二十三、傍観者降板の理由
「こうして二人きりになるのも久しぶりだね」
前を歩くあず美が振り返りながら僕にそう言う。
二人で海沿い公園に来ていた。
海に面した崖のあるこの公園は、数年前に旧町議会により作られたものだ。高台から望む景観が良いので観光名所にしようと大々的に整備が行われたが、高い崖から飛び降りる人が続出し、今では自殺の名所になっている。平日ともなれば人はおらず、芸能人のお忍びデートには都合の良い場所だった。
あず美の言う通り、久しぶりの密会だった。
お互いに近況の報告でもしようと崖の上のベンチに腰を掛ける。と言っても、喋るのはいつだってあず美ばかりだ。
「……でね、次の映画の製作が中止になっちゃったんだ」
「仕方ないだろうね。町が混乱しているから」
「混乱? してるかなあ? 映画が中止になっちゃった理由は、シルコさんが名誉町民を馬鹿にした人をかばったからだと思うよ」
シルコが町議会の制度を批判したことは既に世間に知れ渡っていた。あず美は苦々しい表情を浮かべ、足元の石を蹴飛ばした。
「あず美は、名誉町民制度に賛成なの?」
「え?」
「今の町議会やしるこの神は正しいと思っているの?」
「うーん……良く、分からない……」
気まずい空気が漂う。あず美はその雰囲気から逃げ出すように席を離れ、崖沿いの柵に寄り掛かった。
湿った風が吹いている所為か磯の香りが強く感じられる。あず美も同じことを思ったのか、鼻から空気を思い切り吸い込んだ。
「もうすぐ夏だね」
と、あず美が呟く。
「そうだね……そっか、もうすぐ一年経つのか」
と、僕は返事をした。
「ん? 何が?」
あず美に聞き返され、自分がおかしなことを言っていることに気が付いた。
何が? 一体何から一年が経つというのだ?
僕が困惑した顔をしていると、あず美は笑いながら口を開いた。
「たまに、変なこと言うよね」
そして、彼女は吹っ切れた顔をして伸びをした。
「あーあ、映画がポシャってスケジュールがスカスカになっちゃった。今年の夏は何をして過ごそうかな。ねえ、何をして遊ぶ? どこか旅行にでも行こうか?」
「しるこヶ丘にピクニックとか?」
「すぐ近所じゃない。毎日通り過ぎてるよ」
そう言ってあず美は再び笑い出した。
ところが、喉に何かが引っ掛かったのか、彼女は突然むせ返し、深刻そうな顔で口元を押さえた。それでも僕が駆け寄ると、すぐに顔をあげ、「平気、平気」と言って、手を振りながらまた微笑む。
ただ、あず美のその手には、しるこが付着していた。




