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しるこ地獄  作者: gojo
第二部 しるこ祭り
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三十七、夢の共同作業

 また夢を見た。今度の舞台は、町はずれの洋菓子店だ。



 夫婦二人で営まれているその洋菓子店は、一時期繁盛したこともあったが、近頃では世間のしるこ推進の流れに圧され、客足が極端に鈍っていた。

 このままでは経営は立ち行かなくなる。分かってはいるが、職人気質の主人はひた向きに味を追及することしか出来ない男であった。

 彼は口には出さないが妻に苦労を掛けて申し訳ないと常に思っていた。


 定休日に主人が外出先から帰宅すると、妻の姿が見当たらなかった。

 各部屋を見回るが何処にもいない。探すのを諦め、路上で貰ったしるこを飲みながらダイニングの席に着くと、テーブルの上に『あなたへ』と書かれた手紙が置いてあることに気が付いた。



『突然のお手紙、失礼します。


 本来であれば直接伝えるべきことだとは思うのですが、あなたの顔を見ると、せっかくの決心が鈍ってしまうのではと不安になり、筆を執ることとしました。回りくどいと思われるかも知れませんが、どうか最後までお読み下さい。


 結婚をして、店を構えて十余年。苦労もありましたが、それも含めて二人で店を育てていく日々は幸せでした。

 しかし、あなたもお気付きの通り、今ではしるこにより店の経営は困難な状況に陥っています。

 店を畳もうとも考えましたが、汗を流すあなたの姿が思い出され、その考えはすぐに改めました。仕事に打ち込むからこそ、あなたはあなたであり、それを失ってしまっては以降の生活がどんなに安定しようと、意味がないのです。

 それでも現実は厳しく、内緒にしていましたが、親戚に援助を求めたこともあります。


 そんなある日、旧友から連絡がありました。食事に誘われたのです。

 噂では彼女も困難な生活を強いられていると聞いていたのですが、実際に会ってみたところ、随分と羽振りが良い。

 恥ずかしながら、なぜお金があるのかと率直に聞きました。彼女が言うには、父親が名誉町民になり、近隣からのご祝儀と町からの報奨金により生活が潤ったとのことでした。


 意味のないことを聞いたと思いました。名誉町民になれるか否かは運によりますし、何より私は、こんなことを書くと不平不満や他者批判を嫌うあなたは怒るかも知れませんが、しるこの神が嫌いなのです。

 伝統的な甘味であるしるこは嫌いではありませんが、しるこになりたいとは思えません。旧友からの話は記憶の片隅へ追いやりました。


 ところが、運命の悪戯と言うのでしょうか、今日道を歩いていると、しるこの神が私と同年代の女性と路上でしるこを配っていました。それを飲んだ人々はしるこになり、周りの人々は拍手をする、そこには笑顔がありました。


 誘われるように近付くと、女性がしるこを差し出し、幸せになれます、と言うではありませんか。心を見透かされた気がしました。

 私はしるこを家まで持ち帰り、一人でそれを見つめました。旧友の話を思い出していたのです。そして、しばらくしてから、この手紙を残すことに決めました。


 あなたは、もう察しがついたのではないでしょうか。

 掃除の手間を考えて、私はお風呂場へ行きます。私の心は店と共に生きます。どうか悲しまないで。      

                                かしこ』



 手紙を読み終えると、主人は風呂場まで走った。風呂場の床には大量のしるこが散らばっていた。

 彼は妻の名を呼び、そして、「俺と同じことをするなんて!」と泣き叫んだ。


 やがて主人の体は溶けだし、床のしること混ざり合っていった。


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