二十二、立ち上がる
近所の子供がしるこにされた。
幼稚園からの帰り道、背後からしるこの神に頭を叩かれ、その子の母親の目の前で溶けてしまったらしい。母親だけは家に帰り着いたそうだ。
「ご祝儀を持っていってちょうだい」
母からそう言われ、僕は子供の家に行くことになった。
子供の家に着くと、何やら騒ぎが起きていた。
人込みから様子を覗き見ると、一人の女性が家の前で叫んでいた。子供の写真を持っているので、どうやら子供の母親のようだ。
「……うちの娘は名誉町民になったのではありません! しるこの神に殺されたのです! 皆さん目を覚まして! このままでは全ての人がしるこにされてしまいます!」
女性の知人と思われる人が彼女をなだめ、周りの人達に謝罪している。
周りにいる人達は呆れた様子で、肩をすくめたり、溜息をついたりして、その場から去っていった。
僕は、祝儀袋を渡すことは諦め、帰宅することにした。
その日の夜、火災が起きた。出火場所は子供の家だった。
近いので様子を見に行くと、まさに燃え盛っている最中だった。可燃性の液体が撒かれていたらしく、子供の母親を殺害するため、しるこの神の熱心な信棒者が放火したのではないかと噂されていた。
燃える家屋の前では女性が泣き叫んでいる。
「娘との思い出が!」
消防車が駆け付け、消防士がホースを握り締めて家屋に近付いた。バルブを捻るとホースからは、もちろん、しるこが放たれた。
辺りに甘い香りが広がり、そして、すぐに火は収まった。
ところが、消防士はしるこの放出を止めなかった。ホースを女性に向けて、しるこを浴びせたのだ。
「たとえ実の母親であろうと、名誉町民を貶める発言は許されん!」
消防士の言葉を聞いた野次馬達が喝采を送った。消防士は笑いながら更にしるこの圧力を高めた。女性が転げ回り、その度に大歓声が起きる。
狂っている。
今までしるこを崇める人がいようと個人の自由だと考え、無関心でいたが、子供を思う母親が酷い仕打ちを受けているのを見て、僕は、どす黒い憤りを覚えた。
間違っている。このままでは世界は滅びる。
そして、どうにかして女性を助けたいと思った。強く思った。
その時、体格の良い男が現われ、おたまで消防士を激しく殴りつけた。
「何ヤッテルデスカ!」
消防士を倒した男は、シルコ・ザ・グレートだった。
近くにいた男が、「名誉町民を愚弄した者を成敗していたのだ」と告げると、シルコはその男のことも殴り倒した。
「しるこハナル物デハアリマセン。食ベル物デース!」
野次馬達もさすがに最強の戦士に対しては反論しなかった。
密かに燻っていた家屋が再び炎をあげ、時折、小さな爆発が起きる。その炎を背景にして、シルコはおたまを天に掲げ、雄叫びをあげた。
「大事ダカラ、モ一度言イマース。しるこハナル物デハアリマセン。食ベル物デース!」
微かに拍手の音が聞こえる。ほんの数人だが手を叩いている人がいたのだ。
その音は小さなものだったが、とても力強く感じられた。僕も、一緒に手を叩くことにした。
しるこが食べ物なのは、当たり前のことだ。




