新年祭 【3】
西園寺さんとクレアの話はこうだった。 まず、柊木雀はクラスでの委員長を務めているが……それは言わば、押し付けられた仕事とのこと。 というのも、柊木が一番適任だという偏見でだ。
それ自体は適材適所、なんら問題のないことだと俺は思う。 柊木雀を選んだことは、良い人選だ。 彼女は責任感があり、リーダーシップも持ち合わせている。 人の上に立つ素質も十分にある。
しかし、問題はその仕事が本来、柊木の仕事ではないということなのだ。
「要するに、その矢澤って奴が押し付けたってことか?」
「みたいですね。 私も友達に聞いた限りですけど」
矢澤真美。 良く言えば、明るい見た目と明るい性格、友達にも多く恵まれ、一年の女子グループの中心的存在。 悪く言えば、派手な見た目と自由奔放な性格、同じような集団を率いる不良女子。 といった感じだろうか。
「本来なら、矢澤さんが新年祭の実行委員長とクラス委員長だったらしいの。 けど、全部雀ちゃんに押し付けたみたいで」
「全うできなかったってことか」
言うだけ言って、後は丸投げをしたってことだなそりゃ。 そうなってくると、クラスの出し物を柊木がやってるってのも、押し付けられた仕事ということだろう。 あのクソ真面目な性格だ、あいつはどうせやり遂げようとするはずだ。
さて、それならまずはするべきこと。 とは言っても、別に俺は柊木の手助けをするつもりなんて毛頭ない。 あいつの手助けをするってことは、あいつの背負った責任を奪うということにもなる。 拒否することもできた中で、あいつは背負うことを選んだのだ。 それを奪う真似は、俺にはできない。
「西園寺さんとクレアは部室で出し物決めといてくれ。 この際もう、それは二人に任せるよ」
「うん、分かった……けど。 成瀬くんは、どうするつもりなの?」
「そんな大層なことなんてしないさ。 ただ、本人に話を聞いてくる」
この場合の「本人」は、柊木雀ではない。 矢澤真美、その人だ。
「ちょっと良いか」
「ん? なに、あんた」
矢澤が居た場所は屋上だ。 教室でも、実行委員が使っている教室でもなく、何もない屋上に矢澤は居た。 この場所を特定するのに苦労はしなかった。 こういう不良が好き好む場所なんて大体ここだろうという偏見だ。
意外にも、矢澤一人っきり。 てっきりお仲間でも居るのかと思ったが、今回で言えばこの状況は好都合でもある。
「俺は成瀬。 で、クラス委員長と新年祭実行委員のことについて。 って言えば分かるか?」
「ああ、あれね。 なんつーの? あたしも当然、最初はやる気あったんだよ? っけどさぁ、見た通り多忙じゃん?」
見た通り暇そうじゃん? だけどな。 言い訳すんのはこいつらの特性なのか。 今お前がこうして黄昏れている間にも、教室に篭って黙々と仕事をこなしている奴が居るのは事実なんだぞ。
まぁ当然、そんなことを口に出したりはしない。 正論を振りかざしても分かってもらえるとは到底思えない。 こういう奴には一度、痛い目に遭わせるのがもっとも有効的だ。
「そうだな、超忙しそうだ」
「は? なに? 喧嘩売ってんの?」
おいおい、賛同したらそれかよ。 今のなんて返すのが正解だったんだよ。 こいつらの言語マジ理解不能。 俺の妹も中々に意味不明な言語を使うけど、それより更に意味不明だ。 ねぇねぇ兄貴、今度の休みにスイーツビュッフェ行かない? すい、え? スイーツビュッフェだよ、スイーツビュッフェ。
こんな会話があったのが、十二月のある日のことだった。 未だにあのとき真昼が言っていた言葉の意味は分からない。 そういやあの会話のあと、なんだかデザート食べ放題みたいな店に連れて行かれたっけ。 二度と行きたくないなあそこは。
「で?」
俺がそんな馬鹿みたいなことを思考しているとき、目の前に居る金髪女から声がかかる。 金髪といっても、染めているというのが一目で分かる髪色だ。 そう考えると、クレアのは地毛だと再認識できるな。
「いや別に。 ただ、見た目通りの性格だなって思っただけ」
「……はぁ? やっぱりあんた、喧嘩売ってるでしょ。 あたしはただ自分では処理できなかったから、柊木さんにお願いしただけだし。 柊木さんも快く受けてくれたのよ」
押し付けたの間違いだろ。 そう言いかけて、口を閉じる。 これ以上こいつと言い合いをしても意味がないと判断して。 矢澤の言い分は要するに「あたしは忙しいから他の人に任せた」ということだろう。 それが事実かどうかは置いといて、それでその皺寄せが俺たちに及んでいるのも事実だ。 クラスの出店と実行委員の仕事がなければ、柊木だって俺たち歴学部の出店にもっと協力できたはずだからな。
だから、こうしよう。
「悪い悪い。 そういう事情だったんだな。 ならさ、俺も手伝えないか? 実行委員の仕事を」
一応は、肩書きだけは委員長である矢澤に話すのが筋だろう。 西園寺さんとクレアに負担がかかるのは確かだが、どうにもこのまま見過ごせはしない。 俺の当初の考えは、今の段階で全く揺らいでいないのだ。
「マジ? それチョー助かるわ。 たまーに顔出すんだけど、みんな怖い顔してやっててさー、どんだけ真面目つうの。 あはは!」
「そっか、なら良かった」
こうして委員長の許可を得た俺は、実行委員の手伝いという肩書きで、実行委員室となっている教室へ足を踏み入れることになったのだった。
「ってわけで、この人お手伝いだからみんなよろしくねー」
手をふりふりと振って、矢澤は委員室を後にする。 ここまで来ても頑なに何一つ協力しない姿勢はある意味で尊敬に値するな。 マジリスペクトっす。
そんなことを思いつつ、視線を教室内に巡らせる。 普段は生徒会室として使用されているこの教室は結構広いのだが、その広さを更に広く感じさせる人数しかこの教室には存在していない。 その数、しめて約十人だ。
……いやいや絶対足らねえだろ。 新年祭ってあれだろ? 一般的に学園祭と一緒だろ? ってことは、ポスター張り出したり開会式だったり閉会式だったり資金繰りだったり日程だったり全クラス、全部活の出し物を管理したり進行したり。 他にも書類を色々作ったりするんだろ。 絶対十人じゃ回り切らないだろこれ。
「わ、お手伝い? 助かるよー、猫の手も借りたい状態でさ」
と、言いながら俺のもとに駆け寄ってきたのは上級生の女子だ。 上履きの色が青なので。 この人がカモフラージュでそうしているならそれは知らん。 ちなみに、二年生が青で三年生は緑だ。 俺たち一年生は赤色となっている。
「自分、空色叶。 君は?」
「成瀬陽夢……です。 よろしくお願いします」
空色さんは頭に作っている団子をいじり、俺を上目遣いで見てくる。 なんだかこうして見ると、先輩というより後輩って感じの人だな。 むしろ小学生が制服を着ているみたいだ。
「成瀬?」
俺の自己紹介に反応したのは、空色さんではない。 先ほどからパソコンに向かって、キーボードをカタカタと叩いていた柊木だ。 その机の上には、書類が山のように積まれている。
「……成り行きで手伝うことになった。 よろしくな」
「お前、部活の方はどうした?」
「西園寺さんとクレアに頼んだ。 文句言うなよ、俺たち三人で長く考えるより、一秒でも柊木が居たほうが助かるんだから」
なにツンデレみたいな台詞を俺は吐いてるんだ。 ツンデレ男子とか多分誰も得はしない。 しかもツンデレしているのが俺とか、誰かが不幸になるレベルだ。
「ふっ、分かったよ。 それなら、書類の仕分けを頼む」
言い、柊木は随分と重量がある紙束を俺へ手渡す。 これを仕分けしろということらしい。 ま、そのくらいなら俺でもできそうだな。
そう思い、空いている席へ。 長机の上に紙束を置き、椅子を引いて座ると、すぐ隣に空色さんが腰をかけた。
「……本当はね、あと十人は居たんだ」
「倍は居たってことですか?」
「うんうん。 だけど、委員長の矢澤さんが雀ちゃんに任せちゃって、それで他の人たちはやってられるかって言って、今のこの人数ってわけ」
なるほどね。 確かにそりゃ、委員長がサボってたら他の奴らがそう思うのも無理はない話だ。 けど、その埋め合わせは残っている奴らの仕事となるわけで。
「矢澤さんも、悪い子ではないんだけど」
なに言ってんだこの人は。 一気に心配になってきたぞ……。 他人に委員長の仕事を押し付けて、それでサボって屋上で黄昏れてる奴のどこが「悪い子ではない」んだよ。 綺麗事も大概にして欲しいな。
「あ、そうだ。 空色さん、携帯貸してもらっても良いですか?」
「携帯……? どうして?」
これは後から聞いた話だが、どうやら携帯は人に貸す物ではないらしい。 俺は持ったことがないから知らなかったんだけど、プライバシーの塊のようなものとのこと。 特に女子高生にとっては、横から画面を覗かれることさえ嫌がるらしい。
「ちょっと電話したい人がいて。 すぐに返します」
「……うーん、分かった。 お手伝いしてくれる人だしね、良いよ」
こうしてなんとか携帯を借りる。 スマートフォン、だっけか。 それを受け取って、俺は画面を凝視した。
「……」
これ、どうやって使うの。 ボタンが付いている携帯なら何度か触ったことはあるが……こんな摩訶不思議な携帯は触ったことないぞ。 横に付いてるボタンで操作すんのか? いやでも、それなら番号どうやって打つんだよ。
「……もしかして、使い方が分からないとか?」
「……すいません」
要らぬところで恥を掻き、懇切丁寧に説明を受ける俺だった。
それから俺は番号の打ち方を教えてもらい、廊下に出たあと妹に電話をかける。 あいつは生意気なことに携帯を持っているからな。 まぁ俺が持っていないというのも、持つ必要が今までなかったからってのもあるんだけど。
耳に携帯を当てると、なにやら歌が流れている。 確か噂によると、こういう風に応答待ちのときに音楽を鳴らすこともできるんだっけか。 一体誰が得するんだこのシステム。 自分はこんな音楽聴いてますよっていう自己アピールか。 心底どうでも良いな。
『はいはい真昼ちゃんだよー』
「お前その電話の取り方どうかと思うぞ」
『いきなり失礼なっ! って、兄貴か?』
「おう」
『ほえー、なんで兄貴が携帯持ってんの?』
本題はそれじゃないが、まぁ大して説明する手間もかからないか。 そんな判断を頭の中でして、俺は手っ取り早く真昼に説明する。 携帯を借りたことと、用事があったことだけを手短に。
『にゃるほど。 で、用事って一体なにさ?』
「お前今学校だろ? 今から言うことやってくれ」
真昼は意外にも、馬鹿なりに現代機器には強かったりする。 成瀬家の中では恐らく、一番真昼がそういうのには詳しいだろう。 だからこそ、ここで俺が頼るべきなのは真昼だったのだ。
『……うぇ、まー分かったけどさ……なんか嫌な感じだなぁ、それ』
「仕方ないんだよ。 できるか?」
『うん、良いよ。 でもさ、兄貴』
真昼は声のトーンを少し落とし、俺が何かを言う前に呟くように言った。
『あんま、誰かを傷付けるのやめてくれよ』
「……分かってるよ」
こいつは俺のやり方を良く知っているから、こんなことを言ったのだ。 俺のやり方はいつでも誰かを傷付けて、それで救われる奴なんて決していない。 ただただ、何事もあり終わらせるというやり方だ。 今回も例に漏れず、そんなやり方で俺はケリを付けようと思っていた。 それが真昼には、なんとなく伝わったのだろう。
さて、電話も終わったことだし、俺もそろそろ教室に戻ろう。 自分の分の仕事は片付けなければなるまい。




