十 、しるこでころしあう
「勝者、シルコ・クエンティーノ!」
審判の声が会場に響き渡った。
かつて英語教師だったシルコの足元には男が痙攣しながらうずくまっている。男の体は赤くただれ、しるこまみれであった。
しるこ町の誕生を記念して、しるこヶ丘の麓に『しるこ会館』は建てられた。
鍋の形をした屋根のないその巨大な建造物は、別名、『シルコロシアム』と呼ばれていた。
そこでは、毎晩のように戦いが繰り広げられていた。
戦いの名は、『シルコンバット』。しるこを掛け合う競技だ。
戦士達は片手におたまを、もう片方の手に鍋を持ち、一対一で戦う。
ちなみに鍋は白玉総一朗の店で売られているもので、底に過熱器が内蔵された、いつでもどこでも熱々のしるこを食べられるという代物だ。
鍋に入れるしるこは戦士達が手作りしたものと決まっている。その手作りしるこを掛け合うのだ。
どちらかが熱さに耐えられず降参、もしくは火傷により戦闘不能となった時、勝敗は決する。
シルコンバットは町役場が取り仕切っており、とても人気が高い。高額な入場料にも関わらず、常に多くの人がシルコロシアムへと出向いた。
特に、シルコが試合に出場する際は決まって満席であった。
シルコ・クエンティーノは、負け知らずの戦士なのだ。
僕は運良くシルコ戦のプレミアチケットを手に入れることが出来た。
第一回トーナメント決勝戦。対戦者はかつて最強のレスラーと言われた男だ。
元レスラーは、シルエットだけを見ると肥満に思える体型だが、その肉のほとんどが筋肉であった。人間凶器、もしくは重機、もしくは核弾頭。その頭はミサイルの先端のようにツルリとしていた。
競技場中央に並ぶ黒タイツの男二人。
審判の、「ファイト!」という声と同時に、元レスラーはパシャパシャとシルコに向かってしるこを飛ばした。シルコはその巨体に似合わない華麗なステップで攻撃をかわした。
元レスラーは手持ちの鍋が空になったので一旦自分のコーナーへと戻り、予備の大鍋からしるこをおかわりした。そして、無駄に大きな足音を鳴らし、ゆっくりと競技場の中央に戻ってきた。
次の瞬間、シルコはしるこを掬い、新体操のクラブのようにおたまを回した。
しるこの塊が回転するおたまから発射され、弾丸のように一直線に飛び、元レスラーの顔面を捉える。
勝負はついた。立て続けにシルコはおたまを回転させ、元レスラーの急所にしるこをヒットさせていったのだ。
元レスラーが仰向けに倒れる。
シルコはその姿を確認すると、自分のコーナーから予備の巨大な鍋を運び出し、倒れる元レスラーに近付いた。
「タクサン食ベテ下サーイ」
そう言うと、シルコは鍋をひっくり返し、煮えるしるこを元レスラーに浴びせたのだった。甘い香りと、肉の焼ける臭いが会場中に広がる。
「勝者、シルコ・クエンティーノ!」
審判の声から数秒遅れて大歓声が起きた。
シルコは右手に握ったおたまを天にかざし、雄叫びをあげた。会場の照明がおたまに反射し、眩しく輝く。
それは、『シルコ・ザ・グレート』、誕生の瞬間であった。




