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俺とルールと彼女  作者: 幽々
小休憩
80/173

罰ゲームと言われては仕方あるまい 【1】

「あ! わたしの勝ち。 えへへ」


西園寺(さいおんじ)さんは言うと、自らの駒をゴール地点へと運ぶ。 これによって、勝者は西園寺さんに決まった。


俺たちが部室でやっていたのは、人生ゲーム。 あまりにもすることがないと言って、クレアが持ってきたそれだ。 クレアはそもそも、毎日のように何かしらを持ってくるので、そろそろ部室が物で溢れ返りそうだよ。 トランプにボードゲーム、更には携帯ゲーム機、小学生がやりそうなクロスワード、リリアの宿題などなど、その種類は盛り沢山だ。


最後のひとつはともかくとして、クレアが持ってくる物というのは大体そんな感じ。 そして今回持ってきた物というのが、この人生ゲームである。


「……あの、やっぱり止めません? この王様ゲームもどき的人生ゲーム」


「だな。 俺も同意だ。 今すぐなかったことにしよう」


止めようとクレアは提案するが、そもそも今日のこの遊びも言い出したのはクレアだった。 普通の人生ゲームでは味気がないから、何かしらの罰ゲームを付けようとの提案だ。 俺は正直負ける気がしなかったし、西園寺さんは特に何も思わなかったのか、それを承諾したのだが。


……完全にミスった。 人生ゲームとか、運要素強すぎるだろ。 ただ口を開けてぼーっとルーレットを回しているだけでも勝つ可能性のあるゲームじゃないか。 最悪だ。 何が最悪って、何も考えずにそれを飲んだ俺が最悪だ。


「えぇ? でも、もうわたし勝っちゃったから……」


「そうだな、おめでとう。 よーし、それじゃあクレア、片付けるぞ。 今日はこれでお開きだ」


「そ、そうですねっ! そうしましょう!」


今日は寒いからな。 早く帰った方が良い。 あまりにも寒くなって風邪でもひいたら困るしな。 我ながら実に良い案だ。


「だめ。 陽夢(ようむ)おにいも、おねえも、約束は守らないと」


言うのはリリア。 クレアの妹である。


……厄介なのが一人居たな。 この厄介なのを連れて来たのは誰だ。 お前だぞクレア。 責任取れ責任を。


そもそも、こいつって多分無断で校舎内に入っていると思うんだけど、大丈夫なのかな。


「り、リリア。 私たちは負けたわけじゃないです。 ただ、今急に帰りたくなっただけです」


「……おねえ、ずるい」


ちなみにリリアは通常時とリリア曰くの覚醒時の切り替わりが激しかったりする。 普通に話していたと思ったら、いきなり良く分からない言語を話し始めるのだ。 それがリリアと知り合って数日で、俺が知ったこと。


成瀬(なるせ)! やりますよ罰ゲーム! 覚悟を決めてください!」


「おい裏切る気か!?」


計算外なのは、もうひとつ。 クレアがリリアに物凄く弱いことだ。 まさしくシスコンなクレアは、リリアに対して超が付くほど甘い。 まぁそれでも言うべきことはしっかりと言っているようで、時々見せる砂糖の塊のような甘さがなければ良き姉だ。


んで、その甘さが今ちょっと出ている。 恐らくクレアの脳内では「リリアに情けないところを見せられない」なんて感情が渦巻いているのだろう。 その感情に俺を巻き込むんじゃねえ。


「負けた以上、やるしかないです。 成瀬、一緒に……死にましょう」


「お前目が据わってるぞ……」


この王様ゲームもどきでは、それぞれが何をするかを書いた紙を箱に入れている。 一人三枚で、リリアも含めた四人。 つまりは計十二枚の紙がこの中には入っているというわけだ。


そして問題は、クレアのこの顔である。 マジで死を覚悟している顔だ。 こいつ、マジで何を入れたの……。 俺は俺である程度常識の範囲内のことしか入れていないが、クレアのは絶対にヤバイ気がする。 一番安全なのは……。


「えっと、確か一人一枚ずつ、だったよね?」


悪気なくそういう西園寺さんが入れた紙の場合だ。 これが一番安全な紙、言わばイージーモードの罰ゲーム。


狙うならそれだが……問題は紙は全てメモ用紙を使っているため、大きさにばらつきがない。 そして全ての紙はリリアが一度チェックしているため、目印なんてものもない。


「はい、どうぞ」


微笑みながら西園寺さんは箱を俺とクレアの前へ。 今ではその笑顔も、悪魔にしか見えない。 というか、西園寺さんこの状況を楽しんでいないか? 勘違いだと良いけれど。


ここまで来たら、逃げられない。 クレアもリリアによって懐柔され、俺も西園寺さんのこの雰囲気には逆らえない。


……最悪の日だ、今日は。


「私から、引きます」


クレアは言い、箱に手を突っ込む。 その先陣を切る辺り、男気溢れるクレアさんだ。 もしもクレアが男だったなら、俺は惚れているかもな……いや待て、それってなんだかおかしい。 危うく変な道を辿るところだったかもしれない。


「よっ」


掛け声と共に、クレアは勢い良く引いた。 そしてその紙を見ながら、内容を言う。


「陽夢おにいに告白……」


「おいリリアお前なんて物書いてんだよ!?」


「ひっ。 ど、どどっ、どうしてわたくしだと」


「俺のことを陽夢おにいって呼ぶ奴はお前だけだ。 つうか、俺がこれを引いていたらどうするんだよ……」


鏡でも見ながら告白すれば良かったのか。 一生もののトラウマにする気か。 数年後に思い出して、あのときの自分を殺したくなる病気にかかるから止めてくれ。


「……告白? 告白って、何をですか? 私、そんな罪になるようなことはしていないです」


「お前もお前で凄いな……。 真っ先に浮かぶのがそれって」


そっちの告白ではないだろう。 この場合の告白と言ったらあれだ、あれ。 俗に言うところの。


「愛の囁き。 想い人に気持ちを伝える、古来から伝わる正攻法。 我も、かつては想い人が居て……」


「お前の失恋話はどうでも良いよ。 ってわけだから、クレア。 さっさと済まそう」


「失恋じゃないもん! ただ相手に素質がなかっただけだもんっ!」


ぽかぽかと効果音が出そうな殴り方で、リリアは俺の背中を叩く。 本当の妹だったら突き飛ばしている行動だが、人の妹ってのはどうしてこうも可愛く思えるんだろう。 その行動すら、嫌な気は全くしない。


「え、と……愛……告白……? あ、わ、私が成瀬にですかっ!? 絶対嫌ですッ!!」


「そこまで必死に拒否られると傷付くって……。 罰ゲームなんだから良いだろ。 俺も引かないといけないから、さっさとしてくれ」


「で、ですが……」


「おねえ、やらないとだめ。 罰ゲームは絶対」


「……はぁああああ。 分かりました。 やれば良いんですね、やれば」


そうだよ、さっさとしろ。 クレアが適当に適当な言葉で適当な言い方で俺に告白して、俺もまた適当に返せば良いだけだ。 ほんの数秒で終わる。 罰ゲームにしてはまだマシな方だよ、これは。


そう思い、俺は立ち上がる。 さすがに座ったままで済ませるのもあれだったし、どうせなら罰ゲームらしくした方が良い。 それを見たクレアもまた立ち上がり、俺の正面へとやってくる。


「な、成瀬」


「はいよ」


次に言われた言葉に、俺は「おう」とでも返せば良いだけだ。 それだけで、終わること。


「そ、その、ですね。 実は……成瀬に、言っておきたい言葉があり……」


ちょっと待て。 ストップクレア。 止まれ。 お前、どうしてそんな恥ずかしそうに言うんだよ。 最後の方なんて、もごもごと言う所為で聞き取れないし……。 それに、手遊びしながら視線はあらぬ方向を向いているし。


「……前から、私は……成瀬のことが。 な、成瀬のことが好きでしたッ!」


そのクレアの言葉に、西園寺さんは口を両手で覆い、リリアは「わーお」なんてことを言っていた。 で、対する俺は。


俺は、俺は……いかん。 クレアの妙な言い方の所為で、完全に思考を止められた気がする。


「そ、そうか。 そりゃ……なんつうか、嬉しい……かな。 俺も、好きだったし」


なんて、思ってもいないことを口走る。 最悪だ……この上なく最悪だ。 素っ気なく返すつもりが、クレアの妙なノリに合わせてしまった。 余計に気まずい。


「え?」


しかし、クレアは俺の言葉にそんな声を漏らし、俺の方に顔を向ける。 その顔は、驚いているようにも見えた。


「……なんだよ。 なんか変なこと言ったか、俺」


「あ、いえ。 その、てっきり断られるものだと思っていたので」


「そりゃ、あれだ、あれ。 罰ゲームだし、どうせなら良い感じにした方が良いだろ」


……俺は一体何を言っているんだか。 これは確実に、数年後に自分を殺したくなる病気が発症する。 いや、下手したら今日の夜にでも発症だな。


「そ、そうですね。 罰ゲーム、ですし」


「そうだよ。 良いから、次は俺の番だ。 引くぞ」


俺の言葉に、口を覆ったままだった西園寺さんは我に返る。 この人もこの人で、そこまで驚かれるとまるで本当の告白があったみたいじゃないか……。


「はい、どうぞ」


西園寺さんは箱を差し出し、俺はそれを引く。 すると、そこに書かれていたことは。


「……罰ゲーム相手の頼みを聞く? なんだこれ」


「あ、それわたしのだ。 えへへ、成瀬くんが引いたんだね」


にっこりと、西園寺さんは俺に笑顔を向ける。 良い天使っぷりだが、この罰ゲームの内容がイマイチ飲み込めない。 どういうことだ? これ。


「罰ゲーム相手ってのは……クレアか? えっと、そうだとすると……」


俺が、クレアの頼みを聞く……? おい、待て。 なんだその罰ゲームは。 そもそもこれ、罰ゲーム?


「却下。 俺はやらないからな」


「ずるいです! 私はしっかりやったのに! どう思いますかリリア!」


そしてここぞとばかりに、文句を言うクレア。 結構な迫力で言ってくる辺り、さっきのがどれほど嫌だったのかが良く分かる。


「陽夢おにい、やらないとだめ。 罰ゲームは絶対」


「って言われてもな……。 西園寺さん、これって罰ゲームとして認識して良いのか? 一人得する奴がいるじゃん」


これがクレアも損をする罰ゲームだったなら、俺は喜んで受け入れよう。 だが、クレアが得をするというその事態に納得がいかない。 猛反対である。 成瀬陽夢脳内会議で満場一致で否決だ。


「そうかな? だって、クレアちゃんはお願いを聞いてもらって嬉しいし……成瀬くんも、クレアちゃんのために何かできて、嬉しいでしょ?」


いや全然? この人、何を言ってんの……。 俺はそんな慈愛溢れる人間ではない。 自愛なら溢れてるけどな。 というか、この場に居る奴でそうなのはきっと西園寺さんだけだよ。


「……くそ。 まぁ、そうならやるしかないか。 分かったよ、やれば良いんだろ。 クレア、言っとくけど実現できる範囲にしろよ」


「ふふ、実は丁度良いものがあるんです。 私は半ば諦めていたことなんですけど……」


言って、クレアはスカートのポケットから一枚の紙を俺へと手渡した。




「……やっぱり、今日は最悪だ」


その日の夜、俺はベッドの上に寝転び、今日行われていた罰ゲームの紙を読んでいた。 他に何かまともな罰ゲームはなかったのだろうかという、過ぎた過去を後悔する行為である。 けれど、そうしたくなるのも無理のない話で。


「うわ、なんだこれ」


恐らくはリリアが書いた「一生下僕」という却下されるであろう紙を横へやり、次の紙を見たときに思わず声が漏れた。


「十発肩パン……」


書いた奴には心当たりがある。 ありまくる。 どこのヤンキーだよあいつ……。 これ、もしも俺が引いていてクレアにやられたら、即接骨院コースじゃねえか。 良かった。


「……これもやべえな」


次に目に入ってきた内容。 その紙には「その場でバク宙」と書いてある。 クレア以外がやったら、間違いなく怪我をする。 あいつが嫌がっていた理由も、なんとなくは分かってきたな。 しかし、クレアはこれらを容易にこなせそうだけど……とも、思う。


「ん?」


それぞれが書いた紙は、三枚ずつ。 リリアが書いた紙と西園寺さんが書いた紙は、既に全部読み終えた。 西園寺さんのはまぁ、ひどく無難だ。 対するリリアのは、結構きわどい内容。 もしかしたら俺の「這いつくばって許しを請う」と「十秒間土下座」と「一週間様付けで呼ぶ」が一番無難だったかもな。 だよな?


と、それは置いといて。 残された紙は、一枚だ。 つまりこれは、クレアが書いた紙。 そこに書いてあったことは。


「好きな人の名前を言う」


……なるほど。 なんとなく分かった。 あいつ、俺にこれを引かせて西園寺さんに告白でもさせるつもりだったのだろう。 しかし、残念ながら俺はもう、西園寺さんにそういう感情は抱いていない。


そんで、クレアが嫌がってたのはこれを引いた場合ってことだ。 好きな奴が居ない以上答えようのないことだし、仮に居たとしても、クレアはああ見えて結構女子っぽいところがあるから、避けたかったんだ。


「だったら最初から入れるなよ……っと」


その紙たちをまとめてゴミ箱へ捨て、俺は机の上に置いておいた一枚のチラシを取る。 これが、俺の罰ゲーム。


カップル様限定、マッドラビッドキーホルダー。 チェーンソーを持ちながら口元から血を垂れ流し、狂気の目で俺を見つめてくるキャラクターがそこには映っている。


これが、クレア様ご所望の品というわけである。

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