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俺とルールと彼女  作者: 幽々
小休憩
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新年祭 【5】

俺が通っている高校では、普通の高校の学園祭に相当する新年祭は二日間しか用意がされていない。 体育祭は一日、体験学習は三日、修学旅行は四日だ。


風の噂によると、つまらない順に日数が少なく設定されているというのもある。 だが、それは果たして本当にそうだろうか? 俺が思うに、このシステムは内容の薄さで日数が決まっているのだと考えられるからだ。


体育祭なんてのは、その最たる例の一つだ。 あんな走って跳ねて動き回る祭りなど、正直なところ一日すら必要はない。 むしろ一時間で良い。 一時間思い思いに体を動かせという祭りで良いと俺は思う。 そうするべきだ、そうしろ。


「って思うんだけど、どうかな」


「却下だ」


新年祭二日目、つまりは最終日。 俺は常日頃から思っているそんな考えを隣に座っている柊木(ひいらぎ)にぶつけてみる。 ぶつけた結果、俺が言い終わるのと同時に却下された。 もう少し考えてから物を言え。


「大体、私にはそんな権限はない。 もしも意見を通したいなら、生徒会か体育祭実行委員に言え」


「いや、柊木なら無理矢理通してくれるかなって思っただけ」


「お前から見て私はどんな人間なんだよ……」


目頭をつまみ、柊木は深いため息を吐く。 深いというよりかは不快っぽい。 まるでおっさんだな。 俺の考えがおっさんっぽいという意見は受け付けない。


「まず始めに、その考えは根本的に間違っている。 つまらない順に日数が少ないわけでも、内容の薄さによって日数が決まっているわけでもない。 必要な日数を教師やPTAの人たちが考慮してだな……」


「あーいや、分かった。 分かったから今日その話をするのは止めよう。 頭が痛くなる」


「まったく……」


柊木(すずめ)は真面目だ。 自分の仕事に責任を持ち、最後までやり遂げた彼女のことを真面目じゃないと言う奴は存在しない。 今みたいに、俺が振った心底どうでも良い話にすら、正論で真面目に返してくるところから、その性格が垣間見えるだろう。


「それより成瀬(なるせ)、この部活は何をしている部活なんだ?」


「今更かよ」


さて、困ったぞ。 この性格の柊木に、素直に「特に何もしてない部活」と言ってしまったら、俺の生活サイクルが崩れかねない。 それこそ、何かとんでもない目標を掲げて、それを果たそうと部活の内容は様変わりしてしまうだろう。 そうなってしまったら、当然リリアとトランプもできなくなってしまう。 それは嫌だ、主に俺のパシリ的な意味で。


「そうだな、遊んだり本を読んだりって感じかな」


「……遊んだり?」


よし、食いついた。 そのワードは柊木の思考を確実に止めるのには充分だ。 だからこそ、俺が仕掛けた罠にまんまと嵌った。


「言い方が悪かったな、お互いのことを良く知るって意味でだよ。 で、そうやってお互いのことを知って協調性を高めることからやってるんだ」


「ふむ……。 なるほど、学生の本分でもあるな」


「そうだろ? だから、遊んだりってのも重要なんだよ」


「そうだな。 それなら問題はなさそうだ」


「おう」


柊木雀は真面目である。 だから、それっぽいことを言って納得させればそれ以上は何も言ってこない。 例え、心にもないことをぐだぐだと理由付けして述べたとしても、柊木が一旦納得すればこっちのものだ。 要するに、こいつは真面目すぎるのだ。


「遊んだり……本を読んだり……あれ、けどこの部活って確か歴学部……だったような」


「そうだ柊木、西園寺(さいおんじ)さんからクレアのことって聞いてるか?」


危ない危ない。 危うく俺が騙したことがバレてしまうところだった。 話をとっとと逸らさねば。 バレたら殺される。 生命的な意味でも、立場的な意味でも殺される。


「ああ、誕生日を祝おうというやつだろう? 聞いているよ、昨日の帰りに聞いた」


「そっか、なら良かった。 今日の帰りにでも、そのことについて三人で話そうと思ってたんだ。 新年祭も終わるし、丁度良いだろ」


「……そうだな。 片付けに関しては全校生徒でやることになっているし、分かった。 では、終わったあとにこの件については話そう」


そんなわけで、新年祭が終わったあとにするべきことは決定だ。 打ち上げもあるだろうけど、どうせ俺は参加しないしな。 柊木もそういうタイプだし、西園寺さんだって騒がしいのは苦手な人だ、似たもの同士都合が良い。


「さて、そろそろ行くか。 新年祭ももう終わりだ」


柊木の言葉を受けて時計を見ると、時刻は夕方四時を指している。 なんだか椅子に座って雑談しかしていなかった新年祭だったけど、こういうのも悪くはないのかもしれない。 いや悪いな、学生がするべき新年祭の過ごし方じゃ絶対ないよな。


ま、新年祭前の準備期間で気分だけは味わえたし、今年はそれで我慢しておくとしよう。 我慢といっても、どうせ来年も俺は同じように過ごしているだろうけど。


本日の客、クレアとリリアと西園寺さんのみ。 二日間の通算客数は、三人だった。




「えー、では……皆さんお疲れ様でした。 後片付けも残っているけど、とりあえずはね」


閉会式も終わり、実行委員は教室へと集まっていた。 その場に居るほぼ全ての人間は新年祭を楽しめたのか、表情は晴れ晴れとしたものだ。 ただ、一人を除いて。


「……」


苛立ちを隠すことなく、矢澤(やざわ)は足と腕を組み、仕切りに舌打ちをしている。 それが聞こえているのか、横に居る空色(そらいろ)さんは若干引き気味だ。 あの人も大概、上級生っぽくないな……。


そして、ここまでが俺の策である。 俺の目的は矢澤にとって最悪の新年祭にすることで、みんなが笑顔で仲良く終わる新年祭なんかでは決してない。 俺は善人なんかではない。 ただの、悪人だ。


「それじゃ、俺は片付けして帰ります。 お疲れさま」


言って、立ち上がる。 そのまま教室のど真ん中を通り、前へ。 俺に習ったのか、他の奴らも各自の荷物に手をかける。 そりゃ、矢澤の態度のおかげで教室内の空気は限りなく悪いんだ、誰しもがさっさとそんな教室からは出て行きたいだろう。


「あ、成瀬くんありがとうね。 お手伝い、とても助かったよ」


「いえいえ。 そりゃ、あの人数じゃ絶対に無理でしょうし。 なぁ」


丁度、前に設置されている委員長席を通ろうとしたとき。 空色さんが俺にそう声をかけ、俺は矢澤のことを見て言う。


「……なによ、文句あんの?」


怖い怖い。 けど、そこで俺に喧嘩を売るのは正解だ。 だから、俺は答える。


「別に。 それよりさ、どうだった? 新年祭は。 楽しかったか?」


教室内に響き渡る声で、俺は言う。 それを聞いた空色さんは、まさに「こいつ何を言っているんだ」といった表情で、中央に座る柊木もまた、同様の顔をしていた。 柊木のそんな顔が見れたのは、ちょっとばかし達成感を与えてくれるな。 今の矢澤は、触らぬ神に祟りなしそのものだ。 そんな矢澤に触れたのだから、柊木が驚くのも無理はない。


「は? 今、なんつった」


矢澤は当然、立ち上がって俺に向けて言う。 怒るのは当然だろうし、それが予測できなかったわけじゃない。


「怒るなよ、ただ俺は楽しかったかって聞いてるだけだって」


教室内の空気は果てしなく重い。 誰しも、居心地が悪そうな顔をしている。 終わりよければ全て良しなんて言葉があるけど、今の状態では確実にそんなことにはならないだろう。 空気が凍るってのは多分、こういうときのことを言うんだ。


「楽しいわけねえだろ! あんなポスター貼られて、誰が貼ったか分からなくて、そんな状況で楽しいと思える奴なんて居ると思ってんのか!? 最悪に決まってんだろうが!」


矢澤は椅子を蹴り飛ばし、叫ぶ。 そうか、そんな状況で楽しめなかったか。 そりゃ良かった。 俺は今、とっても良い気分だ。 最高と言っても良い。 目的通りにことが運んだのだから、これ以上嬉しいことはきっとない。


「そりゃお疲れさん。 なら最悪ついでに良いこと教えてやるよ」


そして、俺は告げる。


「あのポスター、貼ったのは俺だ。 良かったな、犯人が見つかって」


「なっ――――――――」


驚いた顔をしていたのは、矢澤だけではない。 この教室に居る全員が、同じ表情をしていた。 空色さんも、柊木も。 さっきよりも数段、驚きの顔だ。 そして同時に、それはさっきとは何か違う表情にも見えた。 まさか、俺がやったなんて柊木も思わなかっただろう。 真面目なこいつは、それに絶対気付けなかった。 だが、今回の場合はそれで良い。


「てっめぇ!!」


それからのことは、あまり覚えていない。 ただ、矢澤に数発殴られたのはなんとなく覚えている。 目的を果たした今、そんなのはどうでも良かったんだ。


そして、俺に掴みかかる矢澤を空色さんと柊木が必死に止めて、騒ぎを聞きつけた教師が教室にやって来て。 この件については、後で指導室で話をすることになった。


ちなみにだが、今回の件で実行委員の女子は殆ど矢澤の味方へと付くことになる。 俺に怒りをぶつけて、矢澤を被害者として見なすことになったのだ。


事件自体は表沙汰にはならない。 あくまでも実行委員内部での出来事で、教師たちも当人たちもそれを望んでいる。 その点については正直なところ、助かったといった感じだ。 学校内で噂が広まってしまっては、生きづらいことこの上ないからな。


俺の目的は、最初からこれだった。 矢澤に疑心暗鬼を抱かせて、一年の始まりである新年祭というイベントを最悪な思い出として過ごしてもらう。 そしてそれが終わったら、ネタばらし。 こうすれば、傷つくのは矢澤のみだ。 それにその傷でさえも、時間と周りの友達が直に癒してくれるだろう。 一時的に、深い傷を負わせること。 それこそが、俺の考えたやり方なのだ。


「一週間か」


一人での帰り道、俺は教師に告げられた言葉を思い返し、帰路に就く。 言い渡されたのは一週間の停学処分。 わりと軽かったのは、教師たちも状況を理解していたってことになるんだろうな。 しかしそうだとすると、あの教師らは状況を知っていて何も手を打たなかったってことか。


……ま、それぞれには事情があることだし、別にそれは良いか。 終わったことだしな。


「成瀬!」


不意に、背中から声をかけられる。 俺はゆっくり振り向くと、そこに居たのは肩で息をしている柊木だった。


「何故、あんなことをした」


「……何故って、分かるだろ? 悪さをした奴が痛い目を見るなんて、小学生でも知ってるぞ」


当然で、当たり前のこと。 いたずらをしたら叱られるように、喧嘩をすれば怒られるように、人に嫌がらせをした奴が……人に嫌がらせを受けるように。 世界はそうやって回っている。 それはもう、ルールとも言って良いくらいに当たり前のことだ。


「違う。 そうじゃない、私が言いたいのはそういうことではない」


一歩、柊木は俺との距離を詰めて言う。 違うというのは、どういうことだ。 それじゃないとすると、一体柊木は何について言っている?


「どうして、お前は最後に全てを話したんだ。 私はそれについて聞きたいんだ」


「それが一番良い方法で、矢澤だけが傷付く方法だからだ。 もしも言わなかったら、矢澤は一生それを気にすることになる。 さすがに、そこまでのことはしていないと俺が勝手に判断した結果だよ」


「違うだろ!」


柊木は更に一歩詰め、続ける。 俺と柊木の距離は既に、人一人分ほどしか空いてなかった。


「矢澤とお前が傷付く方法だ、それは。 それに、矢澤の傷は癒えたとしてもお前の傷は癒えないだろう?」


「別に良いって。 俺って顔の通り傷だらけだから、今更一つ増えたって構いやしないさ」


笑って、俺は言う。 ただ隠したわけじゃなく、心からそう思っている。 俺は一々そんなのを気にしない性格だから。


「……そうか、なら」


柊木は、伏せていた顔を上げ、キッと俺を睨みつける。 そして、言った。


「歯を食いしばれッ!!」


叫び、俺の頬を平手で打つ。 不思議と、それはとても痛かった。 打たれた場所もそうだったけど、それ以上に()()()がとても、痛かった。


「おまっ……いってぇ! いきなりなにすんだよ!?」


「黙れ死ねッ!」


黙るのは別に良いんだけど、死ねってなんだよ。 口悪すぎだろこいつ……。


「成瀬、良いか。 傷付いてそれを我慢するのは良い。 傷付いて乗り越えるのも良い。 だが、傷付いてそれを笑い飛ばすことだけは、するなよ。 今回のことで、傷付いているのは矢澤とお前だけではないんだ」


「……そうかよ。 柊木も傷付いてますってことを言いたいのか?」


「違うよ。 私と夢花とクレアだ。 私だけではない。 それにこれで終わるとは、到底思えないんだよ」


皮肉交じりで俺が言うも、柊木は一切気にせずそう言った。 そして、続けて言う。


「……今日は、もう帰る。 クレアの誕生日の件については後日話し合おう。 今日のことは、私から二人に話しておく。 どうするかは、お前が決めろ。 それと最後に」


「お前はもっと、想い合う傷付け方ができる奴だと思っていたよ」




それから。


それから、俺は家へと帰る。 足取りは重く、体はだるい。 それに、頬も痛む。 すっかり暗くなった住宅街の中を一人で歩くのが、途端に馬鹿らしくもなってしまう。


想い合う傷付け方……いつか、神田(かんだ)さんに言われた気がする。 今日柊木に言われたのとは違った言い方だったとは思うが。 だとしたら、今の俺ではやはりそれはできないと言うことだ。


俺の所為で、誰かが傷付く。 それ自体は一向に構わない。 なんなら、どうでも良いとまで言い切れる。 他所の誰がどう傷付こうと、知ったことではないからだ。 ただし、それには例外もある。 俺が知っている奴だけは、例外なんだ。


だから、今回のは成功か失敗かで言えば失敗に分類されるのかな。 取れるべき選択肢は他にもあったのに、俺が取ったのは最悪な方法だ。 最悪なパターンを考えて、最悪なパターンを選んだ俺は最悪だ。 逆転の発想、いつもは最悪なパターンを想定して、そのパターンを確実に避けるように進んできた俺だけど、今回に限ってはそれを逆に利用した。 最悪なパターンを敢えて選んだのだ。


まぁ、その結果は言わずもがな、最悪の結末ってわけだけどな。


俺は歩く。 暗くなった道を一人っきりで。 突き刺さるような寒さは、まるで鋭利な刃物を肌に突き立てられているようだ。 体はチクチクと痛み、頭は痛い。 俺が得られた物は、一体何だったのだろう。 全員が傷付いて、全員が苦い思いをしただけか。


「……さっむいな」


言葉とともに吐き出された白い息は、一月の寒空へと消えていく。 家へ帰って風呂入って、今日のところは寝るとしよう。 不思議と、食欲なんてものは皆無に等しい。 それに、親にだって連絡は行っているはずだ。 父親が不在なのがここまで安心できたのは生まれて初めてかもしれない。


一週間、何をして過ごそうか。 俺が言い渡されたのは停学であって、謹慎ではない。 一緒のことだとは思うけど、屁理屈だ。


だったら、その屁理屈を最大限に利用しよう。 柄にもなく、出かけるとするかな。


こうして、成瀬陽夢の新年祭は幕を閉じた。 得られた物は、何もない。

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