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 では、お話を始めましょう。

面白くもない話だけれど、少々お静かにお付き合い願いたい。



私たちの歴史は改竄されたの。

現在、私たち……いや、あなた達の知らされている歴史は半分本当で半分ウソなの。

正確には正しい歴史を知るものは誰もいない。全ては操作されているの。

【統一言語】は知っているでしょう? あの発明は偉大なものだったのだけれども、あれが世界を変えてしまった。

重要なのは、【統一言語】ができた後の歴史の流れ。人々の知識から削除されてしまった歴史が存在するの。

人々は【統一言語】の持つ神秘的な力を利用してある大変なものを創った。

それが【AH】。さっきも見たでしょう? あの人間のような生命体。

さて、ここからが本題。時間がないからささっといくよ。

まず世界には【神】なるものがいると前提して。あくまで前提でいい。私もいるとは思っていないけれど、そう考えておくと話が楽なの。

【神】なるものは世界を統御する一つのシステムなの。でも、【神】は【AH】の存在を認めなかった。勝手な創造をした人間に怒ったと考えていいわ。

【神】は人間を見放した。正確にはこの世界を見放した。【セカイ】はもともと【神】によってバランスが保たれていたから、【神】に見放された【セカイ】は当然、バランスが崩れる。そして、かつてこの【セカイ】では、様々な異常現象が起きるようになった。それこそ、虚構のなかでしか見られないような現象がね。

人間たちはもちろん焦ったわ。このままではいつ【セカイ】そのものが崩壊してしまうか分からない。

だから人間たちは持てる限りの技術と【統一言語】の力、そして【AH】の力を使って【バベルの塔】を建てた。

旧約聖書に登場する、あの巨大な塔を創りあげたの。【バベルの塔】は【神】と同じように【セカイ】を統御する機構を持っている。それで【セカイ】に安定を取り戻そうとした。

旧約聖書のはなしとは全く逆ってわけね。あれは、神に近づこうとした人間が神の怒りに触れて言語を乱されたのだけれど、今回は【神】に見放された人間が言葉を統一して【神】の領域に到達した。

でもね、定義上、【神】は統御できないものなの。全てを統御できる存在を創りあげたとしても、人間はそれを統御することができない。

結果、塔による記憶操作、歴史操作で人間はすべてを忘れてしまった。いや、忘れさせられてしまったの。

ん……、じゃあなんで私が知っているか不思議って顔してるね。

確かに不思議ね。

でもね。

人間の創った神様は所詮、つくりもの。不完全であると自覚する人間が創ったんだもの、それも結局不完全だった。塔が完成して約百年。塔の力は少しずつ弱まっている。それで、歴史を知識に得てしまうものも現れた。

そして、熾みたいに【外れる】人間も現れたってわけ。



 †



刀熾は操佳の言葉をじっと聞いていた。しかし、彼女の言葉は突飛すぎて、わけが分からなかった。

とはいえ、まったく信じていないわけではなかった。それは刀熾自身、彼女の話に思い当たる節があったからだ。

 刀熾は確認するために操佳に尋ねた。

「なあ、今の話って……」

 刀熾がそう言いかけた時、部屋の奥のほうから食器でも割れたかのような大きな音が響いてきた。驚いて立ち上がろうした刀熾に操佳は動かないように言った。

「じっとしていて……」

 操佳の顔はいつの間にか厳しい表情に変わっていた。

操佳が立ち上がるのと、ぱぁんと乾いた音が響くのはほぼ同時だった。ガシャンと、窓際に置いてあったきれいなつぼが破裂して、破片をあたりに飛び散らせた。

「あいつね」

 奥の部屋からゆらりと現れたのは操佳と同じくらいの背丈の少女だった。その手には少女には不釣り合いな黒い鉄の塊。拳銃という今となってはレトロな逸品(ぶき)

 刀熾は突然のことに声も出せずにいた。少女の方を見る。少女の姿は、どこからどうみてもただの人だ。しかし、その瞳は無機質な赤色だった。

「もしかして……」

「ええ。AHね」

「なんでここに?」

「さあ。私たちを殺しに来たのかもね」

 操佳はふふっと小さく笑った。しかし刀熾には笑い事ではない。殺しに来たのかも? そんなの見れば分かるじゃないかと。拳銃を持ち、すでに一発発砲している。しかも、今もその銃口はこちらに向けられているのだ。かも、なんかではない。表情は能面のようにさっぱりだが、あきらかに殺気に溢れている。

「刀熾。もう一度言う。そこでじっとしててね」

 にこりと微笑むと、操佳はタッと前へ飛び出した。

少女との距離、約十メートル。放たれる弾丸。それらの弾を体を捻りことごとく避ける操佳。ハンドスプリングの要領で、体操選手顔負けのその動きで、その間は一気に詰められた。その勢いのまま、少女を押し倒し、馬乗りになる。少女の手に収まっている拳銃からまた銃弾が放たれそうになると、操佳は躊躇なく、その腕を手のひらで力強く押さえつけた。ぐしゃりと嫌な音が聞こえ、刀熾はそこで顔を逸らした。

そこからは何があったかは見ることはできなかった。とにかく不快な音が耳元に届いていたことだけは分かる。静かになってから、おそるおそる操佳の方を見ると、彼女もちょうどこちらの方を見ていて目があった。その先にAHの少女の姿はなかった。

「どうしたんだ……?」

「さあ?」

 操佳は優しく微笑む。そして、ゆっくりとたちあがると、ぱんぱんと服を払った。

「さてと、邪魔ははいったけれど、話の続きいいかな?」

「え、えっと」

「まあ、可否問わず話すけど」

 なら、いちいち聞くなよ、と刀熾は声に出さずそう思った。先ほどのAHのことも気になりはするが、聞くと余計嫌なことを引き出してしまいそうでやはり口にはしなかった。

刀熾はそれきり、先ほどのAHのことは忘れてしまうことにした。

操佳が立ったまま話の続きを始める。

内容はさっきまでのものと変わりない。それは刀熾にとって知らない一つの歴史であり、知識群であった。

そして、操佳は話の最後を刀熾の目をじっと見て言った。

「今、また世界は危機に瀕しているの。力の弱まったバベルの塔のせいで、世界そのもののバランスが崩れようとしているし、バベル自体の力を悪用しようと思っている連中も出始めている。バベルの力は尋常じゃない。悪意をもった人間の手に落ちれば、世界はいとも簡単に悪い方へコントロールされてしまう。私は、それを阻止したいの。そして、刀熾、あなたにはそれを手伝ってほしい」

 思ってもいなかった妙な誘いに刀熾は眉をひそめた。操佳の話は、確かに現実離れしている。でも、AHの存在はもう知ってしまったし彼女の常人離れした力も、彼女の話の信憑性を高めていた。

 よく分からないが、とにかく世界は危機的状況にあるらしい。この平凡で平穏に見える世界が、だ。

 しかし、そんなものなのかもしれないと刀熾は思っていた。

一人の人間が感じられる世界なんて、それこそほんのわずかな部分に過ぎない。世界の一端だけを眺め、ただ漠然と世界が平和であると感じていただけかもしれない、と。

そう思えたから、刀熾にとって彼女の話は素直に受け入れても構わないものだった。

そうであるから、すぐには彼女の言葉を拒否する理由が見つからなかった。

「なぜ、俺に手伝ってほしいなんて言うんだ?」

 刀熾は操佳に尋ねた。自分に協力を求められる理由があるとは思えなかったから。いや、思いたくなかったから。

「薄々分かっているんでしょう? なら説明の必要もないと思うけどな」

 たしかに薄々分かっていることはあった。彼女は何もかもお見通しらしい。

 そうであるなら、もう断る理由も拒否する理由も全くなかった。

刀熾はゆっくりとうなずいた。

「……分かった。手を貸すよ……。俺で役に立つならな」

「本当に? ありがとう!」

 操佳は刀熾が今までに見たことのないくらい明るい表情になり、刀熾の手をがしっとつかむと上下にぶんぶんと振った。

 ただその力は強く、刀熾は顔をしかめる。

「で、そのバベルというのはどこにあるんだ?」

「あ、そうだった。それについては説明していなかったね」

 操佳は手を離すと、部屋の奥の方へ行った。そしてどこからか地球儀を持ってくると、くるくると回転させ、ある一点を指し示した。

「ここがそのバベルのある場所……。通称【ポイント0】。緯度経度ともにゼロ度の地点」

 指差されたその場所は、海の真ん中だった。地理は学校で習っている。そこは、アフリカ大陸の西側の海。ちょうどギニア湾にあった。

「この場所に、バベルがある。もっとも、誰の目からも隠されているから、今までは気づく人間は滅多にいなかったのだけれども」

「塔の力が弱まって、気づく人間が出てきた、とうことか」

 そういうこと、と操佳はにこりと笑いうなずく。

「一刻の猶予もない――と言ったら少し大げさな表現になるけれど、重大であることには変わりない。だから、すぐに、できれば今から向かいたいの」

「でも向かうたって、そんな遠くまでどうやって」

「その点なら問題はないよ。すでに手配してある。こっちに来て」

 そう言うと、操佳はまた刀熾の手を引き、部屋の奥の方へ引っ張っていった。いくつかの部屋を抜けた先にエレベーターホールのようになっているフロアがあった。ここに上がってきたものとは別だった。

大きなゴンドラ。エレベーターにのると、まもなく動きが止まり、扉が開いた。

どうやらそこは屋上のようだった。

いつの間にか陽はだいぶ傾き、空はすでに暗い色へと染まり始めていた。

屋上は頑丈な柵で囲まれており、そこからは街の景色がよく見えた。

刀熾も知らないことだったが屋上はヘリポートになっているらしかった。そこには小型のヘリが止まっていた。

刀熾はただ唖然としていた。

「これ、君の……?」

 ヘリを指さす刀熾に気づき、操佳は、うーん、と少しだけ考えこんで、

「まあそんなとこ。さあ、早く乗って。時間は待ってはくれないし、買戻しもできないんだから。これで、空港まで飛んで、そこからは飛行機に乗らなきゃいけないんだから」

「え、あぁ。そう……だな」

 アフリカあたりまで行くとなれば確かに飛行機じゃないと無理だろう。刀熾はそう納得し、操佳の家はどれだけの金持ちなのだろうか、など考えながらヘリに乗り込んだ。

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