三十八、おまわりさん、こっちです
一粒のゆで小豆を手に取り、ピンと張られたロープめがけて投げる。ゆで小豆はロープの横を通り過ぎ、すぐ後ろの木の幹に突き刺さった。
僕は溜息をついた。
「勢いは十分なんじゃがのう……」
しるこババアが呟く。
「僕とレンジャーの腕では離れた所からロープを切断するのは難しいですよ」
準備は着々と進み、既に鍋は埋め終え、その真上の張り出した木の枝に葉で覆い隠すように鍋の蓋をぶら下げた。
蓋をぶら下げるロープの端は、落とし穴から少し離れた木の根元に結び付けてある。そのロープを切断するためにゆで小豆を投げたのだが、なかなか難しい。
悩んでいると、僕としるこババアのやり取りを聞いていたシルコがおたまを振った。ブーメラン型のしるこが放たれ、あっさりとロープは切れて、巨大な蓋が落ちる。空気が震えるほどの轟音を鳴らし、蓋は鍋にキッチリと嵌った。
「コレクライ簡単デース。任セテ下サーイ」
シルコは自慢げだ。
「おい! 蓋を落とすなら合図をしてくれ! 死ぬとこだったじゃないか!」
臙脂色のくぐもった声が聞こえる。彼は落とし穴の動作確認のため、鍋の中にわざと落ちていた。
「しるこババア、無線機の確認は完了だ。二キロ離れても通話に問題はなかった」
そう言ったのは出先から戻ったばかりの錆色と赤褐色だった。
僕達にはしるこババア特製の無線機が渡されていた。しるこを寒天か葛で固めた手の平サイズの羊羹のようなものなのだが、どういう理屈か、マイク付きのイヤホンを差し込むと全員同時通話が出来る。
「うむ。準備はほぼ完了じゃな。では、今日は日が落ちるまで全ての装備を身につけた上で特訓をしようではないか。思わぬ支障があるやも知れんからのう」
僕達は言われるがまま装備を身につけた。
腰にはゆで小豆の入った巾着と羊羹にしか見えない無線機、片耳にはハンズフリーイヤホンマイク、頭に大きな木製のお椀を被り、左手に鍋の蓋、背中に柄の長いおたま。錆色と赤褐色はおたまの代わりに銛のような箸を背負っている。シルコは微妙にスタイルが異なり、左手にしるこの入った鍋、右手におたま、鍋の蓋は胸と背中に装着されていた。
明らかに不審者集団だ。しるこレンジャー達に至っては、半裸、フンドシ、目出し帽、という強烈な要素が加わる。
その姿で三対三に分かれ、しることゆで小豆を投げ合った。
傍から見れば斬新な遊びに興じる大人達に見えるだろうが、僕達にとっては命懸けだ。当たり所が悪ければ豆腐の角でも死に至ることがあるように、ゆで小豆で打ち抜かれて死ぬこともあるのだ。
敵チームのシルコがしるこを放つ。しるこ力は鍋や蓋やおたまに対しては弱いという神の力に似た特性がある。僕はシルコのしるこを鍋の蓋でいなし、ゆで小豆を投げた。しるこババアの家を破壊した時のような威力を発揮したことは、以降、一度もなかったが、力を操るコツは掴んでいた。
僕の攻撃を受けて、シルコは吹っ飛んだ。
「イヤー、参リマシタ。今回ハ私達ノ負ケデス。本当ニ強クナリマシタネ」
倒れたシルコに手を差し伸べる。
そうだ、僕は強くなった。夢で見るように、今も多くの人々がしるこにされている。それを止めるために戦うんだ。
そして、スカーフを被った女が何物なのか確かめよう。




