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俺とルールと彼女  作者: 幽々
異能の世界
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最後の一人 【4】

本日、二話更新となっております。 前話未読の方はご注意ください。

「よ」


「お疲れさま、成瀬(なるせ)くん」


次に向かったのは、西園寺(さいおんじ)さんのもとだ。 今回の世界ではクレアと同じくらい、西園寺さんの能力は貢献してくれたと思う。 彼女が居なくてもまた、目的を達成するのは不可能だっただろう。


「色々あったな、ほんと」


西園寺さんは椅子に座り、お茶を飲んでいた。 そんな西園寺さんの隣に腰をかけて、俺はそう切り出す。


「うん、そうだね。 わたし、成瀬くんの力になれたかな?」


「なに言ってんだよ。 そりゃもう、これでもかってくらい力になれてたよ」


むしろ、居るだけで良い! 居るだけで俺は元気になる! なんてこと、本人の前では絶対に言えないことだけど。 こう考えるとやっぱ、西園寺さんは俺にとって特別な存在であるのだ。


そう、特別な。 他の人とは少し違う、特別な存在だ。


「ほんと? なら良かった……えへへ」


本当に安心したような表情を西園寺さんはする。 どこまでも真っ直ぐで、どこまでも正しく、どこまでも優しい西園寺さん。 欠点なんてない……ことはないけど、それでも俺が尊敬する相手なんだ。 俺が彼女を助けたことよりも、彼女が俺を助けてくれたことの方がよっぽど多い。


「いっそのこと、お礼をしたいくらいだな」


ぼそっと俺は言ったのだが、どうやら西園寺さんの耳にはその言葉が届いたらしい。 俺に顔をぐいっと近づけると、西園寺さんは言った。


「な、成瀬くんっ! それなら!」


「うおっ……」


久し振りだ、この感覚は。 懐かしいような新鮮なような、恥ずかしいような。 そんな、感覚だ。 てか、なんだ? 西園寺さんがここまで必死に言うことって。


「今度ね、今度……駅の近くに、新しいパスタ屋さんができるの。 だから、一緒にいこ?」


「……あ、ああ」


西園寺さんは、どこまで行っても西園寺さんだった。 それが面白くもあり楽しくもあり、全ての終わりを教えてくれた気がする。




「……そういえばね、成瀬くん」


それから少し経って、西園寺さんが口を開く。 お茶が入ったカップを両手で持ち、口を付けながら。


「クレアちゃんのこと、なんだけど」


クレアのことか。 言われそうだとは思っていたけど、このタイミングとはな。


「過去のこと……でいいよな、この場合」


「うん、そう」


「そう言うってことは、全部聞いたんだな」


俺の言葉に、西園寺さんは頷いた。


昔話。 クレアにとっては、思い出したくもない昔話だ。 正直、俺はどうやってそれを解決すれば良いのかなんてことは分からない。 俺や西園寺さんにできることなんてたかが知れているし、クレアもクレアでそうして欲しいだなんて思ってはいなさそうだ。 なら、俺たちはどうすれば良いのだろう。


「俺たちに何ができるんだろうな。 あいつの、昔のことなんて」


「……何もできないと思う。 クレアちゃんの傷をなくすことは、できないとわたしは思う」


……驚いた。 西園寺さんが、そんなことを言うなんて。 俺はてっきり「どうにかしよう」とか「何か考えよう」とか、そういうことを言われるのだとばかり思っていた。


「諦めようってこと?」


俺が聞くと、西園寺さんは首を振る。 そして、こう言った。


「傷をなくすことはできないよ。 クレアちゃんは、一生それと向き合うことになると思う。 でもね、成瀬くん」


「傷をなくすことはできなくても、これ以上傷付かないようにすることはできるんだよ。 クレアちゃんって結構無茶をするところがあるから、そんなときに支えてあげることはできるんだよ。 それが正しいと、わたしは信じているから」


そうか。


そうか。 違うんだ。 西園寺さんは正しいってわけじゃないんだ。 この人はいつだって、そうなんだ。


正しいわけじゃない。 正解を知っているわけじゃない。 西園寺さんは、間違えることを知らないだけなんだ。 そしてそれこそが、俺が憧れている部分なんだ。


知らずとも、この人は強い。 知らずとも、間違えない。 知らずとも、自分の信じた道を進む。


それこそが、彼女の強さなのだ。


「だったら、二人で一緒に歩いてやるか。 あいつの歩くペースってめちゃくちゃ早いから、大変かもしれないけど」


「うんっ! 成瀬くん、ありがとう」


どうして俺に礼を言うんだよ。 俺はただただ、世渡りが上手なだけなんだ。 それに、気付いてしまったんだ。


俺のこの気持ちの正体に、ようやく。 長く悩まされた一つの問題に答えが出た。 どうやらこれは、あの夏からずっと続いていた勘違いだ。




「待ってましたよ」


時刻は夕方、空は赤く染まっており、太陽はゆっくりと沈んでいく。 そんな夕日を眺めながら、クレアはお気に入りと言っていた廃墟の屋上に居た。 腰をかけ、髪を靡かせながら。


「そりゃ、悪いことをしちゃったな。 レディーを待たせるなって、妹によく叱られてるんだ」


「れ、れでぃ……」


なんだ? なんでそんな驚く? ていうか、クレアが言った「レディ……」ってもしかしてレディゴーのあれか? え、もしやバトル始まっちゃうの? 逃げようかな。


「あ、えと。 妹に叱られるということは、一緒に出掛けたりするんですか?」


「ん、ああ、まぁ」


俺は言葉を濁しながら、クレアの隣に座る。 その妹の話については良い思い出が一つも思い出せないので、とっとと話を変えたい。 いやマジで、良い話が皆無って改めて考えるとすげえな。 俺の妹って悪い話生産機だったのかよ。


「へぇえええ。 成瀬って妹のこと殴ったりしてそうでしたので、意外です」


どんな兄貴だよ。 つうか、殴られているのは俺の方だっての。 お前と相性が良さそうな妹だよ、あいつは。 そういや、電話で話したことは結構前にあったっけ?


「そーかよ。 ま、別にどう思われようが良いけど」


「うわ、冷たっ」


クレアは口ではそう言うものの、顔は笑っていた。 両手を俺に向け、壁を作りながら。 いや、クレアはそのつもりなのだろう。 でも、その腕は片方しかない。


……こいつがどう言おうと、やっぱり俺の責任だよな。


「なーに変な顔しているんですか。 私は本当に大丈夫ですよ」


「……あー、うん。 それは、分かるけど」


勘が鋭い奴とは話しづらいことこの上ない。 それに俺が、大丈夫じゃないんだよな。 いくらこいつがそう言ってくれても。


「なんなら見ます? 触ります?」


「お前凄いな……」


感心してしまう。 今こうして、包帯を取ろうとしているこいつを見ていると。


「あ、ちなみに結構グロいことになってます」


「やっぱやめる」


「冷たいですね!?」


いや、だってそんなこと言われて見る奴はいないだろ。 その前置きさえなければ良かったんだけどさ。


「まぁ、良いですけど。 それよりも、知り合いたちにどう説明すれば良いんですかねぇ……。 それが一番大変そうですよ」


「……だな。 俺もできる限りの協力はするよ」


「ふふ、できる限りって部分が、成瀬らしいですね。 気休めを言わない辺り、好きです」


「そうかよ」


あまり、男子に向かって「好き」とかいうな。 勘違いを起こしそうになるだろうが。 危うく告白だと捉えるところだったぞ。


「それはそうと、西園寺とは話をしたんですか?」


「ん? おう、クレアの前にな」


「そうですか。 なら、私が最後の一人ですね」


「ん、そうだな。 そうなる」


「ふふ、そですか」


そう言うクレアは何故か、満足そうにする。 それがどうしてなのか、俺には分からない。 でも、こいつが満足しているならそれはそれで良いかな。


「成瀬は戻ったら、最初に何をします?」


「俺か。 とりあえずは、帰って風呂かなぁ。 家の風呂に入りたい」


「お、良いですね。 私もそうします」


「なら一緒に入るか」


「……」


冗談だよ。 だからそんな汚いものを見る目で俺のことを見るな。 泣くぞ。


「……あー、けどそれより先に、お前に会っとくかな。 腕のこともどうなるか気になるし」


「……そうですか。 それなら、私が会いに行きますよ。 私の方が、足速いですし」


当然のように言うんだな。 事実だけどな。 ちょっと悲しい事実だ。


つか、こいつって良く考えるとかなり高スペックだよな……。 頭良いし、見た目良いし、運動神経良いし。 欠点があるとすれば……スタイルか。


「いって! いきなりなんだよ!?」


「私も分かりません。 ですが、すごくムカつきました」


恐ろしい女だ。 俺が何を思っていたかはとりあえず置いておくとして、そのなんとなくで後頭部を思いっきり叩かないで欲しい。 俺が馬鹿になったらどうすんの。


「とにかく」


クレアは言うと、立ち上がる。 右手で髪を掻き上げて、沈む太陽を眺めながら。


「お疲れ様です、成瀬。 これで日常ですね」


「とりあえずは、な。 また次に何が来るか分からないし、全然休めそうにねぇけど」


俺も立ち上がり、クレアの横に立つ。 確かに大変だったし、死ぬかと思うことも何度もあった。 でも、それでクレアのことが少しだけ理解できたのは、素直に嬉しかったりするんだ。 自分自身のことも、少し分かったしな。


「お疲れ様、クレア」


そのときのクレアの笑顔は、今まで見たどの表情よりも、可愛かった。




「挨拶。 お久し振りです」


それから、クレアはやはりもう少しあの屋上に居るとのことだったので、俺はその辺をぶらぶらと散歩していたときだった。 目の前に突然、そいつは現れた。


「……もう少し、前触れとかないのか。 毎回毎回突然現れやがって」


「返答。 私は配慮ができないので」


久し振りに会ったそいつは、何も変わっていない。 番傘を持ち、割れた狐の面を付けた男だ。


「そうかよ。 別に良いけど、これで帰れるんだよな?」


「返答。 はい。 目的は達成されましたので終わりとなります。 今すぐに終わらせても良いですが質問などがあればお答えしますよ」


質問……。 そうだな、いくつか聞いておきたいことはあるから、それからにしてもらうとするか。 別に今すぐ帰らないといけない理由なんて、ないんだし。 こいつから得られる情報は得られる内にってところだな。


「なら質問だ。 現実世界だと、どのくらいの時間が経ってる?」


「回答。 一秒も経っておりません。 行方不明ということになると面倒なので時間は止めてあります」


とてもひょうひょうと言うが、とんでもないことだぞそれ。 未知数どころか、最早神に近い存在って感じなのか? この男は。 会う度にどんどんと大きなことをしでかしているし……。


「次だ。 クレアの腕はどうなる?」


もっとも、重要な質問でもある。 この世界で失ったものが元に戻るかどうかだ。 方法があるなら、俺はそれをしたいとも思っているくらいだしな。


「回答。 成瀬さまの片腕と引き換えで戻しても構いません。 そのような方法もあります」


「……俺の腕と?」


「返答。 はい。 どうされますか?」


俺の、腕と。 俺が腕を一本失い、クレアの失った腕は元に戻る。 引き換えってのはつまり、そういうことだ。


あいつが腕を失ったのは俺が原因だし、クレアに腕が戻れば俺は嬉しいし、クレアだって喜ぶはずだ。 クレアの想いを能力で知った俺だから、それは絶対だと言える。 対して俺は、腕が片方なくなったところで大して困らないと思う。 俺もクレアも困らない方法だ。


けど、クレアのそれは何も引き換えがない場合に限って。 だったら。


「断る。 それじゃ、クレアは喜ばない」


「返答。 そうですか。 それは残念です」


これで、良いんだ。 あの優しい馬鹿は絶対に、俺が犠牲になったら傷付く。 これ以上ないってくらい、傷付く。 それだけは、嫌だ。 もうあいつには泣いて欲しくない。 腕の一本の代わりに、俺が働けば良いだけの話だ。


「発言。 ならば引き換えはなしにしましょう。 無条件で治します」


「……は? それ、ありなわけ?」


「発言。 成瀬さまの腕と引き換えにする方法もあるというだけです。 どのみちいきなり腕が消えたら色々と面倒なので。 ほら周囲の認識ですとか」


「お前の都合ってわけか。 相変わらずムカつく奴だな」


でも。


でも、良かった。 これで、クレアは今まで通りに戻れるんだ。 それだけでもう、俺はどうしようもなく嬉しく、立っているだけで精一杯だ。 こんな姿、クレアには絶対見られたくないけどな。


「発言。 騙すような真似をしたお詫びに一つだけ聞きましょう。 私の仕返しをクリアしたプレゼントと言っても良いです」


仕返し……? あー、この野郎……もしや前の人狼ゲームの仕返しってこれか。 俺だけやたら弱いと思ったら、そういうことかよ。 性格悪いな。


「聞くって、何を」


「返答。 願いです。 願いをなんでも一つ叶えます。 私に干渉すること以外で」


要するに、消えろとかそういうのは駄目ってことか。 けど、いきなり言われても困るな。 つうか、なんでこいつはいきなりデレているんだ。 反応に困る。 クレアがデレない限り、これ以上困ることはこの先ないだろうな。


「なら、そうだな」


そして、俺は咄嗟に思いついた一つを伝える。 本当に、あとになってなんでこんな願いごとをしちゃったんだろうなって思うほどの願いごと。 だけど、後悔はしていない。


「返答。 分かりました。 その願いは叶えましょう」


さて、それではそろそろ帰るとしよう。 随分疲れた長旅も、死ぬかと思った戦いも、難しいと感じた過去のことも。


「発言。 課題その参。 殺し合いをしましょう。 この世界には能力者が五人居ます。 彼らを全て倒してください」


「お見事でした。 次はもう少しスケールを大きくしてみます」


「しなくて良い」


俺が言うも、男は無視して続ける。 上等じゃねえか、そういう態度を取られると、俺もやる気が出るってもんだ。 スケールがどうとか知ったことか。 俺は、出された課題をクリアしていくだけだ。


この終わりの見えない課題も、俺は心のどこかで楽しんでいるんだろうな。


「質問。 最後に一つ教えてください」


「なんだ?」


「今回の世界。 最後の一人の存在に行き着くまでが少々早すぎると感じました。 成瀬さまたちの力ではもう少し時間がかかるはずなのです。 何故でしょう?」


その質問の答えを俺は知っている。 あいつだ……米良(めら)明麻(あけま)だ。 あいつが俺にヒントを与え、そのおかげで存在に気付けた。 最後の一人は弥々見(ややみ)だということに。


……どうする? 名前を出すか?


『そ。 これだけは覚えておいて。 わたしは成瀬くんの味方で、西園寺夢花(ゆめか)の味方でもある。 今は、クレアちゃんの味方でもあるのかな。 だからこれだけは絶対に、忘れないで』


いや、そうだ。 俺はそう言われた。 それにこの男の様子じゃ、米良の存在に気付いていないのだ。 ならば。


「さぁな。 お前が俺たちのことを下に見すぎていたんじゃないか」


「……かもしれません。 では挨拶。 それでは成瀬さま。 またお会いしましょう」


こうして、異能の世界は終わりを告げる。 呆気なく、男のひと言によって。

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