十七 、夢のリアクション
また夢を見た。ある芸人の夢だ。
芸人ドジョウ盛夫は、自宅アパートの台所でしるこを作っていた。
盛夫はこだわりを持った芸人だ。テレビに映る彼は、無理矢理熱いしるこを食べさせられて暴れるという単なる間抜けなキャラクターだが、それは全て計算された演技であった。
事実、彼は共演者に対して自分にどの様にしるこを掛ければ良いか指導をし、カメラマンにまで注文を出している。また、撮影に使用するしるこは、自らの手作りと決めていた。
彼は、休日でも常に芸のことを考えており、練習用のしるこを作っていた。
味見をする。良い仕上がりだ。
盛夫は出来立てのしるこを過熱器付きの鍋に入れ、ラジオと一緒に公園まで持っていった。アパートで練習をしては近所迷惑になるからだ。
「熱い熱い熱い熱い熱い熱い、あちゃー!」
早速しるこを口に入れて叫ぶが、納得がいかない。もっと体を仰け反らし、そのまま後方に倒れて頭部を強打したほうが良いだろうか。
早くも煮詰まった。盛夫は溜息をつき、地面に置いてあるラジオのスイッチを入れた。ラジオから流行りの曲が流れる。
「歌のコーナーか。俺の出番はまだまだだな……」
この後、盛夫がラジオに登場するようだ。
盛夫は時間まで練習の続きをしようと体を起こした。視線を上げると、そこには白いシャツを着た青年が、笑いながら立っていた。
「あれれ? ひょっとしてずっと見てた? 参ったなぁ。まあ、笑って貰えるのは有難いよ。他にも頭からしるこを被るパターンもあるんだぜ。見てく?」
青年は盛夫の話を無視し、勝手にしるこを口に含み、それを盛夫の足に吹き掛けた。
「おいおい、何やってんだよ、って、吹き掛けられるのも屈辱的で新しいかも知れな……」
突然、盛夫の目に映る景色が上にスライドした。盛夫は何が起きたのか理解出来ず、キョロキョロとし、それから、足元を確認した。
「足が、ない? うおぉ、どうなってんだよ! 凄え短足になってるよ!」
彼の足は、膝から下がしるこ状に溶けていた。
青年は声を出して笑い、そして低くなった盛夫の頭を掴んだ。指がめり込み、熟した果実が潰れるかのように汁が溢れ出す。
盛夫は青年の手を払い、自身の頭を押さえた。すると、柔らかなものが手に付着した。恐る恐る手の平を見てみる。そこには、しること僅かな肉片と大量の髪の毛がこびり付いていた。
「ちょべー! やだやだやだ、何これぇー!」
盛夫は仰け反って後方に倒れた。
青年は益々笑い、次は盛夫の腕を掴んだ。
「ちょ、おま、ま、って……しょにぎりぎぃー!」
腕が抜けた。抜けた腕は瞬時にしるこに姿を変えた。
盛夫の肩の切断面が沸騰しているかのように泡立ち、そこから次第にしるこが広がっていく。盛夫は、陸に打ち上げられた魚のように激しく痙攣した。
意識が途絶える直前、彼は思った。今の俺、最高のリアクションをしている。
スイッチが入ったままのラジオからは陽気な声が流れていた。
「……以上、泥鰌モリモリ♪ ドジョウ盛夫でした。ありがとうございました」




