二十五、時間との戦いの時間
あず美が入院した。
雑誌の取材中に倒れ、そのまま病院に搬送されたらしい。
海沿い公園で会ってから二週間も経っていない。
あず美がしるこの神に接触したのは晩春のしるこ銀座でのロケ中だけだから、二ヶ月以上、特に変化は見られなかったことになる。それが、ここ最近になって急にしるこ化が進行している。これもしるこの神の意思によるものなのだろうか。
僕は入院先の町立病院まで足を運んだが、あず美の所属する事務所の人に面会謝絶と言われ、顔を見ることさえ許されなかった。
その日の深夜、窓を叩く音が聞こえた。
カーテンを開けると、そこには亡霊のようにあず美が立っていた。僕は急いで表に出た。
「ごめんね、こんな時間に……」
あず美は病院から抜け出してきたようで、パジャマと思われる袖のない白のワンピースに薄いカーディガンを羽織っただけの服装だった。
そして、片目には眼帯をし、体の所々には包帯が巻かれていた。その包帯には、しるこの染みが出来ていた。
「今日、病院まで来てくれたんでしょ? それ聞いて、会いたくなっちゃった」
「無理するなよ。病院に戻ろう。送るよ」
「ねえ、聞いて。わたし、もうすぐ名誉町民になる」
僕が何も言えずにいると、あず美は真剣な面持ちで話を続けた。
「この間、しるこの神が正しいかどうかって話をしたでしょ? で、考えたの。わたしは正しいと思う。だって、この世界は神様のものでしょ? 神の意思に沿うのは当たり前のことだよ」
「むやみに人を殺すことが正しいなんて、とても思えないな」
「殺されるんじゃない。選ばれるの」
「どちらにしても、あず美がしるこになってしまったら、こういった口論さえも出来ない。僕はそんなの嫌だし、納得が出来ないよ」
「それでもわたしは名誉町民になる。それは、正しいからそうなるの」
僕は彼女の肩を抱いて諭すように言った。
「もうやめよう。とりあえず病院に戻ろう。僕とあず美、どちらが正しいかの話はあず美のしるこ化が治まってから、ゆっくりしよう」
「しるこ化が治まる? どうやって?」
「どうでもいいだろ。さあ、帰ろう」
あず美は僕の手を振り払い、叫んだ。
「何かしようとしているの? ねえ、何をするつもりなの!」
僕は何も答えず、手を無理矢理引いてあず美を病院まで送り届けた。
看護師に頭を下げて事情を説明したので、おそらく彼女は回復するまでもう病院を抜け出すことは出来ないだろう。
そう、回復するまでだ。しるこの神さえいなくなれば、既にしるこになった部分は戻らなかったとしても、これ以上のしるこ化は止まる、はずだ。行方知れずの母にしても、瞬時にしるこにされずに済んだということは、進行の遅いしるこ化の可能性が高い。
あと二日。
あと二日間だけ二人とも無事でいてくれさえすれば、全て解決する……




