停学期間の過ごし方 【2】
「説明を求めます。 場合によっては、顔かお腹かボディのどれかを選ばせてあげますです」
「お腹とボディって一緒だよな……。 てかそれ、言い方的に殴るってことだよな?」
「いえ、貫きます」
にっこり微笑みクレアは言う。 うん、可愛らしい笑顔だ。 今日も俺の日常は平和である。
あれから、クレアの部屋ですっかり漫画を読み漁っていたら、怒り心頭でクレアが部屋に戻ってきたんだ。 で、俺は何事かと思い尋ねたところ、クレアは激怒するまでに至ったというわけ。 そこまでいって、俺もようやく思い出した。
「えっとさ、部屋の片付けとかしてると、漫画出てきてちょっと読んだらそれだけで一日終わるってことあるだろ? あれだよ、あれ」
「なるほど。 それなら私を放置しても仕方ないということですね。 つまり、成瀬は操作方法を丁寧に教えた私より、私の部屋にある漫画の方が大切だったということですね」
「いやそういうわけじゃ……」
このままでは駄目だ。 言い訳に言い訳を重ねても、貫かれる箇所は多分変わらない。 そんなグロ映像を昼間から見るのなんて絶対に嫌だから、なんとかせねば。
「あ! 陽夢おにい……じゃなくて、陽夢!」
そんな声が部屋の入り口から聞こえてくる。 顔を向けると、ランドセルを背負った少女。 クレアと同じく金色の髪で、その長さは腰ほどまであるクレアとは違い、肩の辺りまでの長さの少女。 クレアと同じく碧眼の妹、リリアだ。
というか、なんで呼び捨てに言い直した。 キャラ作りか。
「リリアも帰ってきてましたか。 どうでした? 学校は」
「ふっふっふ、我にかかれば他愛のないことよ。 生まれ変わり、闇の者から暗黒の者へと昇華した我は、誰にも止められない……ファレーズ、貴様にもな!」
「……ファレーズ?」
指を差されたクレアは、何事かと首を捻る。 数秒そうしたあと、俺の方へと顔を向けた。
「ファレーズってなんですか?」
「さぁ、俺が知ってるわけないだろ」
俺は笑いを堪えながらそう返す。 ヒントはフランス語とクレアの体型だ。 これ以上言ったら殺される気がする。
てか、しっかし……また随分愉快なあだ名を考えたな。
「ま、良いです。 可愛らしい呼び方ですし。 リリア、それより今日は給食をしっかり食べましたか?」
「……うぃ」
リリアはファレーズの言葉に顔を少し逸らして答える。 いやぁ、なんか超嘘っぽい態度だなそれ。 俺でも分かるほど嘘を吐いているときの態度だぞ。
「今日の給食には、サラダがありましたね。 玉ねぎも食べましたか?」
「……あれは、あれは食物ではないッ!! ただの飾りだっ! よって食べる必要なしっ! 皆無であるッ!!」
玉ねぎが嫌いなのか。 猫かこいつ。
「まったく……。 好き嫌いは駄目だと言ってるじゃないですか。 大きくなりませんよ」
「大丈夫! おねえも大きくないから」
「ぐ……」
主に胸がな。 あ、言っちまったよ。 まぁ良いか。
そしてファレーズは多分、背のことを言われていると思っているのだろう。 だが事実は違う。 どんまいファレーズ。
「それより! ファレーズは陽夢と何を?」
「後でじっくり話しますからね。 成瀬とは、ええっと……」
「これの使い方だろ。 忘れたのか?」
ここぞとばかりに、俺はスマホを取り出してファレーズ……もう良いか、クレアに見せる。
「ああ、そうでした。 成瀬がスマホを買ったので、それの使い方を教えていたんです」
「なるほど! 陽夢おにい、わたくしの携帯もー!」
リリアは言いながら、ポケットからスマホを取り出す。 小学生でも持っている時代か……。 良く使いこなせるな、こいつら。 新人類すぎるだろ。 言っておくが、俺は時代に取り残されているのではなく、敢えて逆らっているのだ。 そう言った方が格好良さそうに聞こえるからな。
「はいはい分かったよ。 それじゃあクレア、よろしく」
「そこで私に任せる辺り、進歩しようとする意思が感じられませんね……」
大丈夫だ。 どうせ登録するのなんてお前らと、後は柊木くらいのものだろうしな。 なんら問題なしだ。
「……よし、できましたよ」
言われ、俺はクレアからスマホを受け取る。 先ほどと同様に電話帳を呼び出すと、今度はランクFにリリアの名前は入っていた。 適当に振り分けられているのだとは思うが、なんか嫌な感じだな……。
「メール! メール打つね、陽夢おにい」
「おう」
純粋に可愛いなこいつ。 厨二病を発症させなければ、妹として欲しいくらいだ。 是非とも真昼と交換して頂きたい。 真昼の場合は「早くしろよ原始人」くらい言ってきそうである。
そして、リリアの言葉通り、数分後にメールが届く。 俺は珍しく気分が良く、リリアが小さい指で打ったそのメールを開いた。
タイトル、悠久の時を過ごす時空の使者へ。
本文、我の名は、リリア・ローランド。 人は我のことを闇の使者と呼ぶ。 遠い彼方、人類は闇を恐れ光を求めた。 五光年と僅かな時間、我は呪いを受け封じ込められていたのだ。 その呪いが今、こうしてあなたと出会うことによってとけようとしている。 光は闇を恐れ、闇は光を塗りつぶす。 それが我の目的で、最終到達地点。 世界の全てを闇で塗り替えるのだ。 混沌と、憎悪が渦巻く世界へと。 そして開放された我は暗黒をも支配し、昇華する。 闇の死者から、暗黒の使者へ。 そうして、世界の全てを闇と暗黒の炎をで包み込み、焼き払う。 我の前では全てが灰燼と化し、我の歩いた後は全てが朽ち果てる。 今ここに、我の復活を恐れよ! 恐怖せよ! 我の名を呼び、畏怖せよ!!
「なげぇよ! てか改行しろよ読みづれぇな!」
これが所謂、いたずらメールというやつか。 迷惑フォルダに移す方法を今度クレアに聞いておこう。
「リリアのメールはいつもこんな感じですよ。 私のは普通ですけど」
言いながら、今度はクレアがメールを打ち始める。 手慣れた動作で打つ速度は、俺では考えられない早さだ。 お前の指はどうなってんだ、やっぱり新人類だろ。
「できました!」
クレアがそう言った直後、俺のスマホにメールが届く。 どれどれ。
タイトル、クレア・ローランドです。
本文、クレアです。
「……素っ気ないな」
「そ、そうですかね。 文字なんて所詮、そんなものですよ。 それより成瀬はどうなんですかっ! ちょっと送ってみてください」
「はいよ」
言われ、俺はスマホを操作する。 初メールだ。 やり方は真面目に聞いたので、今度は問題ないはず。 まずはタイトルで、次に本文だな。
「……うし、送ったぞ」
いつの間にか、俺がクレアのベッドに座り、クレアとリリアは床へと座る構図になっている。 そして床に女の子座りをしているクレアは俺の言葉を聞くと、すぐにスマホを操作し始めた。
「ええっと、タイトルはなし……本文は「おう」って、成瀬の方が素っ気ないじゃないですか!」
「いや、大体俺はいつもそんな感じだろ」
そうだ。 メールではなく実際の会話の話をしよう。 中学の頃に話しかけられたとき、適当に素っ気なく返事をし過ぎていた所為で、俺には文字数制限があるんじゃないかと噂が立ったほどだ。 ついたあだ名はワードオブ成瀬、格好良いだろ。 ちなみに文字数は六文字制限だったらしい。 授業で教師に名指しされたとき「分かりません」と毎回言っていた所為だと思う。 容量少なすぎだろ俺。
「強ち間違いじゃないのがあれですね……」
「だろ?」
ま、クレアに関してはメールとは違って素っ気なくはないけどな。 俺たちの中じゃ一番表情が豊かだし、話してみると面白い奴だし、俺たち以外の友達も居るらしいし。
……あれ、なんかクレアが一気に遠い存在になった気がする。
「ですが、さすがにこれだけだと交友関係なくなりますよ」
「それならそれで構わん。 メールの文章が素っ気なかったからって交友関係を断つような奴なんて、最初から友達ではないだろ」
「おお……良いこと言いますね」
当然だろ。 成瀬陽夢は名言量産機だ。 俺が言った言葉は後世に受け継がれるであろう。 恐らく数百年後には「メールってなんだろうね?」みたいな感じになっているはずだ。 受け継がれても意味ねえな。
それはそうと、俺が言ったことは事実だよな。 近頃ではニュースでたまに見るが、スマートフォンのアプリ? なんか、チャットができるアプリとかで「いじめ」が行われているらしいし。 既読無視とかなんとか。 んなのはくだらないとしか言いようがない。 返したいときに返せば良いし、返さなかったからと言っていじめるだのハブるだの、論外だ。 お前ら週五日は顔合わせてるだろうが、昔の人は手紙を送って返事まで数日待たされていたんだぞ……と、声を大にして言いたい。
「そういうわけで、俺がメールで素っ気ないのは問題なしだ。 オーケー?」
「うーん……うーん……。 まぁ、そうですね。 分かりましたよ。 ですが、もうちょっとなんとかなりませんかね?」
なんとかならないよ。 これが限界だ。
そう思うも、クレアもリリアも何故か乗り気のご様子。 俺のメールをどうにかしようと、二人して俺の両隣に腰をかける。 モテ期が来てしまったか……。
「あーくそ、分かったよ。 努力はしてみる」
「さっすが成瀬! それならまずは、実践ですね! 参考として、私たちがこの「おう」だけのゴミみたいなメールを改変してあげます!」
「悪かったな、ゴミみたいなメールで」
「わたくしに任せて。 最初はそう、電子を彩る序章、プロローグから……プロローグ、序章の物語」
「それ意味同じだからな」
渋々、俺はリリアにスマホを渡す。 確実に俺が操作した時間より、クレア姉妹が操作した時間の方が多い俺のスマホだ。 もうクレア姉妹の物になってしまえ、裏切りスマホめ。
「ふむ、ふむ……なるほど、つまりそうか……暗黒面が見えてきた」
と、リリアは呟きスマホを操作。 何やら熱心に不安になる単語を口にしながら文字を打つ。
「できた。 おねえ、次は本文」
「任せてくださいっ!」
こうして、俺のスマホは約三十分に渡り、クレアとリリアの手を行き交うこととなった。
「できました!」
先ほどの少女漫画の続きを読んでいたところ、クレアの高らかな叫び声が聞こえてくる。 それを聞いて漫画から視線を外すと、疲れきった二人の顔が見えた。 一つのメールを書くのに、どれだけ体力を使っているんだ。
「お、どれどれ」
俺は漫画を本棚に戻し、先ほどまで座っていたベッドの上へと腰をかける。 クレアもリリアも、俺の反応を早く見たいといった感じの面持ちだ。 なんか目的が変わっている気もするけど、気にしない気にしない。
「えーっと」
完成されたメール。 まずは、タイトルから。
『闇夜が照らす漆黒の世界への招』
うわ、文字数制限に引っかかってるじゃねえか。 恐らくだが、招待とか招待状とかそんな風にしたかったんじゃないだろうか。 ワードオブリリアの称号やるよ。 てか暗いのか照らされているのかはっきりしろよ……。 やべー、ツッコミどころが多すぎる。
落ち着け、まだタイトルだけだ。 本文はまともである可能性もある。 本文は確か、クレアも書いていたからマシなはずだ。
本文。
『待状。 あなたは選ばれた、そして物語は始動する』
思いっきり本文に侵食してやがる。 つうかタイトル長すぎだろ。 ここまで分かったことをまとめると……。 意味不明、タイトルがはみ出てる、厨二病、既に友達を失う気しかしない。
ま、まぁあれだ。 この最悪な状況をクレアが打破してくれる可能性にかけよう。
『俺の名前は成瀬陽夢、どこにでもいる平凡な普通の高校生。 趣味は読書と人を馬鹿にすること。 嫌いな奴は大勢居るけど、好きな奴はほんの少し。 そんなどこにでも居る普通の高校生だ』
「物語本当に始まってるじゃねえかよ! おいこれメールだよな?」
「いや、あのですね。 自己紹介は大切かと思いまして」
「……あのなぁ」
全然自己紹介になってない。 人を馬鹿にすることが趣味ってどんな奴だよ。 クレアにはそう見えているのか……生きづらい世の中になったものだ。
『しかし、そんなある日のことだった。 俺の前に、突如として闇が現れたのだ。 闇は自身のことをクリステアと名乗り、俺にこう告げた。 世界の選択は生か死か、理を外れし者に、今一度転換の命を授けよう。 時の流れに逆らう者よ、光を断絶する者よ、世界を漆黒の黒炎で包む者よ、解き放たれよ……選ばれし使者よ!』
「リリア、これお前だろ」
「ふっふっふ、やはり、物語性は欠かせないと思って。 その方が、最初のインパクトは確実に大きい」
インパクトとかいらねえから。 一体何を求めているんだ。 素っ気ないどころかただの危ない人だろこれじゃ。
『と、ここで目が覚める。 そして君にメールを送った。 「おう」と、たった二文字に想いを込めて』
「……消して良いか?」
もう、何から言えば良いのか分からない。 最後ポエム風に終わってるし。 つうかだな、こんなメールが届いた時点で即拒否だろ。
「だめ! 折角書いたのに! わたくしの設定が!」
「思いっきり設定って言ってるぞ! 俺のメールで設定作るんじゃねえ! ノートにでも書いとけ!」
「なに小さい子をいじめているんですかっ!」
俺がリリアからスマホを取り返そうとしたところ、それを見たクレアが横から妨害する。 俺の頭に腕を回し、ヘッドロックというやつを仕掛けてくる。 ちなみに胸の感触は皆無だ。 こいつ本当にファレーズだな。
「いててててっ! クレア落ち着け! お前のそれ半端なくいてぇよ!」
ほんと、痛い。 頭割れる。 ちょっと涙出てきたし……同学年の女子に泣かされたという事実が更に俺を泣かせてくる。 無限ループだ。
「痛いならリリアを掴んでいる手を離してください! 変態!」
「誰がだよ!? というかそもそも俺のスマホじゃねえか! 返せ! 今すぐ返せ!」
「陽夢おにいやめてぇ! ふ、ふふふ! くすぐったいから!」
なんて、馬鹿騒ぎする俺たち。 しかし、そんな馬鹿騒ぎもリリアが放ったひと言で終わりを迎える。
「あ、送っちゃった」
「は?」
送った? 送ったって、誰に何を? てか、送ったといっても届くのはクレアかリリアの携帯だろうから、問題ないよな?
クレアとリリアが作った文章で、その文章のメールがクレアかリリアに届く。 なんの問題もないし、誰も迷惑しない。 それならいくら送られても構わない。 と、一瞬でも思った俺が馬鹿だった。
ちらりと見えたクレアの表情はひどく動揺していて、あからさまに俺から顔を逸らす。 先ほどまで俺の頭を締めていた腕も、すんなり抜けれるほどに力が抜けている。 ああ……すげえ嫌な予感がするぞ。
「おねえ、どうしよ。 メール送っちゃった」
「へ、あ、ま、まぁ良いんじゃないですか? それより、下で神田にお菓子でも出してもらいましょう。 おやつの時間です」
「お菓子!」
引き攣った笑いをし、クレアは言う。 俺は妙だと思い、ようやく奪い返したスマホの画面に視線を向ける。 送信済みメールは……これか。
タイトル、本文はさっきのだ。 だが、一つだけ見慣れない文字列があった。 タイトルと本文以外で他に文字を打つ場所なんてのは、決まっている。 宛先だ。
「……おい、これ」
「え!? なんですか!?」
「お前ほんっと誤魔化すの下手だよな……。 それで、この宛先って誰だよ?」
「だ、誰と言われればそうですね。 えーっと、なんというか、だ、大丈夫ですよ。 心配いらないです」
「お前の動揺っぷりが明らか大丈夫じゃねーって言ってるじゃねえか!」
クレアがここまでビビる奴……誰だ。 ビビる、恐ろしい、怖い、恐怖、怯える……ん、俺たちの周りに居る、怖い奴。
「まさか」
「さ、さぁ私たちは先に行きますね。 リリア、行きますよー」
言って、部屋を出て下に降りて行くクレアたち。 俺が何かを言う前に、二人は姿を消していく。
「……ん」
追って何かを言おうと立ち上がったそのときだった。 初期設定音が鳴り、スマホの画面を見ると新着メールが一件。
タイトル、成瀬か?
本文、まさかお前がこんなふざけたメールを送るとは思えないがな。 誰かのいたずらならば、即刻止めるように。 もしも本人ならば、停学明けが楽しみだ。
「……よっし、おやつの時間だ! やった!」
俺が取った作戦、現実逃避。 あと一週間停学伸びてくれないかな。
それから。
それから、俺は家へと帰る。 今日は金曜日、土日を挟んで月曜日を迎えれば、俺の停学は終わることになる。 で、一緒に人生も終わりかねないのだけど。
クレアとリリアに関しては、二人で一応は謝ってくれたし、それに操作なんかを教えてくれた恩もあったからな。 今回ばかしはあまり怒る気にもなれなかった。 日本のマザーテレサとは俺のことだと思う。
そしてそんなマザーテレサこと俺、成瀬陽夢が家に帰ってからやったこと。
リリア宛てにメールを送信。 内容はこう。
タイトル、親愛なる我が主よ。
本文。
『主よ、実は風のうわさで聞くところによると、今宵の晩餐で近しい者から略奪をすることによって、闇の力は月によって増幅されるらしい』
不思議なことにその日、クレアの夕飯はリリアによって奪われたとのこと。 奪ったリリアは神田さんにこっぴどく叱られたらしい。 実に、不思議な話である。




