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俺とルールと彼女  作者: 幽々
小休憩
77/173

生きる上での目的は 【1】

人生を歩む上での目標はなんだろうか?


日本人の平均寿命は約八十歳だ。 多めに考えるとあと七十年で、少なめに考えるとあと六十年も生きなければならない。 その長い目で見た場合の目標は一体何になるのだろう?


明確に、ハッキリと目標を見据えている人自体が、俺たちの年代では少ないのは分かる。 だからこそ、目標を見据えている奴は「しっかりしている子」だとか「真面目な子」と高い評価を受けることになるのだ。 しかしそれだけでその評価が与えられるのはおかしなことではないか?


夢ならば、誰にでも口にすることができる。 問題はそれを実現できるかどうかで、それだけでしかない。 俺たちの年代で夢を掲げ、生きる上での目的を定め、そしてそれを実現できる奴は一体どれほど居るのか。


恐らく、片手で数えられるほどの人数だ。 たったそれだけしか夢と目的を果たせる奴は居ない。 しかし、とある夢を掲げればそれは実現率が百パーセントとなる。


平穏に生きること。 違う。


結婚すること。 違う。


結婚しないこと。 違う。


仕事に就くこと。 違う。


一生遊びまわること。 違う。


例え一パーセントでも可能性があれば、百パーセントにはならない。 なので、俺はこう言おう。 生きる上での目的、それも必ず実現できる目的。 それは。


死ぬことだ、と。






授業が終わり、教室でしばらくの間ぼーっとしたあと、俺は部室へと向かった。 このぼーっとするという習慣は、案外大切なものなんだ。 そうすることによって、一日の疲れは取れていると言っても良い。 まぁ、部活に出ることによって疲労はまた蓄積されるのだが。


「あ、えと……お疲れさま、成瀬(なるせ)くん」


「は、早かったですね。 今日は」


……なんだ? 二人して、妙によそよそしい気がする。 普段なら「成瀬くんだっ!」といって西園寺(さいおんじ)さんは抱きついてくるのに。 ああ、これは妄想の方だった。


しかし、それにしても態度が変だ。 クレアはまだ知り合って間もないから分からなくもないけれど、西園寺さんに関しては明らかにいつもと態度が違う。 俺から視線は逸らすし、あたふたとしている気もする。


「……今日は天気が良いですねぇ!」


パッと明るい顔をして、クレアは言う。 ちなみに雨が降っている。 土砂降りだ。


「そ、そうだね。 すっごく良い天気だね」


そして、何故かクレアと話を合わせる西園寺さん。 いやでも、西園寺さんなら雨の日でも「良い天気」という可能性もなくはないな……。 雨を一概に悪いと決め付けるのは良くないよ。 とか言いそう。 めっちゃ言いそうだ。


「……」


対する俺は、無言で席に着く。 いつもの定位置で、ここで本を読むのが日課だ。 変にツッコミを入れてもあれだし、こういうときは放っておくのが一番だろう。 俺はただここに居るだけの存在だ。 最早置き物だ。


「あ、あー。 そうだ、こんな日にはお出かけするのも良いですよね」


「そうだね! 例えば……スーパーとか!」


こんな日ってどんな日だよ……。 それに、そこで何故スーパーが出てくるんだ。 せめて、もっと高校生らしい選択をできないのか。 それを外れているからこその西園寺さんだけども。


「……ちょっと、スーパーは嫌ですよ! 行ってどうするんですか!?」


「へ? あ、う、うん。 ごめんね、スーパーじゃなくて八百屋さんだね」


「それもどうかと思うんですけど……。 もっと高校生らしい場所にしましょうよ」


おお、クレアがまともだ。 俺が言いたいことをはっきりと言ってくれた。 つか、アメリカ人のクレアがツッコミを入れているってのがまた面白いな……。 西園寺さんのボケはユニバーサルか。


「うーん、高校生らしい場所……」


「そうですね、例えばファミレスとか!」


クレアは握り拳を作り、その拳を手のひらでポンと打つ。 思い付いたときにその仕草をする奴は初めて見たな。 多分、クレアの脳内イメージではそれが正しい日本人の姿なのかもしれない。 不正解とは言えないが、正解とも言えないな。 百点中、四十七点くらいだ。 ちなみに平均点は九十五点。 残念、追試です。


「ファミレス! 良いかも。 あ、でもカラオケも良いかも……」


「……カラオケ」


思わず呟く。 カラオケにはあまり良いイメージがないぞ。 強制的に連れて行かれたことを思い出す。 そして強制的に歌わされたことを思い出す。 あの部屋、俺にとっては拷問部屋だ。 西園寺夢花(ゆめか)の拷問タイムだ。


「成瀬はどうですか! カラオケと、ファミレス!」


「……え、俺か?」


いきなり俺に振るなよ。 さっきの呟きが聞こえてしまったのか? こう、なんだか面倒くさいことになり始めている気がする。 面倒くさいの「面ど」くらいまでは行ってるな、多分。


「そう! 成瀬くんはどっちが良い? カラオケとファミレスだったら」


いや全然面倒じゃないな。 西園寺さんにそう聞かれたら、答えるしかあるまい! だって西園寺さんだもん、クレアじゃないもん。


「そうだな」


読んでいた小説にしおりを挟み、一旦俺はそれを閉じる。 読むのがつらい描写のところだったから丁度良い。 恋愛描写はあまり好きになれないんだ。


「高校生らしい場所ってことだったよな。 それならやっぱり」


「盗み聞きしてたんですか。 どういう神経ですか」


「……聞かれたくない話なら外で話せよ。 てかお前、それで俺に聞くとか怖いよ。 で、そうだとするなら……俺のオススメは、コンビニかな」


そう、それが最高の選択だ。 何も、その二つの内どちらかを必ず選ばなければいけない……なんてことはないのだ。 俺が提唱するのは、第三の選択肢だ。


「コンビニって中学生ですか。 せめてゲームセンターにしてくださいよ」


「なんでコンビニが中学生なんだよ。 老若男女、誰しもが利用する店だぞ」


「はぁ、分かってないですね。 確かに成瀬の言う通り、ろうにゃくにゃんにょ……にょうにゃくにゃんにょ……にゃんにゃくにゃん……幅広い年齢層を獲得しているお店ですが!」


恥ずかしさからか、クレアは席を立って言う。 諦めるなよ……もう少しで言えてたぞ、惜しい惜しい。 にゃんにゃんうるさいけどな。


「ふ、二人とも喧嘩はだめだよ……?」


「喧嘩じゃない、議論だ。 それで、続きは?」


俺とクレアに挟まれ、あたふたとしている西園寺さんを尻目に、にゃんにゃん娘に続きを促す。 議論なら大好きだ、一日中付き合ってやっても良い。


「良いですか、よく考えてください。 中学生がもっとも使うお店ナンバーワン、それもまたコンビニなのです。 それが高校生となると、ゲームセンターやファミリーレストランに移行していきます」


……ふむ、確かにその通りだ。 ファミレスなんか、高校生の男子女子混合グループがわいわいと楽しそうにしているのを良く見かけるほどではあるし。 もうファミリーって部分を変えた方が良いんじゃないだろうか。 いやけど、もしかしたら「ファミリー」という部分には、家族のような親しげな仲、という意味も含まれているかもしれない。 高校生って「俺たちマジファミリー」って良く言っている馬鹿がいるからな。 大学行ったらファミリーからアクウェインタンスになるとも知らずに。


「ついでに言わせてもらうと、大学に行くとそれがカフェになります。 要するに歳を重ねるごとに、通うお店もそれに伴うというわけですね。 なので、この場面でコンビニという選択は論外です。 論の外で論外です」


「なるほどね。 クレアらしい筋が通った説明だ。 世間一般ではその通り、自分の年齢に見合った店ってのがある。 それは納得せざるを得ない」


「ふふ、そうでしょう」


「……ところでクレア、人間の中で一番偉いと言われているのは誰だ?」


「一番偉い人、ですか。 徳川家康ですかね。 天下統一を成し遂げ、二百六十四年にも渡る太平の世を築き上げた功績は大きいと思います」


「いやそうじゃなくて……。 もっと大雑把なカテゴリで良いよ。 赤ん坊と、子供、中高生、成人、中年、老人、どれだと思う?」


というか、一番偉いでその名前が出てくるとかどれだけ日本が好きなんだお前は。 俺より日本史に詳しそうだな……。 俺って歴史なんかに殆ど興味ないし。


「そういうことでしたか。 それならば、老人ですかね。 やはり、年齢というのは絶対に超えられない壁ですし、長い人生を歩んできた道のりは馬鹿にできません」


「だろ? なら、老人がもっとも身近にあり、都合良く使える店はどこだ?」


「老人ホームです」


「ちげーよ馬鹿! お前絶対お年寄りを尊敬してねーだろ! それに俺は店って言ったんだ! 老人ホームは店じゃねえ!」


こいつ、老人イコール老人ホームに結びつけやがった……。 畏敬の念とか全く持ってないだろ。 今すぐ頭を下げて謝れ。


「なら、どこだと言うんですか?」


クレアは立っているのに疲れたのか、ソファーの上に胡座を掻いて腰掛ける。 上履きを脱ぐあたり、日本人気質だな。 まぁそれよりも短いスカートでそれをやられると、目のやり場に困るんだけども。


「良いか、考えてみろ」


言い、俺はクレアから顔を逸らして説明する。 まず第一に、大学生までの流れは先ほどクレアが述べた通りだ。 しかし、俺が言っているのはその後のこと。 年を取り、体も自由が効かなくなり始めの年齢だ。 そのとき、彼らはどこへ行くか?


勿論、ファミレスなんて行ったりはしない。 グループで極稀に行くことはあったとしても、年に数回程度だろう。 次にカフェ、これはもう似合わない……じゃなかった。 行くことはまずないと言って良い。 カフェよりも、行くとしたら喫茶店だ。 だが、それよりも彼らが気楽に足を運ぶことができる店がひとつ存在する。


それが、コンビニなのだ。


コンビニというのは、メリットの塊である。 良いところを上げればキリがないが、俺が思うに……身近にある、品揃えが良い、入りやすいの1M1S1Hだ。 略す必要ねえな、一つもイニシャル被ってねえや。


「でも、そう言われるとそうかも。 コンビニで始まって、コンビニで終わるってことだよね?」


終わるという表現がこれ以上なく怖いが、大体そんな感じで合っている。 スタート地点がゴール地点というからくりなのだ。 つまり、わざわざゴール地点にいるのに移動する必要はないということ。 このゴール地点に留まっていれば、無駄な体力や労力を割く必要さえない。 人生とはコンビニである。


「む……説得力があるのが悔しいですね。 なんだか屁理屈をそれっぽく言っている気もしますけど」


「屁理屈でも理屈は理屈だ。 納得したのは事実だろ?」


俺が言いながらクレアに顔を向けると、クレアはゆっくりと頷く。 幸いにも、クレアは足を床へと降ろしていた。 目のやり場に困ることなく、俺もクレアの方へと顔を向けられる。


よし、これでコンビニの偉大さが分かってもらえるなら良い。 コンビニこそ、最強の店なのだ。


「オールマイティーがコンビニ、高校生がファミレス、大学生がカフェ……ということですね。 それならば、コンビニもありのような気がしてきました」


「だろ? 誰しも使うのがコンビニだ。 ほら、西園寺さんだって使うだろ?」


と、俺とクレアの議論を静かに聞いていた西園寺さんに尋ねる。 すると、西園寺さんはこう言った。


「えと、わたしはどっちかって言うと、タイムセールのときのスーパーかな? えへへ」


「……主婦だな」


「……主婦ですね」


ここに来て初めて、クレアと意見が合ったと思う。




「で、結局は選択肢が増えただけですか。 ええっと、ファミレスにカラオケにコンビニと……」


「そんな悩むことか? 適当に三日くらいに分けて行けば良いじゃんか。 今日はファミレスで明日はカラオケ、みたいに」


当初の問題は未だに解決しておらず、二人が行く場所は決まっていない。 どうせなら全部行けば良いのにと思って俺は言ったのだが。


「それは……駄目なの。 今日、行くところだから」


そんな風に、否定されてしまう。 俺としてはそこまでして今日に拘る理由がまったく分からない。 思えば、今日は最初から二人の様子はおかしかった気もするし。


「ふうん……。 ならいっそのこと、くじで決めたら良いじゃんか。 紙を三枚入れて、そっから引くってやり方で」


「ダメです! いくらなんでも適当すぎます! 折角のきね……んー!」


クレアが何かを言いかけたところで、西園寺さんがその口を慌てて塞ぐ。 仲の良い姉妹みたいだな。


「えへへ、やっぱり成瀬くんに選んで欲しいかな」


「ぷはっ! 死ぬかと思いました……」


というか、ソファーの上でじゃれ合わないで欲しい。 元々目のやり場に困っていたのに、更に困る状態になってるじゃないか。


女子高生二人が絡み合うという光景から俺は再び目を逸らし、壁にかけてある時計へと視線を向ける。 気付けばもう、四時を回りそうな時間だった。


……あーやべ、今日は珍しく用事がある俺だった。 真昼(まひる)にも早く帰ってくるように言われてたんだった。 あいつは俺の親か。


「んー、ならカラオケで」


「ほんと!? やった!」


喜ぶ西園寺さん。


「はぁ!? ファミレスでいいじゃないですか!」


怒るクレア。


「いやだって、西園寺さんの意見最優先だからな、俺とか」


そもそもの話、俺にそれを求めるのが間違いだ。 というかコンビニとかどうでも良い。 西園寺さんさえ喜べばそれで良いや。 何より早く帰らないと真昼に殴られるからな。 俺の中では妹である真昼が一番大事なんだよ! とでも思っていれば、妹想いの良き兄になれるだろうか。 いやただのシスコンかこれ。


「えへへ、ありがと」


「……どういたしまして。 んじゃ、俺はちょっと用事あるから帰るわ。 お疲れ」


言って、席から立ち上がる。 隅にまとめて置かれている学生鞄の群れから自分のを取り、部室の扉に手をかけたときだった。


「ストップです成瀬!」


「ぐえっ!」


背中にずっしりとした重み。 そして締め上げられる首元。 クレアの奴が、俺に飛びかかってきやがった。 「ストップです」じゃなくて「ストップ、デス成瀬」という死の宣告か。 というかマジで死ぬ死ぬ死ぬ! 息できねえから!


「く、クレアちゃん! 成瀬くんギブアップだって!」


いや負けてないよ? 俺はギブアップなんてしてないよ? だけど離せ、俺は決して負けてなどいないけど離せ。 このままだと帰らぬ人となるぞ。


「お、おー。 失礼しました」


何に感動したのか、クレアはそんな声を漏らして俺からようやく離れる。 マジで首折れるところだった。 この怪力チビ絶壁女め。


「……げほげほ。 で……なんだよ、一体」


「え? まだ帰らせるわけにはいかないからですよ」


クレアは腰に両手を置き、にっこり笑って言う。 スカートにシャツというこの上なくラフな格好だが、それがここまで似合う奴もいないだろう。


文化祭とかでバンドが着ていそうなロック系のピンクシャツに、改造してあるスカートという校則にバリバリ喧嘩を売っている格好はクレアらしい。 その所為で先輩方から絡まれることもあるらしいが、それすら上等でやっているとのこと。 我が道を行くクレアさんだ。


正直、嫌な予感しかしない俺である。

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