新年祭 【2】
「陽夢、時は満ちた」
「おうそうか」
会議二日目。 例の如く部室に集まった俺たち……かと思ったのだが、現在部室に居るのは俺とリリアのみ。
まず、柊木は新年祭実行委員の仕事があるとのこと。 風紀委員の仕事もあるってのに、そんな掛け持ちをしてあいつは大丈夫なのかとわりと心配だったりもする。
次に西園寺さん。 西園寺さんについては、なんでも町内の手伝いがあるらしい。 そういうのにも顔を出す辺り、しっかり者だよなやっぱり。 西園寺さんが言うには「色々なことをしたい」とのこと。 それには多分、あの繰り返しの七月が大いに影響を与えているのだろう。 本人は口に出さなかったが、男性恐怖症の克服も兼ねているのだと思う。 あとから顔を出すとは言っていたから、今は彼女を待っている状態だ。
そしてクレア。 クレアは冬休み補習だ。 夏休み補習は良く聞くけど、冬休みにも補習があるとかあいつはどれだけ成績が悪いのだろうか。 頭の回転は良いが、勉強はできないタイプの人間がいる……とは聞くけど、こんな身近に居たとはな。 余談だが、そんなクレアでも英語の成績だけはトップだ。
で、残されたのが暇人の俺とクレアの付き添いであるリリア。 ぶっちゃけここまで人が居ないと帰っても良さそうだが……さすがにリリア一人を置いて部室を後にするわけにもいかないか、との思いから仕方なく、俺はこうしてリリアの相手をしている。
「我の闇結界を破れるとは、さすがは陽夢……ヤングドリーム。 侮り難し」
「それすっげえダサいからやめよう。 それよりさ、トランプでもするか?」
「やる!」
こうして、俺はリリアと暇潰しトランプをすることになった。
「そういやさ、クレアって家ではどんな感じなんだ?」
「おねえ? おねえは、すっごい優しい……けど、たまに怖い」
「へえ、なんつうかイメージ通りだな……」
普通にしている分には、会話も滞りないな。 てか、あのキャラ作りもたまに出るだけで、意外にも普通バージョンの方も結構あるんだ。 話していて分かったことだけど。
「陽夢おにい、トランプはなにするの?」
「ん、あーそうだな……二人でも遊べるゲームだろ? なら、ブラックジャックでもやるか」
「ブラックジャック……かっこいい……」
ゲーム名に厨二要素を見出すなよ。 横文字ならなんでも格好良いって言いそうだな、こいつ。 確かに名前は格好いいけどさ。
「うっし、んじゃやるか。 ルールは分かるよな?」
「……二十一にすれば良い。 おねえが、たまに遊んでくれる」
「オッケー、それじゃあ始めよう」
本棚の下にある引き出しから、トランプを取り出す。 クレアが来てからというもの、こういう暇潰しアイテムが増えている歴学部だ。 名前負けも良いところだなほんと。 ゲーム研究部とかにした方が絶対に良いと俺は思う。 認められるかどうかは別として。
「あ、そうだ。 どうせなら、なんか賭けるか」
「……負けたら服を脱ぐ?」
「お前それクレアに教わったなら、俺はあいつを叱らなければいけないからな。 今すぐ忘れろそれ」
「うぃ」
この件についてはクレアにあとで問い質すとして。 まずは、何を賭けるか……だな。 さすがに子供相手に大層な物を賭けてもあれだし、問題ない物にしよう。
「うーん……それなら、負けた方が一階にある自販機でジュースを買ってくる。 どうだ?」
「りょーかい。 わたくしはイチゴジュースが良い」
「もう勝つつもりかよ。 よし、なら決定だ」
費用は仕方ない、買っても負けても俺が出すとしよう……部費を使って。 あとのことはクレアに擦り付けることにするか。 柊木にバレたら殺され兼ねないからな。 仕方あるまい。
「んじゃいくぞ、俺が親やってやる」
不利な方でな、不利な方で。 年上の優しさである。 成瀬陽夢はいつだって、万人に対して愛を注ぐ優しき男なのだ。
「わたくしを甘く見ない方がいい」
「その台詞、そっくりそのまま返してやろう」
そして、勝負は始まった。 この歴学部の部室……数学準備室は最上階に位置しているから、負けたら一階までいかなければならない。 俺ほどになると階段がとても憂鬱スポットになってくるので、絶対に負けられない試合だ。 一応言っておくと、俺の勝負事に関するやり方は「何をしても勝つ」だ。
一回目、俺はブラックジャックでリリアは十九で俺の勝ち。
「おっしゃ、行ってこい」
「……うう」
唇を尖らせ、渋々リリアは部室を後にする。 体力的に余裕があるのか、五分後には部室まで戻ってくる早業だ。 寒い日のホットレモンは最高だ。 体が芯まで温まる。
「次、やるか? もう終わりでも良いけど」
「やる!」
負けず嫌いは姉譲り。 やっぱり一緒に暮らしていると、嫌でも似てくるものなのかね。
二回目、俺はブラックジャックでリリアは二十で俺の勝ち。 惜しいなぁ。
「……ううううう」
「いやぁ、今日は運が良いな。 行ってこい」
「覚えとけっ!」
トランプを叩きつけ、リリアは部室を後にする。 二回目で既に疲れたのか、かかった時間は倍の十分だ。 たまにはおしるこも悪くはない。 口の中が甘みで満たされる。
「もうやめとくか。 今日の俺、滅茶苦茶運が良いみたいだし」
「やるの! 陽夢おにい!」
「分かった分かった、仕方ない奴だなぁ。 ははは」
三回目、俺はブラックジャックでリリアは十七で俺の勝ち。 うーん、やっぱり今日の俺はとてもツイてるな。 運を使うのが勿体ないくらいのツキっぷりだ。
「なんで! なんでなの!」
「リリア、人にはな……これ以上ないってくらい運が良い日もあるんだよ。 それがたまたま、今日の俺だ。 申し訳ないけど行ってこい」
「次は絶対勝つ! ぶっ殺してやる!」
今度は姉譲りの口の悪さを披露し、リリアは部室を後にする。 三回目ともなると走る元気はなくなったのか、階段が堪えたのか、息を切らせながらリリアは戻ってくる。 かかった時間は二十分で、そろそろさすがの俺でも可哀想に思えてきた。 ホットココアも中々うまい。
「……やめるか?」
「やーるーの! 勝つまでやる!!」
そうか、ならば一生俺のために飲み物を買ってくるんだな!
そして四回目、俺はブラックジャックでリリアは二十一で引き分け……と思いたくなるが、ブラックジャックの方が役的に勝ちなので俺の勝ち。 明日、槍でも降ってきそうな運の良さだ。
「……」
無言で立ち上がり、無言で扉を勢い良く閉めて出て行く。 なんだか嫌な予感がちょっとした。
次に部室の扉が開いたとき、そこに立っていたのはリリアではなく……姉のクレア。 頬が引き攣っている。
「ど、どうしたクレア。 そんな怖い顔して」
「ふ、ふふ。 どうしたもこうしたもないですよね。 私の妹を良くもいじめてくれましたね。 あろうことか、イカサマを使ってパシリにするとは良い度胸ですね。 死にましょうか」
「……は、ははは。 なんの冗談だクレア。 さすがの俺でも、そこまで非道なことはしないしない」
俺の笑顔も引き攣っていたと思う。 あ、いや、俺のは多分笑い慣れていないから引き攣っていただけだな。
「そうか、そんなことはしないか。 なら、お前は天文学的な数字を引いたことになるな。 おめでとう成瀬」
クレアの後ろから現れたのは、柊木さん。 頭の中でさん付けしないと殴られかねない怒りオーラに満ちている。 いやこれ、付けても付けなくても殴られるんじゃね? いかん、家で妹が呼んでいる気がするから帰らないと。
「……成瀬くん、ひどい」
そして、最後に顔を出したのは西園寺さん。 そのひと言でこれほどまでのダメージを与えてくる相手も中々居ない。
「よし! みんな揃ったし会議しよう、会議」
「そうですね、会議をしましょう。 成瀬をどうするか」
その後のことは、あまり思い出したくない記憶である。
「次同じことをしたら腕を折りますので」
「……すいませんでした」
それから、こってり絞られた俺がやらされたのは一階に飲み物を買いに行くということ。 クレアと、柊木と、西園寺さんと、リリアの分を。 ちなみに一度で買いに行くのは許可されず、無駄に四回行かされた。 その所為で足はパンパンである。 ついでに言わせてもらうと、全て自腹を切らされた。 今さっきの分も、リリアに買いに行かせた分も。
「ったく、お前は子供相手に何をしているんだ。 それでも高校生か」
「いや、逆に考えてくれよ。 子供相手でも手を抜かないってのが俺の良いところだ」
「イカサマをして勝つのが良いところか。 何も反省していないようだな」
「……返す言葉もありません」
くそ、リリアの奴チクリやがって。 クレアに言いつけるというこの世の三大タブーを破りやがって……。 とは思うものの、一応は俺も悪いことをしたなという自覚はあったりするのだが。
今日、俺が得られた物。 三人の冷ややかな視線と、ホットレモンとおしることホットココア。
今日、俺が失った物。 三人からの好感度と、八百四十円成。
「え? お前クラスの出店もやるの?」
「当たり前だ。 やると言ったからにはやる、それに前まで部活に所属していなかったからな。 引き受けている以上、やるしかあるまい」
次の日、今日は偶然にも学校に到着する前に柊木と会い、そのまま会話をしながら登校中。 そして聞けばどうやら、柊木はクラスで出店する喫茶店のまとめ役もこなしているらしい。
「それに私はクラス委員長も請け負っているからな。 まぁ、これと新年祭の方は人から頼まれたことだが」
おいおいマジかよ。 ええっと、なんだ。 風紀委員だろ、新年祭実行委員だろ、クラス委員だろ、それに部活とクラスの出店だろ。 大丈夫かこいつ……。 いや、頭がとかじゃなくて、素直に体が持つのかといった心配だ。
自己管理はできる奴のはずだから、無理はしないと思うけど……俺では部活の出店だけで手一杯だ。
「ほどほどにしとけよ」
「ふん、お前は人の心配より自分の心配だ。 他の部は既に制作を始めているところだってあるのに、私たちはまだ何も決まっていないだろう。 正直言って遅すぎる」
「分かってるよ、今日にでも決めないとな」
「ああ」
柊木は言い、校舎内に姿を消す。 今日はまず、風紀委員の仕事があり、その後は新年祭実行委員、次に俺たちの部活といった具合だ。 そしてその間にはクラスの仕事もあるのだろう。 まさに超人だな。
「さてと」
三が日も終わり、新年祭の準備で慌ただしくなる学校に俺は足を踏み入れる。 一月の下旬にある新年祭に向け、休みはまだ数日残っているというのに、ほぼ全ての生徒が顔を出しているんじゃないかというほどの活気だ。
そんな熱気も活気も渦巻いている校舎内を進み、部室へと向かうべく、階段に足をかけたときだった。
「成瀬くん、ちょっと良い?」
俺の背中に声をかけたのは、西園寺さん。 振り向くと、その横にはクレアも立っている。
そして、その表情は真剣なものだった。




