もっとも危険な者 【3】
「さてと。 悪いな、また呼び出したりして」
「いえいえ構いませんよぉ。 私、暇人ですしね! くふふ」
それから俺は再び柊木妹を部室へと呼び出し、その話を始める。 西園寺さんが気付いた決定的に妙なこと……それは、学生名簿に柊木鶉の名前がないということだ。
あの七月のおかげで、俺も西園寺さんも在校生の名前なんかは一度全てに目を通している。 それを俺はいらなくなった記憶だと判断して自然に消えて、西園寺さんはしっかりと覚えていたということだな。 そして、西園寺さんの記憶を裏付けるように、確かに柊木鶉という生徒は存在しなかった。 同級生にも、上級生にも。
「まず、お前は誰だ?」
「えぇ? 自己紹介したじゃないですかぁ? 鶉ですよ、柊木鶉っ!」
俺の問いに、柊木妹は両手をぶんぶん振って答える。 椅子に座る柊木妹の表情は困ったような顔をしていて、双子の姉とは正反対だ。
「なら、名簿に名前がないのはどうしてだ? 一年の名簿のどこを見ても「柊木鶉」って名前は存在しないんだ。 どうしてだ?」
「うっ……えと、そ、それは」
明らかに動揺してるな。 つうことは、やっぱりそういうことか。
「柊木さん、別にわたしたちは追い詰めているわけじゃないよ。 それは、分かって欲しいかな」
「……あ、あー。 もしかして忘れられちゃってますぅ? こりゃあれですね! 先生方に問い詰めないとっ! 私の名前乗せてくださいよぉ! なんて。 くふふ」
西園寺さんが話しかけるも、柊木妹は開き直ったかのようにそんなことを言う。 ま、そういう反応をするとも思っていたさ。 だから、それに対抗する手は既に打ってある。
「聞いてきましたよー」
言いながら、部室へ入ってくるのはクレア。 その背中に隠れるように居るのがリリア。 相変わらず、普段は人見知り全開だな。 その点だけは、クレアと正反対だ。
「あ、あのぅ。 聞いてきたって何を?」
尋ねる柊木妹に、クレアは即答する。 俺が頼んだ一つのこと。
「先生方に聞いてきました。 柊木鶉という生徒は、存在しないと」
「……うう」
困った顔付きから、焦る顔付きへ。 柊木妹はそれを見られたくないのか、顔を伏せ俺たちから視線を逸らす。
「もう良いだろ、柊木」
「あぁあああ! そうです! 私実はあれだっ! まだ中学生なんですよぉ!」
「……随分歳の離れた双子だな」
「……」
答えは明確だ。 柊木雀には妹なんて存在しない。 勿論、姉なんてものも存在しない。 だから、今目の前に居るこいつは柊木雀本人だ。 そう考えるのが一番妥当で、正解になる。
「理由、聞いても良いか」
何故、偽りの妹を演じたのか。 そうしなければいけなかった理由なんて、ないはずだ。 なのに、どうしてこいつはそんなことをした? というか演技力たけえな……恥ずかしくないのかね。
「は、ははは」
柊木は笑い、立ち上がる。 そして、俺の顔のすぐ横を何かが通り抜けた。 直後、後方から鈍い音。
「よし、証拠隠滅だ」
俺がゆっくり後ろを振り向くと、そこには壁に突き刺さったシャーペンがある。
え、何この展開は。 ていうか壁にシャーペン突き刺さってる光景とか初めて見たんだけど。 いや確かに木造だよ? 木造ではあるけどさ、シャーペンがそこに突き刺さるって相当だよ? それにシャーペンの音じゃねえだろ今の。
「ひ、柊木?」
「成瀬ぇ、私の秘密を知るという行為が、どれほどのものか分かるか? お前がその刑期を当てられたら、見逃してやっても良いぞ」
なんだよそれ! てか刑期って言うってことは犯罪だったのかよ……なんの犯罪だよそれ。 あれか、最近噂の秘密保護法ってやつか。 お前の秘密とか俺は知りたくもなかったよ!
「あ、えーと……さ、西園寺さん」
「へ!? わ、わたし!? えっと、その……の、飲み物一杯……くらい、かな?」
「なるほど。 で、そこの金髪は」
柊木は言うと、首をぐるりと回し、入り口に立つクレアに顔を向ける。 で、クレアがどんな反応をしたかというと。
「……リリア、ここは勇気ある撤退です。 さようなら成瀬、西園寺、また明日」
と言って、リリアを抱えて猛ダッシュ。 あの野郎よりによって逃げやがった! その行為で柊木の怒りが更に増幅したらどうするんだよ!
「はっはっは。 それで成瀬、お前はどう思う?」
「お、俺か。 俺は、そうだな……」
どうする。 どうする俺。 なんかこんな場面、昔テレビのコマーシャルでやってたな! でも、今俺に見える手札には「死亡」としか書いてねえんだけど、どうするんだよ。
「えと、刑期だったよな……い、一日くらいか?」
「死刑だ。 ちなみに当てられた場合でも証拠を消さねばならんから、どのみち死刑だ」
「ならなんで聞いたんだよ!?」
それから、西園寺さんがなんとかどうにか説得し、とりあえず今回のことは「他言無用、人に言ったら即死刑」とのことで落ち着いた。
「それで、結局なんでこんなことをしたんだ?」
先ほどと同じ光景。 柊木は椅子に座り、その前に居るのは俺と西園寺さん。 そして、のこのこと戻ってきたクレア。
「そうですね。 私もどうしてなのか知りたいです」
何食わぬ顔で居るクレア。 なんかこいつムカつくな……。 よし決めた。 もう登校時に上履き入れに手が届かないのを助けてやらないことにした。 お前が上履き取るのを二十九回手伝ってやってるんだからな。
「それは……なんというか、だな。 変だろう?」
「変? 何が?」
「私がクリスマスパーティーのために走り回っていたことに決まっているだろうが。 イメージにそぐわないだろ?」
……うん確かに。 それは武臣も言っていたし、俺もそうだと思う。 あの風紀委員長が……って感じだよな、正直言って。
「何故か、私は怖がられているからな」
自覚ねぇのかよ! いや怖がられているという自覚はあるのに、その理由に心当たりねぇのかよ! 教えてあげようか? 朝礼での委員長挨拶のときだよ確実に。
「そ、そんなことないよっ! 柊木さんのイメージ通りだよ、パーティーのために頑張るなんて!」
と、西園寺さん。 必死のフォローだ。
「そうですそうです! まさにイメージ通り! だから問題ありません!」
すかさず、クレアもフォローを入れる。 ちなみにリリアは疲れたのか、椅子の上で船を漕いでいた。
「ほ、本当か? 成瀬はどう思う?」
「ん? 俺は全然イメージじゃないけど」
「だよなぁ!」
がっくりと、俺の言葉を聞いた柊木は見て分かるほどに肩を落とした。 そして、何やら約二名から睨まれている気がする。
悪いな、俺は本音しか言えない病気なのだ。
「はぁ……私はな、これでも一応は、人並みにはパーティーを楽しんだりしたいんだ。 けど、大体いつもそんなイメージを持たれない所為で、参加しづらくてな」
「だから、妹として参加しようとしてたってことか?」
「そうだ。 そうすれば、周りも不自然には思わないだろう?」
いや思うだろ。 だって妹のことを知っている奴なんて居ないんだから。
「ところで、お前らはどうしてそんなことを気にしていたんだ? パーティーを開くため、走り回っていた奴を探すなんて真似を」
そう聞かれ、俺たちは答える。 そいつに感謝したい奴がいて、でも風紀委員長の柊木ではイメージに合わなくて、だからそれを調べて欲しいと頼まれたことを。
「……なるほど。 やはり、私はそんなものか」
なんてことを言いながら、再び肩を落とす柊木。 さて、どうしたものかね。
「なぁ、とりあえずは武臣に会ってくれないか? 俺たちはそれを頼まれているからさ。 まぁ、嫌なら嫌でも良いんだけど」
「……ふむ。 まぁ、そのくらいなら良いか」
こうして、とりあえずの問題は解決した。 これからどうなるかなんてことは、誰にもきっと分からない。 柊木自身ですら、分かりはしないだろう。 それぞれにはそれぞれの出会いがあって、その出会いを決めるのは当人同士の問題なのだから。
「良かったんですかね、これで」
それから数日後。 今日も今日で、することがなく部室に居る俺とクレア。 西園寺さんは、今日は病院に行っている日だ。
「さあな」
あとから聞いた話だと、柊木は結局のところ、妹として武臣に会ったらしい。 それを選択したのは柊木で、彼女がそれを正しいと思ったのなら、俺はそれを否定できないしな。
「むうう……私は納得できません。 窮屈じゃないんですかね、あれで」
「クレアは自分らしさ全開だしな。 世の中、お前みたいにずっと素でいられる奴なんて、そんないないんだよ」
「そんなもんですかねぇ。 ということは、成瀬も?」
俺は……どうだろう。 でも、言いたいことを言いたいときに言えなかったりするし、そうなのかもしれないな。 今だって、クレアの質問に思ったそのままの答えなんて返せていないし。
「失礼する。 成瀬は居るか?」
と、部室の入り口から聞き慣れた声。 顔を向けると、そこには柊木が居た。
「この前振りだな。 なんか用事か?」
「そう怖い顔をするな。 一応、礼をしようと思ってな」
いや別に怖い顔してねぇけど。 ナチュラルか、ナチュラルに俺は怖い顔なのか。 どんだけ怖いんだ俺の顔!
「この前は色々と世話になったな。 その挨拶だ」
腕組みをし、威厳たっぷりで柊木は言う。 さすがは全校生徒を震え上がらせる存在だ、風格あるな……。 というか、明らかにお礼を言いに来たって態度じゃないよねこいつ。
「わざわざ良いのに。 逆に悪いな、なんか」
「そうですよ。 成瀬にお礼なんてまったく必要ないですよ」
お前は黙れ。 言っておくが、あのときの裏切り行為は忘れてないからな。 いつか絶対に仕返しするから覚えとけ。
「それと」
そして、柊木は続ける。 さすがにその言葉には、俺もクレアも驚いた。
「私も、この部に入部することにした。 それが礼だ、感謝しろ」
「は!? お前、だって風紀委員だろ!?」
「そうですよ! そんな沢山やってたら死んじゃいますよ!」
俺もクレアも必死である。 だって、校内でもっとも怖い人の柊木雀が入るとなると、俺たちの平和な国が崩れ去ってしまう恐れがあるからだ! 国を守るのが国民だ。 部活を守るのが部員だ。 そして俺たちの平和を守るのは俺たち自身だ!
「安心しろ。 どうせろくに活動はしていないだろ? それに、学園祭に出す物もどうせ決めていないだろう?」
学園祭? なんだそりゃ。 いやその単語自体は分かるぞ? けど、どうしてこの時期にその名前が出る? 普通、十月とかだろ?
そんな考えが顔に出ていたのか、クレアが耳打ちするように俺に言う。 こいつもこいつで平気で距離を詰めてくるから、いきなりやられるとちょっとビビる。
「……成瀬、もしかして知らないのですか? この学校では、学園祭の代わりに新年祭をやるんですよ。 まー、面倒なので学園祭と言う方もいますけど」
「へえ」
「うわ、興味なさそうな返事ですね」
と言われてもな。 事実、興味がないのだから仕方あるまい。 俺が学校生活で三大興味がないことの一つだぞ、学園祭って。 ちなみに残りの二つは「体育祭」と「部活動」だ。 体育祭に参加したら、やりたくないこと制覇しちまうよ。 最悪だ。
しかしそこはさすがの俺だ。 体育祭は九月にあったけど、余裕の病欠である。 あと二回それを使えば、無事クリア。 頑張れ俺。
俺は体を動かすのを何より苦手としているから、毎年体育祭やら運動会が近づくと、体調が悪くなるのだ。 原因不明の吐き気めまい喉の痛みに加えて、頭痛腹痛腰痛肩痛胸痛胃痛足痛心痛陣痛、更に発熱といった具合だ。 あ、陣痛は違うか。
俺の行事出れない病が発症したのは、今から遡ること数年前。 小学校一年のときからだな。 懐かしい。
「そんで、その新年祭ってのがどうしたんだ? 別に出す物ないならそれで良いだろ。 第一、この部活で出し物とか悲惨なことになる未来しか見えない」
例その一、お化け屋敷。
「ねえねえ、歴学部でお化け屋敷やってるみたいだよ、行ってみない?」
「おー、良いね。 いこっか」
そしてやって来る女子二人。 教室に入ると、その中央にはお化け役の俺が。
「ひ、ひぃいいいいいい!! 本物がいるよ!?」
「きゃ、きゃあああああああああああああ!!」
怖すぎるため終了。 俺たちの新年祭は幕を閉じた。
「ってなるだろ。 考えてみろよ」
「……確かにそれは怖いですけど、随分自虐ネタですねそれ」
やかましい。 そうなる前に釘を刺したんだから褒めて欲しいレベルだ。
「ちなみに、映画をやった場合と食べ物を出した場合のことも考えてある。 聞くか?」
「結構です」
さいですか。 まぁどのみち俺の顔が邪魔になることは言うまでもないことだ。 だからこそ、新年祭で出し物など以ての外である。
「ああ、出し物なしというのは駄目だぞ」
「どうしてだよ。 そこまで決められる覚えはないぞ」
強情な姿勢にちょっとイラッとして、俺は語気を強めて言う。 だが、柊木はまったく動じずに返答をした。
「決まりだからだ。 この学校の校則にも記載されているぞ。 第四項、新年祭には活動している部活動はすべて、何かしらの出店をすること。 部活動に所属しない生徒は、クラスでの出店を行うこと。 ただし、学校側に認められた例外を除く」
「面倒な校則だな……。 それなら認めてくれよ、例外として」
「風紀委員にそんな権限があるわけないだろう。 それに、ここに記してある例外というのは「家庭の事情」や「それができない事態」とかのことだ。 ただお前の顔が怖いという理由で例外になるものか」
別にそれを理由にするつもりはなかったんだけどな。 当然のように言われると俺のガラスハートが傷付く。
「なら……どうやって例外として認めさせるかってことか」
「何故そうなる!? 普通に出店をすれば良いだろうが、愚か者め」
愚か者扱いされちまったよ。 てか、こいつの喋り方ってどこかリリアと似ているんだよな……。
しかし、そうなると本格的に詰んでないか? 新年祭っていうからには、多分来月だろ? で、俺たちは何も考えていないし何も準備なんてしていないし。
「当日、全員体調不良ってのはどうだ?」
「やらない方向で考えるのを止めろ。 そうならないためにも、私が入部すると言っているのだ。 分かったか?」
……どうやら、それしか選択はないようだ。 不本意ではあるけれど、ここは柊木に頼った方が良さそうだ。 それに多分、柊木も部活をやってみたいという気持ちもあるんだろうし。
「はー、分かったよ。 ただし一つ条件がある」
「条件?」
聞き返してきた柊木に、俺はこう答えた。
「俺の前だけでも良いからさ、自分のことを「そんなもの」って言うのをやめてくれ。 そういうのは、あんま好きじゃない」
「……そうか。 うむ、分かった」
自分を偽っても良い。 騙しても良い。 嘘を吐いても良い。 だけど、自分を否定することだけはして欲しくない。 柊木のためとかではなくて、俺が見ていてイライラとするからだ。 それだけの理由だ。
ともあれ。
こうして新たな仲間が増え、歴学部は四人になるのだった。
それから。
それから、俺は家へと帰った。 そこにあるのは、いつもと変わらない光景といつもと変わらない人たち。 玄関にある靴から考えるに、真昼はどうやら、今日は部活か。
そういえば、俺は家族のことをあまり知らなかったりするのかな。 部活をしているときの真昼は見たことがないし、保育園に居るときの寝々だって見たことがない。 当然反対もだ。 真昼や寝々が学校での俺を見る機会だって、ないだろう。
家での西園寺さんだって俺は知らないし、クレアも一緒だ。 それと同じように、柊木もそれは一緒で。 だけど、妹になりきってるときのあいつ、楽しそうだったな。
両方とも、本物……か。 まぁ俺の中では怖い怖い風紀委員長様にも、ちょっとだけ可愛い部分があるのだと知れたことが、収穫だったりするのかね。
新たな出会いと新たな仲間。 それはやっぱり嬉しかったりもするのだけど、同時にうまくやっていけるかとの不安もある。 よりにもよって、入ったのが「死ね」発言の風紀委員長様だしな。
俺はベッドに入り、目を瞑る。 明日もとりあえず、学校に暇潰しでもしに行くか。 それに、十二月もあと数日で終わりだ。
……そういえば、母さんたちは「年末は実家帰るから」とか言っていたっけ。 俺は当然断ったんだけど。 あれって結局、どうなったのだろう?
俺がその結果を知るのはそれから数日経ったあとのこと。 誰も居ない家で一人起きたことで、察したのだった。




