もっとも危険な者 【2】
「私に何か用か?」
それから柊木を探して校内を歩くこと数分。 やがて、その本人を発見する。
腕章を付け、背筋をピンと伸ばし、颯爽と廊下を歩いているその姿から読み取れるのは、他の生徒とは明らかに違う異質なオーラを纏っていることだ。 長い黒髪に、堅苦しいほどに整った服装。 さすがに風紀委員長というだけあり、身だしなみはしっかりしている。 そんな柊木を見てから、すぐ右隣に居るちっさい奴にチラリと視線を向けた。
……クレアとは正反対だな。 真逆の道を歩んでいると言っても良い。
「用ってほどでもないんだけど」
「ならば帰れ。 私は忙しいんだ」
おい、日常会話だろ。 この何々でもないんだけど、から始まる会話は日常会話の範疇だろ。 礼儀だろ様式美だろ常識だろ!?
「な、成瀬、謝れです」
「なんでだよ!?」
今の流れでどうして俺が謝らねばならない! こいつ、ビビってとりあえず俺に謝らせようとしているだろ。 その癖直せ今すぐ直せ。 というか俺の後ろに隠れるな。
「……あー」
言いながら、何を言うべきか考える。 この場合、率直に意見を述べるのが重要か? つうか、こういうのって西園寺さんの仕事じゃないのか……。
「用だ。 大事な用事」
「ふむ。 ならば聞こう。 見たところ、同学年の奴らだな。 名前は?」
「っと、俺は成瀬。 成瀬陽夢。 で、こっちが西園寺さんでこっちがクレア。 それでクレアの妹のリリア」
「なるほど。 それよりお前、それは地毛か?」
と、柊木は尚も俺の後ろに隠れ続けるクレアに顔を向けて言う。 それだけで死にかねない威圧感だ。
「も、もちろん! 超地毛ですめっちゃ地毛です!」
超地毛ってなんだよ。 グレードでもあるのか。 ならば俺も超地毛だ。 染めてるのは西園寺さんだけだ。
「ならば仕方あるまい。 私は柊木雀、一年二組、風紀委員長を務めている。 好きな食べ物は……おいお前、なに人の個人情報を調べようとしている?」
「……すいません。 それで、用事なんだけど」
こいつめんどくせー。 今までにない面倒臭い人間だ。 ついに俺の妹を上回る人材が出てきたか……恐るべし。 なんて思ったそのとき、厄介な奴がもう一人居たことを思い出す。
「ついに現れたな闇の支配者! ふっふっふ……我の闇結界、見破れるかしら?」
「……」
やべえ、怒ってるだろこれ。 まあそりゃ、校内に明らかな無関係っぽい人間が居れば怒るだろうし、その無関係っぽい奴が喧嘩を売ってきているのだ。 柊木じゃなくても怒るだろう。 うむ、俺だったら殴っている。
「ほう。 貴様、もしや使者か。 使者如きの分際で我に逆らうとは愚かなり。 真の闇結界を見せてやろう!」
「……柊木?」
「……ん、んん。 なんだ?」
何事かと思って名前を呼ぶと、柊木は咳払いをして俺に顔を向ける。 まるで、なんか用事か? と言わんばかりの顔で。
「いや、お前なんか今乗ってなかったか?」
「何の話だ。 それより今はお前の用事だろう? 西園寺」
「俺は成瀬だ。 西園寺さんはこっち」
「おお、そうだった。 すまないな、クレア」
言いながら、柊木は西園寺さんに頭を下げる。 もしやこいつ……人の名前を覚えるのが苦手なタイプか。 いやそれにしても苦手すぎだろ。 最早、わざとじゃないか疑うレベルだぞ。
「え、えへへ。 西園寺夢花です。 それで、柊木さん。 明日のクリスマスパーティのことで、聞きたいことがあるの」
今までの流れを断ち切って良く言った! 正直、リリアが無駄に割り込んでくる所為でいつになるかと思ってたんだ! ありがたやありがたや。
「クリスマスパーティ? ああ、明日やるとか言っていたやつか?」
「うん、そうそう。 噂で聞いたんだけどね、柊木さんがその会場として学校を借りれるように頑張ってたって聞いて、本当なのかなって思って」
西園寺さんの言葉に、柊木は「なるほど」と腕組みをしながら言い、少しの間押し黙る。 そして、こう言った。
「それは恐らく、私の妹だな。 柊木鶉、双子の妹だ」
「どこもかしこも妹ばっかだな……」
俺に、クレアに、柊木か。 その内、妹を引き取ってくれる施設とか出ないかな。 真っ先に真昼をぶち込みたい。 寝々はまだ小さいから保留だ。
「双子……? あれ、でも」
「良かったら呼ぼうか? 校内には居ると思うから、手配しても良いぞ」
西園寺さんが何かを言いかけたところで、柊木はその言葉を被せる。 その言葉に真っ先に反応したのはクレアだ。
「本当ですかっ! 是非、お願いします!」
そして、柊木に協力してもらい、俺たちはその妹と会うことになった。 クレアの食い付きは恐らく、妹という単語に引かれてのものだろう。 こいつ結構自覚のないシスコンだからな。
「もしもし……ああ、そうだ……うむ、分かった」
電話をポケットにしまうと、柊木は俺たちに向き直って言う。
「お前たちの部室へ行くよう言っておいた。 確か、数学準備室だったな? 昔の」
「おお、良く知ってますね! さすが委員長です!」
おだてるクレア。 なんとも無様な姿だ……。 お前の大好きな妹がその光景を見ているが、それで良いのかお前。 俺は特になんとも思わないけどさ。
「いや、それほどでもない。 実態が不明の部活動で、毎回名前があがる部活だからな」
「は、はは……」
これ以上話すと変なボロを出してしまいそうなので、俺は三人を引きずって部室へと戻る。 後は部室で待つのみだ。
確かに双子の妹ってことなら、納得が行く。 真面目な姉と遊び好きな妹、これ以上ないってくらいありそうな姉妹だしな。
「すいませんっ! お待たせしましたぁ」
「こっちこそわざわざ悪いな……って本当にそっくりだな」
背も、顔も、髪型もまるで一緒だ。 俺たちの部室へとやって来た柊木鶉は、これでもかってくらい姉にそっくりだ。 制服は妹の方が着崩れした感じで着こなしているから、見分け方としたらそこくらいだな。 声もまるで一緒だし。
「えへへぇ、良く言われるんですぅ」
頭をこつんと叩き、首を傾げる柊木妹。 柊木雀のイメージが強いその顔でやられると気味が悪いが、笑った顔は意外にも可愛い。
「なんかムカつきますねこの女。 まぁ、良いですけど。 適当に座ってください」
「はぁい。 えーっと、成瀬さん、でしたっけ? そこの背の小さい金髪の方は」
「私はクレアですっ! その怖い顔をしているのが成瀬ですっ! 背のことは次言ったら殴ります」
おい怖い顔とかいうなよ、傷付くからさ。 これでも俺のハートは結構繊細なんだぞ。 少なくともお前のカルビンで作られているハートと比べるな。
てか、もしかして姉妹揃って人の顔を覚えるのが苦手なのか……? 大丈夫か、本当に。
「そうなると、そこの方が西園寺さんですね。 よろしくお願いしますぅ」
「うん、よろしくね。 鶉ちゃん」
「よろしくですぅ。 それで、この子は?」
柊木妹は言うと、クレアの影に隠れているリリアを指さす。 触れない方が良いぞ、そいつには。
「……下賎の眼は誤魔化せたとしても、我の眼は誤魔化せない。 闇の支配者から暗黒界魔王に昇華したということか……恐ろしい」
厨二病を発症しているときは饒舌だな。 素が出ているときは人見知りだってのに。 ま、内容はともかくとして、初対面でこれだけコミュニケーションが取れれば良いか……良いのか? いや良くねえな。 危うく妙な勘違いをするところだったよ。
「へ? あ、あははは。 面白い子ですねぇ」
「そうなんだ。 そいつは非常に面白い子なんだよ」
「……おねえ、おねえ。 わたくし、面白い子なの?」
「成瀬、謝れです」
結局、こうなるのだ。 クレアの前でリリアの悪口は言ったら終わる。 気を付けよう。
「クリスマスパーティですか? はい! 私、頑張ったんですよぉ!」
「やっぱりそうでしたか。 というか、これで解決ですね。 あの子羊もこれで救われます」
そろそろその呼び方やめてあげような……。 一応はちゃんと名前があるんだからさ。
にしても、解決ねぇ。 なんだか釈然としないこの感じはなんだろうか。 あまりにも簡単に話が付いてしまったからか? それとも、なんとなく感じている違和感の所為か? うーむ……。
いーや、あれだな。 なんでも疑ってかかるのは良くない。 変に勘ぐらない方が良いことだって、きっとある。
「良く分からないんですけど、どういうことですかぁ?」
「ああ、説明しますとですね」
クレアが柊木妹に説明をし、それを受けて柊木妹は納得がいった感じだ。 それから少しの間雑談をして、柊木妹は用事があると言って部屋をあとにする。
さて、これにて問題は無事解決。 と思いきや。
「……成瀬くん、成瀬くん。 変だよ、やっぱり」
「変、ねぇ」
もしもこれが俺だけ感じたことだったのなら、それで終わっている話だ。 しかし、西園寺さんまでもがそう言うってことは、そういうことになってしまう。
……仕方ない。 なら、少し頭を使ってみよう。
「我もそう思います。 この、闇眼がそう告げている……ふ、ふふふふふ」
お前が一番変だよ。 ほんと、見た目はクレアに似てすごく可愛い子だとは思うのに、どうしてこうなってしまったんだろうな。 まぁ、人生山あり谷ありだ。 これから谷に落ちるであろうリリアに合掌。
「なに手を合わせているんですか成瀬。 それより、みんなが言う「変」とはなんですか?」
「俺のはそんな気にすることでもねえよ。 なんか、喋り方が変な奴だなって思っただけだし」
俺が思ったのはそういうことだ。 別に語尾が変だとか、滑舌が悪いとか、そういうことじゃないんだ。 まるで、作られたキャラクターのように喋っているってのが正しいかな。 何かに合わせたような喋り方と身の振る舞い。 まるで、人形のような。
「わたくしは、この眼で見ましたのです。 陽夢、夢花、そしてクレア、全ては白日の下に栖される!」
「お前白日の下にって好きだな。 ちなみに遠い未来に言おうと思ったんだけど、白日の下に晒されるな。 栖じゃなくて」
ほら、人生山あり谷ありだ。 谷に落とすのは俺の得意技だからな。 任せろ。
「……おーねーえー!」
「知らないですよ! 似たような字が多いからいけないんですっ! 悪いのは日本です!」
責任を国に押し付けるとか色々すごいなこいつ。 てか教えたのお前かよ。 逆に難しい間違えをするとかある意味すごい。
「う、うう……! は、白日の下に晒されるのだっ!」
言い直す辺り、向上の余地ありだな。 クレアよりは将来に見込みがあるかもしれない。 いやぁ、今日も良いことをしてしまった。
「なーるーせーくーんー」
「……はいはい俺が悪かった。 ごめんなリリア」
「よ、良きにはからえ」
ちなみにそれも使い方が間違っているけれど、さすがに今この場で言ったらいじめになるからな。 俺は黙っておく。 いつか大恥を掻くのだ、ざまあみろ。
「はぁ。 で、西園寺さんは何を変だって思ったんだ? 俺やリリアの意見より、やっぱ重要だと思うのは西園寺さんの意見だし」
そして、俺たちは西園寺さんからそれを聞く。 決定的な事実を。
それはもしかしたら、西園寺さんでなくても気付けた答えだ。 ただ、よっぽどのことがなければ知る暇なんてなかっただろう。 それを知ることができた理由はただ一つ。 そのよっぽどのことがあったからだ。
あの、ループの七月。 あの七月があったからこそ、西園寺さんは知ることができた。 かくいう俺も知るチャンスはあった……というか知っていたはずなんだけれど、それを忘れていたというだけである。
クレアがそれを知らなかったのにも無理はない。 こいつは転入してきてから、まだ二ヶ月ちょっとくらいしか経っていないのだから。 だからその知る時間がなかったといっても良い。 リリアに関しては……まぁ、小さい子特有の直感ってやつだろうか。 それとも適当なことを言っているだけか。
クレアの直感でも気付けなかったのは、恐らく「双子だ」という前置きがあった所為。 その所為で、クレアは誤認していたのだ。
つまり。
簡単に答えを言ってしまうと、こういうことだ。
この学校には、柊木鶉という生徒は存在しない。




