九 、茹で立て白玉団子
雪の中、マイクの前で白玉総一朗は語った。
「『ゆとり』という言葉があります。本来は良い意味の言葉ではありますが、昨今ではネガティブな印象を受ける方も多くいるでしょう。これは世相を反映しているのだと思います。現在、あらゆる所に、ゆとりという名の甘えが氾濫し、人々はそれを排除しようとしているのです。かつては人が嫌がる仕事を率先して引き受けることが美徳とされていました。かく言う私もその美徳に則り、しるこを食べる仕事ではなく、しるこを提供する仕事に就きました。安易な問題より難しい問題に挑むべきなのです。病身の子があれば看病をし、疲れた人がいれば荷を分かつ。猛暑の日にはコタツに入り、極寒の日には水泳大会。皆様、頑張りましょう」
納得がいかなかった。
伝説のマラソン大会から約一月後、とある屋外イベントが催された。
その名も、第一回しるこ町寒中水泳大会。
もはや嫌な予感しかしない。
しかし、多くの人が観戦に訪れていた。しかも、朝から雪が降り続けているのにだ。僕はまた母に誘われ会場に来ていた。
白玉町長の話が終わると、女性アナウンサーの声がスピーカーから流れた。
「それでは選手の入場です……」
客席から拍手が起きた。
同時に、ブーメランパンツを履いた筋肉質な男達が入場してきた。アナウンサーが順に男達の名前を紹介する。そこにはゲストとして参加する有名な水泳選手の姿もあった。
紹介が終わると、選手たちは早速、台の上で前屈みに構えた。
「テイク ユア マークス」
スターターの声。
選手たちが顔を少し上げ、正面を見つめる。
その視線の先には、もちろんプールがあった。しかし、それは普通のプールではなく、黒かった。
水の代わりに、しるこがなみなみと張られていたのだ。
プールの淵は金属で出来ていて、怪しく銀色の光を放っている。会場には甘い香りが漂っている。どうやらしるこは過熱中らしく、時折、坊主頭のような気泡が浮かんでは消え、白い湯気をあげた。
見るからに危険な熱さ。隣の人のメガネ曇る勢い。
雪がプールの淵に触れ、ジュッと音をたてた。
スタートのブザー音と同時に、選手たちはしるこに飛び込んだ。
飛沫がかかったのか、プールの脇にいた審判員が、「つっ」と声を出した。
それきり会場は静かになった。
選手達が一向に浮かんで来なかったのだ。真っ黒なしるこが張られていては選手達が現在どういった状態にあるのか全く見ることが出来ない。
観客達は待つしかなかった。
しばらくすると、スタート地点からほんの数メーター離れた辺りに、丸まった背中が浮かんだ。一、二、いっぱい。
しるこに浮かぶその背中は、まるで白玉団子のようだった。
即座に白玉町長がマイクを握った。
「このような結果となりましたが、スポーツは参加することに意義があります。彼らは力の限り立派に泳いだ。感動するではありませんか」
いや、彼らは飛び込んだ瞬間に泳ぐことなく死んだと思う。




