二十四、隙間に潜む殺し屋
憂鬱な気持ちのまま公園から帰宅すると、突然、祖母が泣き付いてきた。
「小春さんが、小春さんがさらわれたよ! さらわれたよ!」
同じことを早口に何度も繰り返すので、とりあえず落ち着かせてから居間で詳細を聞くことにした。
祖母が言うには、しるこの神が訪ねてきて、小春、つまり母が、玄関先まで応対に出たところ、神が母を抱え上げて走り去ってしまったそうだ。
なぜ、こんな立て続けに身近な人が被害に合うんだ。
どうすれば良いか見当も付かず頭を抱え込んだ時、ある言葉が思い出された。
『困ったことがあったなら、またここに来なさい』
それは、しるこババアの言葉だった。
翌日、藁にもすがる思いでしるこ銀座を訪ねた。ところが、いつもの場所にしるこババアはいなかった。
居場所を知る人はいないかと周りを見ても、以前しるこの神が大暴れして以来多くの店が閉店してしまい、人影がほとんどない。
僕は溜息を漏らし、当てもなく静かな通りを歩いた。その時、ふと以前身を隠したビルの隙間が目に留まった。
あの時逃げ出していなければ少しは未来が変わっていたのだろうか。
そんなことを考え、隙間の暗闇を覗いてみると、そこに、しるこババアが挟まっていた。
「そろそろ来る頃じゃろうと思っておったわい……」
しるこババアは全てを察している様子だった。
僕は、交際相手がしるこになりつつあることと母がさらわれたことを伝え、解決策がないか教えて欲しいと頼んだ。
「……よいか。しるこになった者達は、それぞれ溶け方や溶けるまでの早さが異なる。ある者は一瞬で全て液状になり、ある者はあんこ状になり、ある者は体の一部や服を残して溶けている。そして、お主の恋人のように時間を掛けてしるこになる者もおる」
「個人によって、神の影響力というか耐性が違うということですかね」
「いや、しるこの神の気分の問題じゃろう。ジワジワと溶けていたかと思えば一気に液化した者もおる。つまり神に触れられしるこ化の種を植えられたものは、その後、神の意思により思うがまましるこにされる。ならばその意思を断てば良い」
「意思を断つ?」
「お主、しるこの神を倒したいと思うか?」
肯定をすれば反体制派として非難される懸念もあった。しかし、しるこババアはしるこになった人のことを名誉町民と呼ばなかった。
僕は、それに賭けてみようと思った。黒い感情が沸き立つ。
「しるこの神を……殺したいです」
しるこババアは深く頷き、僕を奥へと案内した。
隙間を抜けると裏通りだった。飲み屋や風俗店が並んでいる。そこは皮肉なことに表の通りよりも活気があった。
しるこババアが怪しげな宿屋に入っていったので、僕は躊躇いながらも後をついていった。受付の女性が小さな窓からこちらの姿を確認し、無言で鍵を差し出してくる。それを受け取り、最上階へ向かう。
エレベーターを降りると、その階には部屋が一つしかなかった。
早速しるこババアが扉を開けると、そこには十数人の男達の姿があった。
男達は声を揃えてこう言った。
「ようこそ、『こるし屋』のアジトへ」
第一部 完




