三十二、近かった未来
真白い壁、真白い天井、真白い床、真白いカーテン、真白いベッド。
真白い病室。
まっさらなキャンバスに出来た染みのように、上原あず美はそこにいた。
あず美はベッドの上に横たわっていた。かつてあれほど美しかった肌は黒くただれ、全身には包帯が巻かれている。その白いはずの包帯さえも、しるこが染み出して茶色く斑に汚れていた。
ただ、片方の瞳だけは昔のように綺麗なままだった。
その日、あず美の事務所の人が面会を許してくれた。あず美の要求を聞き入れてくれたのだ。既にアイドルとしての利用価値はなくなり、事務所の人達は名誉町民に対する畏敬の念のみであず美の面倒を看ていた。
「……ほらね。やっぱりわたしは名誉町民に選ばれた」
あず美は弱々しい声でそう言った。
「うん……僕は何も出来なかった。本当に何もやれなかった」
「良いんだよ、それで。それで良かったんだ」
彼女が僕に手を差し伸ばす。僕はその手を取った。強く握り締めてしまえば崩れてしまいそうな手だった。
安心したようにあず美が微笑む。包帯に隠れて良く見えないが、その笑顔は、僕の知っている、いつもの彼女の表情だった。
「わたしね……」
片方の目でじっと僕を見つめながら、あず美は話を始めた。彼女の瞳から、ひょっとしたら目の縁が溶けただけかも知れないが、黒い涙が流れた。
「……わたし、幸せ。ずっと幸せだったし、今も幸せだよ。こうして、大切な人と一緒にいられるんだもん。神様に感謝しないとね。ただ心残りがあるとしたら、しるこヶ丘にピクニックに行けなかったことくらいかな。なんてね……ヘヘ……」
あず美は苦しそうに咳をした。それでも、笑顔を作り、更に話を続けた。
「こんな幸せなわたしの願いなんて、神様はもう叶えてくれないかなあ。もし叶えてくれるなら、今度、生まれ変わる時、その時は人じゃなくて、それは……それは美味しいしるこに、して、欲しいな……」
生まれ変わる必要なんてなかった。彼女の体は、話が終わると同時にしるこに姿を変え、ベッドに染み込んでいった。
辺りには美味しそうな香りが漂っていた。
外に出ると、ムッとした熱気が漂っていた。
もう夏になったんだ、と思った。
「あず美サンハ、逝ッテシマッタノデスネ。私ガイナイ間ニ、コンナコトニナルナンテ……」
病院の出入口にいたシルコ・ザ・グレートが話し掛けてきた。
シルコは、僕達がしるこの神と戦っていた頃、禅在のもとで修業をしていたらしい。彼は涙を零しながら、あず美との思い出の数々を語った。
僕はそれを黙って聞いていた。未だに現実味が感じられない。
しばらくすると、僕とシルコを呼ぶ声が聞こえた。
「二人とも早くしろよ」×四。
それは、しるこレンジャーの声だった。彼らは駐車場に停められたトラックの荷台に座っていた。
「早くしてくれ。暑いんだよ。それに、しるこババアが待ってるぞ」×四。
僕は助手席に座った。シルコがハンドルを握り、トラックは走り出した。
今度こそ、今度こそ、あいつを消してやる。




