少し変わった妹の在り方
クレア・ローランドには家族が居る。 血は繋がっていないが、父親とも呼べる神田さん。 そして、もう一人の家族として妹がいる。
クレアはその妹について「まったく私と似ても似つかない妹です」と、口癖のように言っているのは俺も西園寺さんも知るところだ。 妹のことについてクレアは自ら話さないし、話したがらない。 言わば歴学部に置けるタブーとも言えるそのことについては、長らくの間放置されていた話だ。
年の終わりが見えてきた十二月の中旬。 異能の世界から無事に戻ってきた俺たち三人は日常を満喫するべく、特に活動目的が存在しない部活動に励んでいた。 近すぎず、遠すぎず、そんな関係はやりやすいし居心地が良い。 だが、集団の殆どがそう思っていたとしても、ただ一人踏み込んでくる人というのが発生した瞬間、その距離は自然と近くなっていくもので。
案の定、その踏み込みすぎる人物である西園寺さんがこう言ったのだ。
「そういえば、クレアちゃんの妹さんに会ってみたいかも」
これがつまり、冒頭でクレアの妹の話をした理由だ。 クレアの似ても似つかない妹……とは言っても、血が繋がっていないので当たり前と言えば当たり前だけど。 そんな妹の話をしようと思う。 始まりは、西園寺さんのその言葉からだったんだ。
自分というのをしっかり持っているクレアと、自分という存在が果てしなくブレている妹の話である。
「嫌です」
西園寺さんの言葉に、クレアは片手を差し出してぴしゃりと断る。 というかほぼ言い終わる前に反応したな……。 さすがか。 場の空気から、何を言われるのか理解したのか。 その素晴らしい感覚は是非とも俺も身につけたい。
「ええ……どうして?」
「嫌なものは嫌です。 見て楽しいものでも面白いものでも愉快なものでもありません」
「大体の妹なんてそうだと思うけどな」
いつも通りに話し始めた二人にチラリと視線を向け、俺は呟くように言う。 視線は既に、本へと戻っている。
逆に見ていて楽しかったり面白かったり愉快な妹ってどんな妹だ。 あ、俺の妹がそんな感じか? 確かにあいつは見ていて愉快かもしれない。 その昔、家の階段の一番上からジャンプして、足の骨を折っていたこともあるし。 あれは結構笑わせてもらったっけ。
「その大体という枠からも多少外れているから嫌なんです」
クレアは俺の呟きが耳に入ったのか、視界の隅で俺に顔を向けているのが見えた。 さすがに話を振られてしまったら、このまま適当に返事を返すのもあれだ。 そう思い、俺は読んでいた本を閉じ、クレアへと視線を向ける。
「でも、別に見られて減るものでもないだろ?」
「うるさいですね。 なら、例えば成瀬が「妹を見せてくれ」と言われたとして見せますか?」
「それは……」
確かに、なんか嫌だ。 真昼とか特に人前に出して恥ずかしい方の妹だからな。 絶対に会わせたくはない。 できれば一生家に引きこもっていて欲しいタイプの妹だ。 すげえタイプだな、俺の妹……。
「そういうことです。 だから嫌です」
「ってことは、お前の妹って人前に出すと恥ずかしい妹だったのか」
「……喧嘩売ってます?」
怖い。 冗談を冗談だと捉えてくれよ頼むから。 クレアの睨みってそれだけで寿命が縮んでいる気さえするんだよな。 蛇に睨まれた蛙というのはこのことか。 ゲコゲコ。
「うーん……あ、それならクレアちゃんの喫茶店に行けば会えるかな? 早い時間に」
クレアの妹って、確か小学生だったっけ。 そうだとすると、早い時間に行けば学校帰りの妹にばったりなんてこともありそうだな。 よし、ならばその作戦で行くか。
……あれ、なんで俺はクレアの妹を見る方向で考えているんだ。 面倒くさいからやめよ。 西園寺さんのペースに巻き込まれるところだった。
「逆に私は、西園寺がどうしてそこまでして会いたいのかが気になりますね。 ロリコンだったんですか」
「わ、わたしは違うよ?」
西園寺さんは言いながら、チラリと俺の方を見る。 なんだ、この感じ。 いや、待て。 おかしいよそれ。 どうして俺を見た。 どうして俺を見た!!
それに今、わたし「は」って言ったかもしかして。 それじゃあまるで俺がロリコンみたいな言い方じゃないか? 言っておくが俺は子供が嫌いだぞ。 だからクレアのことは嫌いなんだ。
「……はぁ、分かりました分かりました。 そうまでして会おうとされると、私もなんだか悪いことをしている気がします。 特別、今から妹に会いに行きましょう」
「ほんと!?」
おお? 意外と簡単に折れたな。 てか今からかよ。 もしかしてこいつ、実は妹を自慢したかったり……? 考えが読めなくなったのが若干不便と初めて感じてしまったよ。
しかし、クレアの気持ちが百八十度変わったのに、何もおまけが付いてこないわけがない。 クレアは俺と西園寺さんの顔を見たあと、こう言ったのだ。
「ただし、二つほど条件があります」
「条件?」
咄嗟に俺が聞くと、クレアは「ええ」と返し、指を二本立てる。 そしてまずは人差し指を畳み、言った。
「一つ目、成瀬は私の妹の半径十メートルに近づかないでください。 ロリコンの人を近づけたくありません」
「それって俺外で待ってることになるよな。 帰って良いかな」
ペットか俺は。 ペット立入禁止か。 蛙はペットに入らないぞ、ゲコゲコ。
「……仕方ないですね、帰られたら少しイラッとしますので……あ、それなら私の妹に触れないでください」
「いや待て、そもそも俺がロリコンという認識はどこから生まれたんだよ。 その誤解を俺は早く解きたい」
「西園寺と成瀬の言うことでしたら、西園寺の言うことを信じますので。 すいません」
くそ、要するにさっきの西園寺さんの発言からクレアもそういう結論に至ったということか。 恨むなら西園寺さんを恨めと、そういうことだろう。 今度、人を呪う方法でも調べようかな。
「あーもう良いや……。 で、二つ目は?」
俺が諦めて続きを促すと、クレアは少々言いづらそうにこう言った。
「二つ目……ですが。 その、なんというかですね」
「なんだよ」
「……妹を見ても、笑わないでください」
こうして、クレアの家で笑ってはいけないという、どこかのテレビ番組でやっていそうなルールが追加され、俺と西園寺さんは自宅訪問をすることになった。
正直言って、俺の妹である真昼を見ても、さすがに笑うなんてことはよっぽどのことがない限りないと思うのに、どうしてクレアがそんなルールを追加したのかが、そのときの俺には分からなかったのだ。
「良いですか? 笑ったら殺します」
クレアの部屋に到着してまもなく、クレアは床に座る俺と西園寺さんに向けて言う。 念には念を……といった感じだ。
「物騒だな……。 大丈夫だって、笑わねえよ」
「そうだよ。 成瀬くんは笑うかもしれないけど、わたしは笑わないよ」
あの、なんか最近冷たくない? クレアと知り合ってから、なんとなく西園寺さんの俺に対する扱い方が若干酷くなった気がするんですけど。 ああ、違うか。 きっと西園寺さんには悪気がまったくなく、本当にそう思っているから言っているだけだ。 余計心が痛むよそれ。
「分かりました。 では、少し待っていてください」
クレアは立ち上がり、部屋を後にする。 そういや、クレアの部屋に来るのは二度目……か。 一度目はまぁ、この世界での出来事ではなかったけど。
「クレアちゃんの部屋って、すごく大人っぽいよね」
「確かにな」
西園寺さんの言う通り、クレアの部屋はとても落ち着いているように見える。 常に持ち歩いている……とは言っても学校にはさすがに持ってきていないが。 そのウサギのぬいぐるみはベッドの上に置かれてはいるものの、それ以外の趣味的なものは皆無だ。 それこそ、必要最低限の物くらいしか置かれていない。 クローゼットもあるにはあるが、見るわけにはいかないから分からない。 この状況で俺がクローゼットを漁りだしたら、さすがの西園寺さんでも怒るだろう。 多分、結構な勢いで。
「性格からして、ぐっちゃぐちゃでもおかしくないんだけどな」
「……えへへ、わたしも同じこと思ってたよ」
「あ、笑った。 言ってやろ」
「酷いよ! 成瀬くんそれは酷いよ! まだ妹さん来てないよ!」
悪かった悪かった冗談ですよ。 だから俺の体を思いっきりぶんぶんするのやめてくれ。 酔いそうだから。
「何を騒いでいるんですか。 まったく……」
少々苛立ちを顔に出しながら、クレアは部屋へと戻ってくる。 部屋の入り口にクレアは立っていて、その手は何かと繋がれていた。
その何かというのも、どうやら恥ずかしがっているのか、クレアの背中に隠れて姿が見えない所為である。 まぁ……まだ小さいなら無理もないか。
「ほら、早く顔出すです」
クレアは言い、その背中の何かを引っ張り、俺たちの前へ。
「……おおー」
声を漏らしたのは、西園寺さん。 ぶっちゃけ、俺も西園寺さんと同じ反応だ。 というのも。
まず、髪の毛は金髪。 そして目は碧眼。 体はクレアよりも一回りほど小さい。 高校生であるクレアは俺や西園寺さんとも比べてちっこいが、それよりも更に小さい感じだ。 いや、つうかそれよりも。
「双子?」
「ちっがいます! 確かにリリアも日本人ではないですが、血の繋がりはないので!」
「……いや、だってお前「まったく似ても似つかない」って言ってたじゃんか。 すっげえそっくりだぞ」
クレアが小学生のときはこんな感じでした。 という姿である。 本当に、クレアがそのまま小さくなった感じ。 その所為もあるのか、俺のクソ妹の十倍は可愛い。 いや百倍か? 千倍くらいはいくかも。
「リリアちゃんって言うんだね。 えへへ、可愛いなぁ」
西園寺さん、何故か幸せそうだ。 この微笑みはクレアの言う「笑った」には含まれていないのかな。 ここで俺が笑ったら何故か殴られる気がしたから、我慢である。
にしてもこれはあれか、妹が居ない人特有の妹欲しい病ってやつか。 西園寺さん、俺の妹貰ってくれないかな。
「まぁ、なんつうか……別にそんな嫌がることでもなかったんじゃないかって感じだけど」
「……だと良いんですけど」
クレアが言った直後、そのリリアと呼ばれたクレアの妹が口を開く。
「……き」
「き?」
「貴様ら、頭が高い。 我の眼前で良くも同じ目線で口を聞けるな。 ひれ伏せ……ゴミ共め」
……ん? なんつった、この子。
「何をしている。 早くひれ伏しなさい。 愚民どもめ。 死の宣告を受けたくなければ、命令に背くな」
落ち着け、俺。 この子はあれだ、日本語を習得して間もないから、なんだか口調がおかしいだけだ。 それとクレアの所為で言葉遣いが荒いだけだ。 大丈夫、大丈夫。
「やがて日が暮れる。 夜の月は我に力を与えるのだ。 そうなれば、貴様らは一瞬で灰燼と化す。 我の夜宵黒炎によって!」
言って、ポーズを決めるクレアの妹、リリア。
ああ、分かった。 クレアが会わせたくなかった理由と、笑うなと言った理由が。 この子はあれだ、現代を生きているんだ。 要するに、ちょっと早く訪れた厨二病というやつか。 やっぱり俺は帰りたい。
「……良いから、早く自己紹介するです。 でないとお風呂一緒に入りませんよ」
「リリア・ローランドです。 よろしくお願いします」
丁寧に挨拶するリリア。 それだけ風呂が重要なのか。 良いように躾けられていそうだ……。 クレアの命令は絶対で、いくらこじらせているからと言っても素直に従っている。
「ああ、俺は成瀬陽夢。 よろしく」
「えへへ、わたしは西園寺夢花です。 よろしくね、リリアちゃん」
「リリアは偽りの名。 真名はヴァルキリー・ルナティック・カオスワールド。 ルナティックと呼びなさい」
「おう、よろしくカオスワールド」
「……おねえ、わたくしこの人嫌い」
出会って一分も経たない内に、嫌われる俺であった。 呼ばれて嫌な部分を名前にするなよそれなら。 俺の性格舐めるなよ。
「はぁ……成瀬、謝れ」
「俺が謝るのか!? つかお前の命令形怖いな」
マジかよ、俺がいけなかったのか今の。 でも、クレアの奴は思いっきり俺のことを睨んでいるし……このままじゃ殺されかねないな。
「……あー、悪かったよ。 ルナティック」
「長いからリリアで良い」
「んぐ……はいはい」
今になって思えば、クレアが最初に断った時点で身を引いておくべきだったな。 こんな面倒な妹だとは……まぁ、それでも俺のクソ妹に比べたら大分マシだと思ってしまう辺り、俺の妹半端ないが。
にしても。
「おねえ、おねえ。 これで良いの?」
「良いですよ。 あとで一緒にお風呂入りましょうね」
「ひひ、やったぁ!」
こうして見ると、案外クレアも普通に姉妹やってんだなって思ったりもする。 それにやっぱり、どこが「似ても似つかない」んだろうな。 俺から見たら、そっくりそのまま姉妹って感じだよ。 むしろ双子で、生き写しだ。 生き写しって表現だとクレアが亡き者みたいだな。
「成瀬、お茶を取ってくださいです」
「ん、ああ」
「注いでくださいです」
「……あいよ」
「あ、わたくしにも注いで。 陽夢」
「……はいはい」
この、なんとなく生意気な部分とか、ほんとそっくりだ。 それに名前呼び捨てとか、生まれて初めてされたよ俺は。
そんなこんなで、時間は経過する。 あれからなんとなく宿題などを終わらせて、四人で雑談なんかしたりして。 気付いた頃には辺りがすっかり暗くなっていて、気を利かせた神田さんに晩御飯をご馳走になったりして。
そして、何故だろう。
「ふっふっふっ。 陽夢、また戯れに付き合ってあげましょう。 次に会うときは……死が貴様を待っている」
何故だろう。 なんでか、懐かれている俺である。 つうか次に会うとき俺死ぬのかよ。 じゃあもう二度とお前とは会わん。
「リリア、ちゃんと挨拶しなさいです。 それと、遊んでもらったお礼もしなさいです」
「……ばいばい、おにい。 遊んでくれてありがと」
そして、何故か不覚にも可愛いと思ってしまう俺だった。 こんな考えが読まれでもしたら、ロリコンというのを否定できそうにない。 いろいろと疲れが溜まる一日だったな……。
「おう、またな。 けど、俺は友達にはなれても兄貴にはなれねえよ。 だから、友達だ。 名前呼びで良いよ、俺のことは」
「うぃ!」
小さな友達ができた日曜日。 最後の最後にこう思うのもあれだけど、案外悪くない一日だったかもしれない。
「えへへ、成瀬くんって結構優しいよね」
「いきなりなんだよ……」
それから、クレアたちと別れ、俺と西園寺さんは並んで帰宅する。 一応は時間が遅いこともあり、西園寺さんの家の近くまで送っていく形だ。
「別に、少し遠回りになるくらいだから構わないって」
そのことについての今のセリフだと思い、俺は言う。 しかし、西園寺さんはそれを首を振り、否定した。
「ううん、そうじゃなくて。 さっきのリリアちゃんとのこと。 しっかりお兄さんにはなれないって言ってあげたことだよ」
なんだ、そんなことか。 別にそれだって、大して意味はないことだって。 俺はただ、無責任なことがしたくないだけだ。 責任を持つってのは、後々面倒なことになったりする可能性が大きいから。 責任を持つときは、それを果たす覚悟があるときだけだ。 そして、それをするべきだと思ったときだけだ。
「あいつの姉はクレアだろ。 俺は兄じゃないし、西園寺さんだって姉じゃない。 そういうことだろ?」
「えへへ、そうだね」
俺の妹も、あれくらい可愛気があれば良いんだけどな。 けどま、俺の妹は結局家に居るうるさい奴一人と、妙に俺に懐いている奴一人だけ。 だから、俺はあいつらの兄ではあるけど、リリアの兄ではないんだ。 家族ってのは多分、それだけできっと立派な関係なんだろう。
「それじゃあ、また明日」
「ああ、また明日」
それから。
それから、俺は家へと帰った。 家に着くと、やっぱりうるさい奴と俺に懐く奴が出迎えて、いつも通りの光景だったりする。 それにはうんざりしてしまうけど、面倒だとも思うけど、それがきっと家に帰ってきたというのを俺に知らせてくれているんだ。
クレアは意外にも、面倒見が良さそうな感じだったな。 あいつは「似ても似つかない」と未だに言いそうだけど、そっくりだったよ。 口が微妙に悪いところとか、いきなり素直になったりするところとか。
あいつも、それに少しは自覚があったりするのかな。
「おかえり兄貴! そういえば今日さ、友達からめっちゃ面白い話を聞いたんだ。 聞いてくれよ!」
「おにーちゃん、おにーちゃん」
やっぱり、面倒だ。 早く風呂に入って、早く飯を食って、早く明日に備えて俺は寝たいってのに。 真昼が言う面白い話は例外なくつまらないからな。 寝々と遊ぶと、終わりが見えないからな。
まぁ、だけど。
「分かった分かった。 やること終わったら聞いてやるよ」
たまには、そういう風に過ごすのも悪くはないのかもしれない。




