二十一、ひざまずく
母にしるこの材料を買ってきて欲しいと頼まれ、しるこ銀座にやって来た。
近頃は気温も上がってきたので、物のついでに半袖のシャツでも買おうと古着屋に立ち寄る。
茶色い斑模様のシャツを手に取った時、女性店員が話し掛けてきた。
「お客さぁん、お目が高いですねぇ。そのシャツ、名誉町民の方がしるこになった時に着ていた物なんですよぉ。ほら、しるこの染みがあるでしょ? そういう風に服が溶け残るのって超珍しいんですよぉ。この手のものが好みならぁ、あっちのガラスケースの中にぃ……」
若い女性店員は、こちらの顔色も気にせず、延々と喋り続けた。
その時、外から大きな声が聞こえてきた。
「しるこの神が顕われたぞ!」
僕は、そして店員も、表へ駆け出した。
見ると、少し離れた所に人だかりが出来ていた。
集まっている人達が次第にひざまずき、向こう側が見える。そこには、しるこの神が立っていた。相変わらず白いシャツを着ている。ただしその髪型は、誰がセットしたのか、巨大なアフロヘアになっていた。
僕はしるこにされたくないので、ビルとビルの三十センチほどの隙間に体を滑り込ませ、そこから様子を窺うことにした。
町の人々が、お椀に入ったしるこを掲げながらひざまずき、頭を地面に擦り付ける。しるこ神社での正式な参拝方法だ。
その平伏す人々を見下ろし、しるこの神は傲然と歩いた。自分に向かって差し出されたしるこを物色しているようだ。その姿は、まるで何処ぞの国の宗教家のようだった。
しばらくすると、彼は足を止め、栗の入ったしるこを前にしゃがみ込み、そのしるこを持つ女に話し掛けた。
「こ、これ、おいし? おいしい?」
女は顔を上げ、嬉しそうに返事をした。
「は、はい!」
その女は古着屋の店員だった。
しるこの神はお椀を取り上げて一気にしるこを飲み干し、それから女の頭を両手で押さえ、瞳を見つめながら顔を近付けた。
女は唇を奪われるとでも思ったのか、顔を赤らめて身を硬くした。
しるこの神は更に顔を近付け、一気に、女の前頭部に噛り付いた。
「ひゃれ?」
女が呟く。と同時に、女は服だけを残し、しるこになってしまった。
「ふ、古着屋の山田さんが名誉町民に選ばれたぞ! 山田! 山田! 山田……」
周りにいる人達が立ち上がり、手を叩きながら、「山田」と連呼する。
しるこの神も口からしるこを垂らして立ち上がり、両手をあげ、その場でゆっくりと回転した。そして、近くにいる男の肩に手を置いた。
男もしるこになった。
「次は三丁目の佐藤さんが名誉町民だ! 佐藤! 佐藤! 佐藤! 佐藤……」
神が更に隣の男の肩を叩く。その男もしるこになった。
「花屋の後藤さんも名誉町民だ! 後藤! 後藤! 後藤! 後藤……」
「薬屋の小林さんも選ばれたぞ! 小林! 小林! 小林! 小林……」
「電気屋の松下さんもだ! 松下! 松下! 松下! 松下……」
その場にいる人達は、次々としるこにされていった。
僕は隙間の奥へと進み、そのまま逃げ出した。




