう思います」と、お椀に蓋をしたのだった。
シルコの額に血管が浮かび上がった。
「ニッポン人ナラ、しるこ食エヨ。英語ナンカ覚エテンジャネーヨ!」
シルコは教卓を強く叩くと、一番前に座る生徒の鼻を引っ張り上げ、開いた口にお椀に盛るかのようにおたまでしるこを注ぎ始めた。生徒はしるこまみれになりながら両手足をバタつかせ、やがて、動かなくなった。
皆、その光景を見て言葉を失った。
一つの鍋が空になると、シルコは指をパチンと鳴らした。直後、入口から食堂のおばさん達が次々と鍋を運び込んできて、一人に一つずつ鍋が渡された。
「今日ハ特別デス。沢山食ベテ下サーイ」
「ワ、ワーイ……」
しるこまみれになった生徒のこともあったので、誰も反論しなかった。皆、黙って食べた。
終業のチャイムが鳴るまで、女子の涙をすする音だけが響いていた。
イタリア人なら、英語なんか教えるなよ。