十五 、シルコ対禅在
「ファイト!」
審判の掛け声と同時にシルコと禅在は構えを取り、睨み合った。
それから二人は長いこと微動だにしない。会場は静けさに包まれた。あず美の唾を飲み込む音さえ聞こえる。
シルコロシアムは屋根のない建造物だ。当然、風も吹く。その為、桜の花びらが舞い込んで、ほんの刹那、睨み合う二人の視界を妨げた。
最初に仕掛けたのはシルコだった。シルコは素早くしるこを掬うと、おたまを小刻みに回転させた。すると、しるこの塊がマシンガンの弾のように幾つも禅在へ襲い掛かっていった。
禅在は避ける気配も見せず、ただ、大きな円を描くようにおたまを振った。しるこの塊が次々と禅在のおたまに吸い込まれていく。まるで魔法のようだ。
観客は声援も忘れ、試合に見入った。
禅在が自分のおたまに溜まったシルコのしるこを飲み、呟く。
「甘すぎる。お前はしるこの何たるかを知らない」
その言葉を聞いたシルコは額に血管を浮かべ、大きなしるこの塊を飛ばした。禅在はおたまの背でその塊をいなした。塊はおたまの曲面により進行方向を真上へ変え、遥か上空で形を崩し、雨となって二人に降り注いだ。
黒い雨を浴びながらシルコが叫ぶ。
「デハ、オ師匠! しるこトハ何デスカ。答エレマスカ!」
「はい、喜んで!」
禅在はしるこを掬い、おたまを振った。おたまから放たれたしるこが大きな槍に姿を変え、シルコに向かっていった。
シルコは鍋で防御をしたが勢いは止められず、鍋は宙を舞った。シルコのしるこが地面に染み込む。
「しるこはママの味」
禅在は言い切った。
そして丁寧にしるこを掬い、再びおたまを振った。しるこはまたもや槍に姿を変えたが、今度はシルコの眼前で減速し、彼の口の中へと優しく入っていった。
「コ、コレハ、懐カシイ味ガシマース……ママ、ママハ元気ニシテルカナ。ママノ焼イタ、ビスコッティ、久シ振リニ食ベタイナア……」
シルコは幼少の頃を思い出しているようだ。ただ中空を見つめ、笑っている。
その状態のシルコに禅在は攻撃を仕掛けた。禅在は腰を落として低い姿勢のまま回転し、片手鍋をプロペラのように振り回したのだ。
「へい、お待ち!」
威勢良く声をあげる。
すると、鍋からしるこの巨大な塊が飛び出した。塊は地面を転がり、シルコの足元で破裂した。
シルコはしるこまみれになり、その全身は湯気をあげた。しかし、彼は倒れなかった。それどころか熱さで我に返り、禅在に向かって走り出した。
「料理人ガ、食べ物ヲ粗末ニシテンジャネーヨ!」
そう言うとシルコは、おたまの背で禅在の額を殴った。
コッ。
審判がシルコの反則負けを宣告しようとしたその時、禅在が口を開いた。
「私の負けだ……」
禅在の額からは血が流れていた。
審判は勝敗の判定を下さなかった。
シルコと禅在は握手を交わし、互いに頭を下げた。観客達は立ち上がり、競技場に立つ師弟に拍手を送った。
使用されたしるこは後でスタッフが美味しくいただくのだろうか……




