十二 、町角の妖怪
しるこ銀座はしるこ町で一番の商店街だ。
ただし、一番と言っても、銀座と言っても、二十件ほどの店が並んでいるだけの小規模なものだ。しかも、そのうち八件はしるこ屋ときている。
その商店街の端には占い師がいる。彼女は、『しるこババア』と呼ばれていた。
しるこババアがしるこババアたる所以、それは、彼女の独特な占い方にある。
テーブルの上に半紙を置き、その上にしるこを垂らす。そして、そのしるこの広がり方を見て、人の運命、物事の吉凶を占うのだ。
しるこババアの占いは当たると評判であった。また彼女は、町の歴史や情報に詳しいため、各種メディアや有識者等のご意見番を務めていた。
しるこババアと目が合ったのは早春の日曜日のことだ。
彼女が若い女性であったならば、それはトキメキの瞬間、ドラマならば恋の始まりだったと思うが、あいにく、彼女はその名の示す通り、かなりの高齢だ。僕は気にせず、その場を去ろうとした。
その時、しるこババアが手招きをした。是非とも占いをさせてくれ、とのことだった。僕は訝しがりながらも彼女の前の椅子に腰を下ろした。
彼女は早速、占いを開始した。
しるこをお椀に盛り、それを高く半紙の上に掲げ、傾ける。通常であれば、しるこは一直線に半紙の上に垂れ、そこに出来る染みは僕の運命を顕すはずだ。
ところが、しるこは半紙に染みを作らなかった。
お椀から流れ出したしるこは、空中でスプリンクラーのように拡散し、見事に半紙を避けて、テーブルの上に直接零れたのだ。
明らかに不吉だ。
「お、お婆々様? こ、これは?」
「……う、うん。普通。お、お主の運命、普通じゃ」
そんな訳はない。
しるこババアの顔は青ざめ、唇が震えている。明らかに動揺している様子だ。
「う、占いの代金はいらん。サービスしようではないか」
その言葉は益々不吉さを煽った。
だからといって、問い詰めたとしても、彼女が占いの結果を訂正するようなことはなさそうだ。そこで僕は考え、提案を持ち掛けた。
「いえ、代金は支払います。その代わり、教えて欲しいことがあるんです」
しるこババアは博識だ。僕はここぞとばかりに気になることを聞こうと思った。
青年の夢、そして、しるこ状の死体のことを。
しるこババアは頷いた。しかし、変死体の話は町議会から口止めされている。
僕は、言葉を選んで質問をした。
「お婆々様……えーっと、人が、しるこになるなんてことは、有り得ますか?」
すると、しるこババアは真剣な眼差しで問いに答えた。
「しるこから生まれたものが、しるこに返るのは世の理じゃ……」
結局、しるこババアは代金を受け取らず、最後にこう言った。
「困ったことがあったなら、またここに来なさい」
もう来ないよ、と思った。




