新年祭 【1】
人にはそれぞれ役割がある。 それらは生きていく上では幾度となく経験することで、時に嫌な役割を押し付けられることだって、やりたかった役割を貰えることだってあるだろう。 妥協や諦め、我慢というのもそれには付きものだ。
そうだな、俺が所属している歴学部での役割を例えとして出してみようか。
まず、俺。 成瀬陽夢の役割だ。 俺は一見なんもしていないようにも思われるかもしれないが、これでも一応役割というのはある。 部室の整理をするときだって、力仕事のほとんどは俺が請け負っているし、提出する書類なんかがあるときも基本的に俺がそれをこなしている。 こう言うと、案外働いているんだなぁなんて思われるかもしれないが、その役割自体、仕事が滅多にないので回ってこないんだけどな。
で、次に西園寺さんの役割だ。 これは確か前にも話したと思うが、接客は基本的に西園寺さんの仕事である。 外見が華々しい西園寺さんでこそ、こういう役割をうまくこなせるのだ。 まぁ、これもほとんど人が訪れないから、俺と似たような境遇だけどな。
次に、クレア。 クレアの場合は入って日も浅いこともあるが、敢えて出すなら「仕事を持ってくる」というのがクレアの仕事といった感じか。 それと、英語の勉強なんかはよく教えてもらっている。 ああ、ちなみに仕事を持ってくるっていうのも、武臣のクリスマスパーティの一件を見事に解決してしまった所為で、何故かお悩み相談部的な感じになってしまっているのだ。 たまにそれで人が訪れることも、最近では多くもなりつつある。 それが結果的に、俺や西園寺さんの仕事が増えるということにも繋がっている。
最後に、柊木。 新しく入った柊木だが、意外にもしっかりとした役割が彼女にはある。 ずばり、今まさに目前に控えている新年祭の活動についてだ。 その新年祭というのも、この学校では毎年の学園祭の代わりに、新年を迎えてすぐの一月に新年祭をやることになっている。 それには存在する部活動は例外なく全て、何かしらの出店をしなければならない。 部活動に所属しない生徒はクラスの出店に参加しなければならない。 言わば、強制参加である。 それがこの俺が通う高校の校則、ルールなのだ。
簡単にまとめると、こんな感じだろうか? とまぁ、長々と語ってしまったが、一応歴学部では最初に言った「妥協」や「諦め」や「我慢」をする奴が存在しないことになるな。 だってさ、そりゃそうだ。
俺が言ったのは、あくまでもこの先の未来のこと。 そうなることもこのまま成長していけば間違いなくあるというだけで、今の話ではないのだ。
学校生活でそんなことをするのは、心底馬鹿馬鹿しいと思う今日この頃である。
「うーっす」
部室に入ると、既に中には四名。 西園寺さんと、クレアと、柊木と……リリア。 え、なんでこいつ当然のように居るんだよ。
「ふっふっふ……ようやく来たな、我の下僕よ」
「いつから俺はお前の下僕になったんだ。 てかクレア、勝手に部外者入れるなよ……」
「勝手に入れたわけではないです。 ちゃんと柊木に許可を取ったので大丈夫です」
「そうだ。 この私が許可した」
どの私だ。 なんか柊木の奴、権力を最大限に利用してやがるな。 俺が新年祭の辞退を提案したときは素気無く却下したというのに。 まぁでも、一応は肉親だから部外者にはならない……のか? いや、良いのかそれで。
「えへへ、可愛いなぁ」
「既に夢花は我の手の中。 後は陽夢、貴様だけ。 我の闇夜の黒夢魔によって」
黒系多いなおい。
「……帰って良いか」
「すぐに帰ろうとしないでくださいよ! 日本昔ばなしですか!?」
なんだよその例えは。 確かにあいつら毎回すぐに帰ろうとするけどさ。 ちょっと面白いじゃねえか……さすが日本大好き。 センスあるのかな、こいつ。
「それでこの集まりは?」
「お前……この前話しただろう? 新年祭のことで」
諦めのような、それと呆れか。 そんな感情が入り混じった声で柊木は言う。 同時にぐさぐさと俺の心が刺される。 いや、ゴリゴリと削られると言った方が正しいか。 柊木の場合は傷付けに来ているというよりかは、殺しにかかってくるという方が正しいけども。
「あれは柊木たち三人でなんとかするって話になっただろ」
「んー!」
俺の言葉に文句を付けるのはリリア。 自身を指し、自分も居るぞと自己アピール。
「……四人でなんとかするって話になっただろ」
「よろしい」
お前な、お礼はもっとしっかり言え。 でなければ次から本当に省くぞ。
「いや待て成瀬。 さぞ、そういう話し合いがありました。 みたいに言っているが、そんな話はなかったからな。 勝手に話を捏造するな」
そうだったっけ。 確かに言われてみればそんな話はなかった気がしなくもなくもない。 適当に誤魔化す作戦は失敗か。
睨む柊木から逃げるため、視線を彷徨わせる。 すると、西園寺さんと目が合った。 なんだ、もしかしてこれは脈ありってやつか。 いや違うな。
「なーるーせーくーん」
その怒り方、従わなければならない何かを感じるからやめて欲しいんだよな。 くそ、今回もまたこのパターンか。
「……あーもう分かったよ。 それに一応、俺もそのために来たんだしな」
「物は言いようだな」
そうは言うものの、柊木は満足そうにしている。 そんな柊木から視線を外し、窓の外へ。
薄っすらと積もっている雪は、未だにチラチラと降り続けていた。 下手したら帰る頃にはもっと積もっていそうだな……。 ま、良いか。 そのときはそのときだ。
そんな雪降る一月の初旬、俺たち歴学部は新年祭に向けての話し合いをするため、休みにも関わらず部室へと足を運んでいたのだった。
「よし、それじゃあ会議を始めるぞ」
長テーブルの上座に座り、取り仕切るのは柊木雀。 現風紀委員長で、現もっとも怖い生徒で、現俺が苦手とする人ランキング一位のその人だ。
風紀委員を取り仕切っているだけあり、こういう場面ではありがたいけどな。 言葉に出すと負けた気がするので言わない。 俺も例に漏れず負けず嫌いだ。
「おおー! なんだか、雀ちゃんが居ると部活! って感じがして良いね。 えへへ」
「褒めても何も出んぞ、夢花」
そしていつの間にか、仲良くなっている二人だ。 どうやったらあの短時間でそこまで仲良くなれるんだ。
「ふふ、二人とも家が近いみたいで、毎日会っているらしいですよ。 負けましたね」
と、クレアは俺に耳打ちする。 ちなみにクレアは俺の中で、現痛い目に遭わせたいランキング一位だ。 いつか仕返しするから覚えとけよお前。
「そうかよ。 別に良いし、俺が一番西園寺さんと知り合って長いから」
「……うわ、なんか悲しいですねそれ」
やかましい。 そもそも西園寺さんとの仲の良さを競って何になるってんだ。 有名人を見かけた、いやでも俺は少し話をしちゃった、とかその程度のやり取りだろこれ……。
「そこ、雑談をするなら外でやれ」
俺とクレアがこそこそ話をしているのに気付いたのか、柊木はぴしゃりと言い放つ。 怖い怖い。
「えへへ、クレアちゃんと成瀬くんも仲良いよね。 羨ましいなぁ」
「なぁ、帰って良いか?」
「だからすぐに帰ろうとしないでくださいよ! 怒られた小学生ですか!?」
それを言うならあれだろ、教師の必殺技である「やる気がないなら帰れ」ってやつ。 ちなみに小学生のときに俺はそれで帰宅してこっぴどく叱られた。 世の中は理不尽だと学んだ良い教えである。 あの教師にはいつか仕返しをしようと思っている。
……教師の言いたいことも今では分かるけどな。 それでも、小学生なんて純粋なんだから鵜呑みにするだろそりゃ。
「いい加減にしろ。 それでだな、まず決めるべきは……当然、何をするかということになるわけだが」
「はいはいはい! 私あれやりたいです! お笑い! 漫才!」
クレアは元気良く手を上げて言う。 こいつあれか、そういうタイプの奴だったか。 やっぱり俺が一番面倒だと感じるタイプの人間だった。
「漫才か……良いかもな。 それならクレア、少しやってもらっても良いか?」
「まっかせてください!」
柊木の言葉に、クレアは元気良く返事をする。
クレア・ローランド漫才劇の始まり始まり。
「この前ですね、登校中にカラスが居たんですよ。 電線の上に」
「ふむ、それで?」
「二羽居たんですけどね、私はそれを見ていたんですが」
「ああ、お前そんなことしてるから週三くらいでギリギリ登校なのか。 良く校舎内に走って行くの窓から見てるわ」
俺が言うと、無言で太ももをつねられた。 ありのままの事実を言ったのにこの仕打ちはどうかと思う。
「……それで! なんとそのカラス、こう鳴いたんです」
クレアはパッと顔を明るくして、言う。
「コケコッコーって。 あはは! それ鶏ちゃうんかい! とか」
……帰ろうかな。 あまりのレベルの低さに俺たちドン引きだぞ。 あの西園寺さんでさえ、引き攣った笑いをしているぞ。 最後の「とか」が哀愁漂いすぎて正直ヤバイ。
「次、案がある者居るか?」
「無視ですか!? 私これ、結構自信あったんですけど酷くないですか!?」
「クレア」
「……なんですか、成瀬」
柊木の冷たい反応が相当堪えたのか、クレアは目を潤ませながら俺の方を見る。 クレアほどの可愛い系女子がそうすると、男としては何かしらのフォローを入れる場面だろう。
「大丈夫だ、ある意味面白かった」
「ある意味ってなんですか!? そのある意味が物凄く引っかかるんですけど!」
ナイスフォローだ俺。 自分で自分を褒めたいレベルだ。 フォローにかけては俺の右に出る者は居ないと思う。 真昼が言うところの「兄貴のフォローは手を差し伸ばしてその手を握ろうとしたら払われる感じ」のフォローだからな。 任せとけ。
「話を戻すぞ。 それで、他に何かある者は?」
「……んじゃ、俺から」
クレアが最悪のパターンをやってくれたので、後には続きやすい。 一応は俺も部員だし、何かしらの案を出すべきだろうしな。
「ずばり、一本道迷路だ」
「一本道迷路?」
俺が考えた、最高の出し物だ。 興味があるのか若干身を乗り出した柊木に、その内容を説明してやろう。
「まず、あの入り口から柊木が居る場所までを道とする」
柊木が居るのは窓際なので、要するに端から端までといった感じだな。
「で、その道の両端に仕切りを付けるんだ。 迷路のようにな」
「なるほど、それで?」
「ん? それだけだよ。 柊木のところまで行ったらゴールで、後はお帰りください。 そうすれば無駄な手間も省けるし、俺たちも楽だ」
「死ね」
なんだよ良い案だと思ったのに。 俺たち部員はただ入り口に立つだけで、いらっしゃいませとありがとうございましただけを言えば良い最高の出し物だぞ。 これ以上ないってくらい手間のかからない出し物じゃないか。
「……なら、ゴールしたらクレアが漫才をする」
「嫌ですよ。 なんでさっき酷評された漫才をしなければいけないんですか。 罰ゲームですか」
罰ゲームだよ、良く気付けたな。 成長していくクレアを見て、涙が出そうだ。 強く生きろよ、クレア。
「却下だ却下! 次、夢花はなにかあるか?」
「えへへ、わたしだね。 わたしはね……みんなで何かを作って、展示とか良いかなって思うよ。 人は来ないかもしれないけど……みんなで何かをするっていうのが、大切だと思うの」
「よし、夢花の案でいくか」
おいおいおい、おいおいおいおい待てよ! なんでそんなあっさり承諾する!? 明らかにこいつ贔屓してるだろ!? 俺とクレアの提案は即却下だってのに!!
「ストップです! 待ってください!」
おお、さすがにクレアも文句ありか。 良いぞ良いぞ、言ってやれ。 俺は後が怖いから楯突かないけどな。 こういうときは、異論を唱えた奴と反論する奴が最終的に損をするのだ。 人生、何事も傍観が大事である。
「確かに、西園寺の案は良いかもしれません! ですが、欠点があります!」
「欠点……? ほう、聞こうか」
「はい、良いですか」
部室の中を沈黙が包み込む。 風が窓を揺らす音、俺たちが唾を飲み込む音、校庭では運動部の掛け声が聞こえ、校舎内には吹奏楽部の音楽が響き渡り、そしてリリアの寝息だけが聞こえてくる中、クレアは言った。 全然沈黙ではなかったわ。
「私があり得ないほどに不器用だからです! 工作なんて不可能です! 中学生のときに作った夏休みの工作が先生にゴミだと思われて捨てられたくらい不器用ですっ!!」
悲しい過去である。 てか一応はあれって展示ケースみたいなところに入れるものだし、それでも間違われて捨てられるってどのくらい不器用なんだよ。 そこまでいくと逆に芸術じゃないかそれ。
かくいう俺は、真昼が小学生のときに夏休みの工作を毎年やってあげていたレベルではある。 お礼として「夏休み中は兄貴の下僕券」を貰ってな。
「……決まらんな」
「決まらないねぇ」
「……帰るか」
「だからすぐ帰ろうとすんなです!」
「ん……おねえ、おねえお腹空いた」
こんな感じで、充実した会議一日目は終了するのだった。




