十一 、奇跡のしるこ
しるこ町の協賛により一本の映画が封切られ、それは、町中で話題になった。
映画のタイトルは、『奇跡のしるこ』
主人公の家庭教師役にシルコ・ザ・グレート。
そして、ヒロイン役にミスしるこの上原あず美が抜擢された。
奇跡のしるこの物語はこうだ。
幼い頃から、見えない、聞こえない、話せないの三重苦を課せられたヒロイン、上原あず美。彼女は家族の言うことを聞かずにわがままに育つ。
ある日、家族の依頼を受け、バイオレンス教師、シルコ・ザ・グレートが彼女のもとにやって来る。
前半、手掴みで人の皿から食べ物を奪うあず美を見て、シルコは、食事のマナーを教えようとする。反抗するあず美。強制的に教育しようとするシルコ。食卓で繰り広げられる格闘。
もちろんシルコが勝利し、あず美は箸の使い方を覚える。しかし、あまりに苛烈な格闘を目の当たりにして、家族はシルコに家庭教師を降りて貰おうとする。
そこで、シルコが言う。
「二週間期限ヲ下サイ。ソノ間、私ト彼女ヲ二人キリニシテ欲シイ」
家族は渋々その要求をのむ。
こうして二人の特訓は始まる。
吹雪の中での兎跳び。海岸でのロードワーク。大木に向かっての正拳突き。滝。
瞬く間に二週間は過ぎ、あず美は礼儀作法を学んだ。
けれども、言葉というものを学ぶことは出来なかった。
シルコは最終手段に出る。この映画のラストシーンだ。
彼はあず美を台所に連れていき、大量のしるこを彼女に浴びせるのだ。
瞬間、あず美が叫ぶ。
「しるこー!」
二人は抱き合い、観客の涙を誘い、物語は閉じる。
町の唯一の映画館は連日大行列。リピーターも多く、来館客数は町の人口を遥かに超えた。
上原あず美はこの映画で一躍有名になり、彼女をテレビで見ない日はなかった。
端正な顔立ち、しるこ色の髪、小豆のような瞳、白玉団子のような肌。ミスしるこということだけはあって、その姿は美しい。あとは売れる切っ掛けだけが必要だった。この映画は、その切っ掛けとして十分であった。
ワイドショーやニュースでもこの映画は取り上げられ、制作秘話が語られた。前半の食卓の格闘シーンのために、あず美は数ヶ月に及ぶトレーニングを受けたらしい。クライマックスでは数万リットルのしるこが使われたという。
「ね。奇跡のしるこ、面白かったでしょ?」
映画の帰り、しるこ屋で向かいの席に座る彼女が言った。
僕は素っ気なく答えた。
「……うん」
そんな僕の反応を気にも留めず、彼女は話を続けた。
「今回の映画の大ヒットのおかげでね、わたし、次の仕事も決まったの」
嬉しそうにはしゃぐ彼女。
彼女の名前は、上原あず美。




