七月二日【5】
「よし、まずは『高き場所』かな」
俺が、横に座っている西園寺さんに言うと、西園寺さんは「うん」と返事をし、頷く。 さすがに西園寺さんでも、その部分の答えはもう分かっている様子か。
「山じゃなかったんだね。 もっと高い場所があるんだ」
「そう。 高い場所……空だ」
俺と西園寺さんは顔を見合わせる。 状況が状況でも相変わらず西園寺さんは微笑むように笑っていて、そんな西園寺さんの顔を照らすように、未だに花火は次々と夏の夜空に咲き誇る。
空に咲く、綺麗な花。
「花火」
「だね。 夏だからこそ咲く、綺麗な花」
ここまでは、花火が打ち上がった段階で俺は気付くことができていた。 しかし問題はそこから。
「わたしは、その花火の種はあそこにある火薬玉だと思うけど……どうかな?」
言いながら、設置されたテントの中にある火薬を西園寺さんは指さす。 先程から、慌ただしく人が出入りしている場所だ。
「いや、少し違うかな」
俺も一時はそうも思った。 けど、それは残念ながら違う。 問題文を良く思い出せば、それに気付くことも出来るだろう。
確かに種と言えば、まず思い浮かぶのはそれだ。 別にそれも間違っているというわけではない。 だが今回の問題の場合は少し違う。
「種ってのは花火師のことだ。 今回の問題の書き方だと、それが正解だよ」
「え? 人ってこと……?」
「そ。 問題文だと『芽吹かせるモノ』と書いてある。 もしも火薬玉のことを指しているなら、芽吹く……が正しい書き方だから」
もっと言えば、恐らく『モノ』とわざわざカタカナで書いている理由もそれだと思われる。 物と者、同じ発音の言葉ではあるが、その指す意味は全く異なるんだ。
「でも、成瀬くん。 それだと花火師の人が大事な物を持っているってことなの?」
「……そこなんだよなぁ。 そこがどうにも引っかかるんだ」
例えば本当に人だった場合。 その大事な物を持っている人間は、ループに関与している可能性が高い。 それにこの『手紙』を出してきている奴と面識がある可能性も高い。 もしもそうならこれを脱出する最大の機会でもある。 けど、それが違った場合だ。
考え得る最悪の可能性。 それは俺と西園寺さんが行き着いたこの答えが、てんで的外れだった場合。 俺たち二人はただの不審者で、何を言っているんだこの子達は。 と言った反応をされてしまうだろう。 そうなった場合は俺と西園寺さん共に、不審者だと扱われる二番目のルートに入る可能性も捨て切れない。
だからもう少し、もう少し何かが必要だ。 この答えが合っているのか、外れているならその違った答えに結びつく何かが。
「多分ヒントは、問題文の『下に生い茂る』の部分かな。 でも、ここら辺は勿論草も生えてないし……」
花火を打ち上げる場所なだけあり、地面には土。 小さな草は生えているが、生い茂るとまではいかない。 書いてある以上は何かのヒント……だとは思うが、ブラフの可能性も捨て切れない。 全てを鵜呑みにして良いのか、違うルートを辿るべきなのか。
「草? なんで草なの?」
頭にクエスチョンマークでも浮かべていそうな顔をして、西園寺さんは言う。 唇に人さし指を当てるポーズで。 結構似合っているのは本人に言わないでおこう。 ……そのポーズ、案外俺は好きだから恥ずかしがられて止められたら損した気分だしな。
「生い茂るっていったら、大体は草とか芝生のことだと思うけど」
「なるほど……。 でもさ、ないよね全然」
うーむ……。 後もう少しで答えに辿り着けると思うのだが、一歩がどうしても足りない。 まずは『高き場所』で、そこに咲くのが花火。 そして、その下にある『モノ』は花火師。 そこまでは良い。 分からないのが、次の『モノの下には生い茂る物があり』だ。 整理すると、この問題文の『モノ』は、花火師のことを指している。 で、花火師たちの下に生い茂っている物……か。
「花火と……花火師と、草。 生い茂る……モノ。 その更に下……」
得た言葉を俺が反復し、西園寺さんがそれを聞きながら、うんうんと唸る。 そして俺がそんな思考を何度も何度も巡らせたときに、唐突に口を開いたのは西園寺さんだった。
「あ……成瀬くん! 成瀬くん分かった!」
「え? それって、答えがってこと……?」
「そう!」
俺の右手を両手で掴み、西園寺さんは言う。 やはり、顔は近い。
いやいや落ち着け俺。 これって信じて大丈夫か? マジで良いのか……? 期待していいのか? 本当に大丈夫だろうか?
「一応、聞くよ」
「うん」
そこで一瞬の間が生まれて、俺は唾を飲み込む。 頼むから、頼むからここで天然を発揮しないでくれよ……? マジで、一生の頼みだ。 ここで天然ボケをされてしまったら、ショックで俺は寝込んでしまいそうだ。
しかしそんな俺の心配を他所に、西園寺さんは口を開いた。
「……多分ね、花菱草のことじゃないかな」
「花菱草……?」
なんだ? 何かの名前……だよな? 草には興味がないから分からないが。
「うん! カリフォルニアポニーって名前のお花。 四月から七月に咲くお花なの。 それで、花火師の下に草だから……かな? って思ったんだけど……違うかな?」
花火師の下に、草。 それで、花菱草。
なるほど。 なるほど……なるほど! それだ! くそ、全くそういう方面の知識がなかったから考えが至らなかった! 考え方的にも、それならば納得が行く!
「大手柄だ西園寺さん! それで、それはどんな花なんだ!?」
「ほんと!? えへへ、やった!」
勢い余って詰め寄る俺に慌てる様子もなく、手をパチパチと叩いて喜ぶ西園寺さん。 今に限って言えば、俺も同様に喜びたい気分だ。 手を叩いて喜びたい。 けどそれをやったら西園寺さんにツッコミを放たれる気がしてならないので止めておこう。 勝手にクール系キャラという良く分からない立ち位置にしてくれたクラスの奴らを恨むぞ。 俺が笑っただけで驚愕してたからな、西園寺さん。
「えっとね、綺麗な黄色いお花で……日が出ているときにお花が開いて、暗くなるとお花が閉じる。 そんな、怖がりさんなお花だよ」
「へえ……」
今朝の「悪ふざけ」の一件もあったことから考えるに、西園寺さんってひょっとして知識が豊富だったりするのか? もしもそうなら、知識不足な俺とは案外相性が良いのかもしれないな。 結構話していても気が合う部分はあるし……。
「……成瀬くん、もっと感動的な反応が欲しいかな」
「あ、いや……俺、今わりと感動してるよ」
「そうなの? 分かりづらいなぁ……もっと、バンザイとかしないの?」
そうだよ。 分かりにくくて悪かったな。 バンザイとかはしないよ。
……前言撤回だ。 西園寺さんと俺は多分、相性が悪いと思われる。
「心の中ではめっちゃしてる。 それより西園寺さん、その花がありそうな場所は? 俺には分からないから教えてくれると助かるんだけど」
俺がそんな風に適当に流すと、西園寺さんは少々納得がいかないような顔をするも、答える。
「この辺りで咲きそうな場所だね。 うーんと……あ! あそこの花壇とかなら、あるかも!」
西園寺さんが言いながら指さす先には、整備された花壇。 広場の隅に小さいながら設置されているそれだ。 ということは。
「行こう。 あの下にきっと、大事な物ってのがあるはずだ」
「うん。 なんか、ワクワクするね」
冒険気分な西園寺さんに苦笑いをしながら、俺は少し先を歩く。
……まぁ、少しくらいなら良いか。 今回のこれは誰がどう見ても西園寺さんの手柄だ。 それで喜ぶことには誰も口なんて挟めないだろう。
「……あった。 ここか」
「うん。 えーっと……花菱草は……あった!」
俺から見たらどれも同じ花に見えるが、知る人が見れば違う花に見えるのかな。 だとしたらやっぱりそうなんだ。 知っていれば知っているほど、この世界というのは面白いほどに広がっていく。 そして西園寺さんは恐らく、知識面的に世界を知っている側の人間だ。
俺が謎の解き方、繋げ方を知っているように。 西園寺さんが知っているのは『好きな物』といったところだろうか。
「……羨ましいな」
「え?」
「あ、いや。 何でもない。 それよりその下……なんか不自然に穴が開いてるよ」
ついつい零れた言葉を誤魔化して、俺は花壇の下に開いている穴を指さす。 花菱草の丁度真下辺りの花壇の横部分に、人の手がぴったり入りそうなほどの穴が開いていた。 不自然なそれを見る限り、どうやら正解らしい。
「ほんとだ。 危ないね、こんなところに穴が開いてたら」
「……ははは」
心配そうにその穴を覗き込み、どこかズレた発言をする西園寺さん。 この感じもなんだか、段々面白く思えてきたな。 天然というか、マイペースというか……一番しっくり来る言葉は「西園寺さんだから仕方ない」ってところだな。
「んじゃ、一応危ないかもしれないから俺が手を突っ込んで探るよ」
言いながら、俺は穴に右手を入れようと伸ばす。 だが、その寸前で西園寺さんがその腕を掴んだ。
「だめっ!」
おおう……。 なんだ、突然そんな大声で阻止されるとビビるぞ。 何かに気付いたのか? もしかして何の気なしに危険を冒そうとした俺をかばってくれたとか……優しいな、西園寺さん。
「さ、西園寺さん?」
しかし、あまりにもいつもと違った雰囲気の西園寺さん。 いつもとは言ったものの、知り合ってからはまだ一日しか経っていないが。 なのにどうしてか、俺はそんな風に感じた。
「駄目だよ、成瀬くん。 もしも成瀬くんに何かあったら、わたし嫌だから。 それに、そういうのはずるいよ。 だからね、じゃんけんしよう」
「は……? じゃんけん……?」
何をいきなり言い出しているんだ? なんで、今じゃんけんを? それに今、ずるいって言ったか? 一体何が? ヤバイぞ、さすがに理解が追いつかねえ。
「わたしと成瀬くんのどっちが手を入れるか、じゃんけん! 勝った方が手を入れるでどうかな?」
ああ、そういうことね。 てか、それならば普通は負けた方じゃないのか。 いやまぁ良いんだけどさ。
「了解。 それじゃ……」
そして、何故か花壇前でじゃんけんを始める俺たち。 西園寺さんのペースにすっかり巻き込まれているな。 西園寺エリアとでも名付けようかな。
「うう……負けちゃったかぁ」
「そこ残念がるんだ」
またしても前言撤回だ。 西園寺さんは別に俺の心配をしていたわけじゃない。 ああいや、多少はしていたかもしれないが……多分その根底にあるのは、自分が手を入れて探りたかったという好奇心だろう。
……いやいや、というか西園寺さんは危険を冒したかったのか? んで、俺は別に危険を冒したくはない……ということは、そもそもじゃんけんをする必要ってなくね?
「あのさ、西園寺さん。 そんなに手を入れたいなら、西園寺さんが見てくれても良いけど」
「ううん。 勝負に負けたのにそんな図々しいことは言えないよ。 成瀬くん、どうぞ」
そこを遠慮するんだ!? 俺が良いって言っているのに遠慮するんだ!? 真面目なのか優しいのか酷いのか良く分からないな!? いや、恐らく多分ただの天然だろうけどさ! 天然ってすげえなおい!
「んじゃお言葉に甘えて」
「……」
……物凄い視線を感じる。 俺は未だに穴の前で腕を構えているだけなのだが、半端ない視線だ。 視線だけで死ぬんじゃないか、俺。
「……代わろうか?」
さすがにそこまでジッと見つめられていると、俺だって悪いことをしている気分になる。 だから、そんな西園寺さんに向けて俺は言ったのだが。
「う……ううん! 大丈夫! 我慢できるから!」
だから別に我慢とかして欲しくないんだけど。 むしろ俺だってなんか怖いから、代わってくれるなら代わってくれた方が助かるんだけど。 なんでこんなギブアンドギブな素晴らしい方法があるというのに、テイクアンドテイクな最悪の方法を取るんだ。
「なら俺がやるけど……西園寺さん、そうやってジッと見つめるの止めてもらえると助かる」
「……は、はーい」
自分が羨ましそうにしていたことに気付いたのか、西園寺さんは若干恥ずかしそうに顔を逸らす。 だがそうは言っても、依然感じる視線から思うにチラチラと見て来ているのだろう。 気にしない気にしない……というかなんでこんな面倒なことになっているんだ。
「よ……っと」
「あ……」
声を漏らすのは俺の後ろで覗きこんでいる人。 結局ガン見である。
「ん?」
「へ? あ、ううん。 なんでもないよ。 えへへ」
動作を止めて、後ろを見る。 西園寺さんは人さし指で頬を掻きながら、そんなことを言う。 何でもないとか絶対嘘だろ。 顔に思いっきり「わたしがやりたいです」って書いてあるぞ。
「そう。 なら良いけど……よいしょ」
「あ!!」
「あのさぁ!!」
ついには俺の方が我慢出来ずに、後ろでガン見を続ける人に向けて言ってしまった。 いやでも西園寺さんも西園寺さんで我慢できていないわけだから、お相子だろう。
「……静かにしてます」
しゅんとなり、それだけを言うと西園寺さんは顔を両手で覆う。 見ていたら言ってしまうからなのか。 自分のことがそこまで分かっているのなら、最初からそうして欲しかった……。
しかし、その後も指の隙間から見ていたりで今みたいなことを数回続け、俺がその花壇の中にある物を取る頃には、花火大会は終わってしまっていたのだった。