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「ここが貯蔵庫のようね。おそらくロトの最深部にあたるところだわ」

 操佳はあたりをぐるりと見回し、大きくうなずいた。

「ほら、あそこに見えるのはこの塔の電力供給施設」

 指をさす先には大きな扉があり、立ち入り禁止の文字があった。

「なあ、操佳。たどり着いたのはいいんだが、この子どうするんだ?」

 言って、刀熾は手をつないで連れてきた少女に目を向けた。

研究室で少女を見つけたのち、操佳は、とりあえず少女をつれて貯蔵庫に行くと言った。それから、どうするか考えましょう、と。

「そうだね。とりあえず、座りましょう」

 操佳はそばにあった木箱のようなものに腰掛けた。刀熾は戸惑いながらも、少女とともに、適当な場所に座った。

「さてと。アストライアって長いから、スピカちゃんでいいかな?」

 操佳はスピカに問いかける。スピカは少しだけ意外そうな表情になったが、すぐに小さくうなずいた。

「じゃあ、スピカちゃん。いくつか質問いい?」

「……うん」

「スピカちゃんは、どうやってここに来たのかな?」

「……わからないの」

 スピカはうつむき加減になった。

「わたし、おうちでお留守番していて。そのうちに眠ちゃったの。それから目が覚めたら……」

 今にも泣き出しそうな声だったので、刀熾は宥めるように、頭を優しく撫でる。

「操佳、この子も多分よくわからないんだよ。俺が何を言えるわけでもないけど、あまりそういう質問はしないほうがいいんじゃないか?」

 刀熾に言われて、操佳は少し考え込んだ。まだ何かを聞きたいらしく、なにを聞こうかと考えているようだった。

「じゃあ、もう一個だけ質問。スピカちゃんはこういうこと初めてなの? たとえば、気づかないうちに違う場所に移動していたりすることとか、なかった?」

「ううん、そんなおかしなことはないよ。だって私、弱い子だもん……。そんな魔法みたいなことあるはずないよ。外に出ただけでも、くったりなっちゃうのに……」

「そう……」

 操佳はじろじろとスピカを見た。彼女の脱色したように色のない白い髪、さらに彼女の肌も髪の毛どうように色が薄い。いや、薄いというよりは色がない。そして、赤い瞳。

正直言って刀熾はアストライア・スピカ、彼女がAHではないかと少しだけ心配していた。その赤い瞳がとても印象的だったからだ。

そんな刀熾を知ってか知らずか、操佳は刀熾に心配ないよと声をかけた。

「彼女はおそらくアルビノね。先天性白皮症。生まれつき色素がまったく欠乏する病気。少なくとも彼女はAHではないよ」

 おもむろに立ち上がった操佳はゆっくりとスピカの正面へ行き、また目の高さまでにしゃがんだ。

「スピカちゃん。すぐにとは無理だけど、私がお家に返してあげる」

「本当に?」

 急にスピカの表情が晴れた。

 それに応えるように、操佳も目を細める。

「うん。だけど、すぐには無理なの。ここはスピカちゃんのお家からきっとすごく遠いから。でも安心して。おねえちゃんの言うことをしっかり聞いてくれれば、何の問題もないから。必ず、帰れるから」

「わかった」

 こくりとうなずくとスピカの表情はすっかり安心したものになっていた。

刀熾は、操佳の言葉の力に内心驚いていた。それは、統一言語の力なのかもしれないが、刀熾には彼女自身の力のように思えた。幼い少女をほんのいくつかの言葉ですっかり安心させてしまうのだから。言葉はありふれたものだ。どこまでが本気か、どこまでが真実かわからないような言葉だ。しかし、一つ一つの口調、表情、身振り……種々の要素が絡み合って、魔的な力を持つ言葉を紡ぎだしていた。

「刀熾。少し予定を変更するね」

「え、ああ」

 予定、と言ってもとくに聞かされているわけでもないから変更と言われたところでそう関係はない。聞いていたことといえば、このロトの貯蔵庫で最低限の食料を調達するということくらいだ。

「まず、予定通り食料を調達した後、少し休んでいくことにする」

「休むってどこで?」

「うん、ここに来る途中にいくつか部屋があったけれど、多分そこが使えると思うから」

「そうか、わかった」

 刀熾はさっそくここに何があるのか調べようと立ち上がった。

そのときだった。頭をおもいっきり殴りつけられたような頭痛が刀熾を襲った。

「ぐっ……」

「どうしたの、刀熾」

 操佳がすかさず歩み寄る。

 頭痛はほんの一瞬のことだったが、痛みの余韻が頭のなかで反響している。

「いや……、頭痛が……」

 次の瞬間、刀熾は不思議な感覚に包まれていた。視界が一瞬だけぐにゃりと歪んだように見えた。それはちょうど蜃気楼のようだった。その歪みはすぐに治っていき、次元に戻った時には景色が変わっていた。

正確には変わったわけではなかった。元の景色に薄く重なるように何処かの景色が映っている。

「くっそ……これ……か」

 


ガラン  ガガガ

ガラン  ガガガ



音が聞こえてくる。

何か金属を引きずるような不快音。

「刀熾、何か視えてるんだね」

「……」

 操佳の声が聞こえたが、それどころじゃなかった。

重なった視界の鮮明度は徐々に増す。

どこかの廊下。

そこを歩く人影があった。

黒いフードをかぶっていて顔はよくわからないが、フードのかげからわずかに見えた輪郭は男のもののようだ。彼はふらふらと力なく歩く。一見、苦しそうにも見える。

彼の手には大きな鎌のようなものが合った。長い柄の両端に鎌の刃が違いに付いている代物だ。



ふと、男がこちらを向いたように思えた。



「えっ……」

 いや、たしかにこちらを見た。

男はにやりと笑う。

それから、何が起きたのか、刀熾にはすぐに理解できなかった。一瞬のうちに視界が分断され、一瞬のうちに視界が暗転した。

痛みを感じたのはそれからだった。

「――――――ッ!!」

 経験したことのない鋭利な激痛に、刀熾は倒れそうになった。

「刀熾!」

 間一髪、操佳は刀熾の背中に手を回し、刀熾を支えた。

「刀熾、どうしたの? 大丈夫?」

「わからない、でも……目が……」

 操佳は、目を押さえる刀熾の手をゆっくりとどけ、刀熾の眼を見た。

「これは……」

 操佳が見たのは、刀熾の眼球に横一直線に入っている黒い傷だった。しかし、血は出ていない。よく見れば、どうやらそれは傷ではなく表面に映っているだけのようだった。

「なるほど。これは多分、敵の【力】ね。一時的に視界を奪うような……そんな【力】。それにしても敵はどこから……」




 ――【私】はここに【いる】ぞ




声が響く。

ハッとして操佳は顔を上げる。



「knocking on the hell's door」

 あざ笑うような声とともに、凶刃が二人を襲った。

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