三十一、話は続くのか
四人の男達は、全員おたまを手にしていた。
ワインレッドを名乗った男が、しるこの神に向かっておたまを振る。しるこの神は後ろに跳んでそれをかわした。振り下ろされたおたまはそのまま地面に当たり、砂煙を上げて大きく足元をえぐった。神が着地したタイミングを見計らい砂煙の中から錆色が神の頭に向けて横からおたまを振る。神はしゃがんでかわす。そのしゃがんで小さくなった的に臙脂色がおたまを突き出す。神は滑り込む姿勢で横に飛んだ。そこを赤褐色が上から狙う。神は転がってかわす。仰向けになった神を更にワインレッドが上から狙う。神は足を丸めて逆立ちし、腕の力だけで跳ねて立ち上がった。
一瞬の攻防。しるこレンジャー達は、その体格や風貌に似合わない素早い動きと連携でしるこの神を追い込んていた。
四人は神に休む暇を与えず、続けて攻撃を仕掛けた。一人がおたまで砂利を掬って投げつけ、同時に残る三人がおたまを振るう。砂利を投げつけた一人も神の背後に回りおたまを振った。
繰り返されるおたまによる攻撃。網の目のようなおたまの軌道を神は紙一重でかわし、そして高く跳んだ。
おたまとおたまがぶつかり、高い音が鳴る。その一瞬の隙をついて、しるこの神は着地と同時に地面のしるこを手に取り、口に含んだ。霧のようにしるこが吐き出される。しるこレンジャーは後ろに下がり、距離を取ってしるこの神を取り囲む陣形になった。
しばらくの膠着の後、しるこの神は面倒臭そうな顔で溜息をつき、唸りだした。すると足元の砂利が溶け、しるこになっていった。
しるこレンジャーは更に後ろに下がり、僕達と合流した。
唸り続ける神。やがて、僕達と神の間に大きなしるこの川が出来上がった。遅れてやってきた遺影を持った憲司君の父親が誤って川に落ちる。憲司君の父親は一瞬で骨になってしまった。
神が声を出して笑う。
どうすることも出来ない。そう思った時、背後にいたしるこババアが叫んだ。
「皆、そこを退くのじゃ!」
彼女は鍋から素手で大量のしるこを掬い上げ、しるこの神に向けて投げた。放たれたしるこの塊が龍に姿を変え、一直線に飛ぶ。
突然の出来事に神は驚き、反応が遅れたようだ。龍が神の右肩を大きく食い千切り、形を崩して地面に散った。神は奇声をあげ、傷口を押さえた。傷口からはしるこが垂れていた。
神は恨みがましく僕達を睨みつけた。傷口が肉の焼けるような音を発しながら徐々に塞がっていく。
傷口が完全に塞がると、神は少し悩んだ素振りを見せ、後ろを向いた。それから何度か頷き、再び僕達の方を向くと、フンと鼻を鳴らし、走り去っていった。
しるこの川があり追うことが出来ない。そもそも追おうとしている者もいない。
絶望的だった。時間を掛けて準備した計画は完全に失敗。こるし屋の大半がしるこになってしまった。
生き残った者達も戦意を喪失し、涙を流す余裕さえなく黙って帰宅していった。
残されたのは、しるこババアとしるこレンジャー、そして僕だけだった。
急に全身の力が抜け、地面に膝をつく。茫然としながらも、僕は、しるこの神が走り去った時のことを思い返した。
神が走り去った先、砂利の山の上に女が立っていた。女はスカーフを被っていて顔が見えなかった。
ただ、しるこ状の火傷痕のある左腕が見えた。




