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俺とルールと彼女  作者: 幽々
異能の世界
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最後の一人 【3】

成瀬(なるせ)、少し話をしたい」


俺はそう言われ、ディジさんに連れ出される。 断る気もなければ、俺も俺で少し話したいことがあったから、丁度良くはあった。 でも、こんな強引に連れ出されるとなんだかクレアをちょっとだけ思い出すな。 あいつって普通に強引だから……良く言えば意思が強いとも言えるけど。 悪く言えば唯我独尊だ。 当然、悪い意味で。


「まずは、お礼かな。 私たちに協力してくれてありがとう、成瀬」


「別に良いって。 俺たちと目的が似たようなものだったから協力したまでだしな。 目的が違えば敵同士だったかもしれないし、お礼を言われるほどのことじゃない」


この世界も、季節は冬なのだろうか? 吹く風は昨日よりも冷たい気がした。 空は澄んでいて、今日の星空は本当に綺麗だ。 夜風はこれまでの戦いを冷ますように、冷たく身に突き刺さるようだった。


「そうか」


ディジさんは言い、空を見上げる。 一体何を思っているのだろう? 一体何を感じているのだろう? この一連の戦いは、俺たちに何を教えてくれたのだろう?


クレアは言っていたっけ。 戦いに良いことなんて一つもないって。 今回、そんな戦いに混じって良く分かったよ。 勝っても負けても、幸せになる戦いなんてきっとないんだって。


だから。


だから、俺は思う。 もしも次に誰かと戦うことがあるのなら、そんな戦いをしようってな。 誰かが幸せになれる戦いをしようってな。 いつかまた起こるかもしれない戦いは、しっかりと誰かのために戦うべきだ。


守りたい人を明確に、鮮明に。 何かを守るには何かを失わなければならない。 その覚悟をしっかりと持とう。


「リーダ……弥々見(ややみ)は、死んだよ」


「ああ、知ってる。 最後の敵が身内だなんて、笑えないな」


「ふふ、まったくだ。 私たちは裏切られ、沢山の仲間を失ったよ。 でもな、一応墓は作ったんだ。 中立エリアの外れに」


「へえ」


驚いた。 ディジさんが仲良くしていた人たちは弥々見に殺されたっていうのに……この人は、それを恨んでいないというのか? 墓を作って、弔うということは。 俺がディジさんの立場だったら……考えられないな。


それに、弥々見はディジさんの親友を殺した仇でもあるんだ。 それでもこの人は憎まない、他人を嫌いになれない。 ある人はそれを呪いだと言い、ある人はそれを優しさだと言うかもしれない。 ならば、俺は。


「あんたらしいな」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


ディジさんは笑い、俺も笑う。 こういう瞬間に、俺は強く思うんだ。 あの番傘男が始めた、ルールが設定された世界のゲーム。 あの夏から始まった一連の異常の中で、俺は笑うことが増えているということを。


……ま、だからといってあいつにお礼なんて言わないけど。


「あれでも、私たちを引っ張ってくれた奴だ。 どこで間違えたのかは知らないが、それは事実なんだ。 私くらいは弔ってやらないとな」


「殺されそうになったのに……親友を殺されたのに、か」


「そうだ」


迷いがなく、ディジさんは俺の顔を見て言う。 その青い瞳は吸い込まれそうなほどに綺麗で、声色はとても落ち着いていた。 この人は本当に……強いな。


「君なら、私にどうして欲しかった? 成瀬が、()()()()()()()だったとして」


「そりゃ……意地の悪い質問だな」


ディジさんも気付いたんだ。 この世界の本質に。 ディジさんが何者で、俺が何者なのかということに。


「私はそうだろう? 生き方が違ったんだ、性格も違うがな。 それでも、私は私だよ」


「それもそうか」


「そうだよ。 それで、質問の答えは?」


「んなの、決まってるだろ。 俺は」


俺の言葉を聞いたディジさんは再度、笑う。 俺も自分でおかしくなってきて、ついつい声を出して笑ってしまう。 その時間は西園寺(さいおんじ)さんやクレアと一緒に過ごしているときのような、そんな時間だった。


そして最後に、ディジさんは俺に向けて言う。


「成瀬、私はこう見えて案外繊細なんだ。 だから――――――」


その言葉を聞いて、俺は返事をする。 それが正しいことでも間違ったことでも良い。 俺は、その道を信じよう。




次に俺は、王場(おうば)さんの元へと向かった。 毒雨(どくさめ)の一件があってから王場さんとは会っていなかったのだ。 ディジさんづてに聞いた話だと、かなり悩み、とても戦える状態ではなかったとのこと。 それでも一度、顔を合わさなければなるまい。


「久し振りだな」


王場さんが居ると言われた崖に行くと、王場さんはそこに横になっていて、俺が来たのは気配で気付いたようだ。


「久し振り」


その横に腰をかけ、俺と王場さんは少しの間、沈黙する。 やがて口を開いたのは、王場さんだった。


「終わったんだな」


「ああ、終わったよ」


「お前の方は大丈夫なのか? その、この前のアレは」


言っているのは多分、死眼の剣(アンイーター)のことだろう。 正直そのときの記憶はなく、西園寺さんに聞いた限りだから……こう言われても、大丈夫なのかどうかが自分でも分からないんだよな。


「まぁ、多分」


「そうか。 お前は強いな」


……王場さんから見たら、そう見えるのか? 俺自身、絶対にそんなことはないと思うけども。


「あのときさ、俺は剣を抜けなかったんだ。 頭の中が真っ白になっちまって、成瀬の様子がおかしくなったときも、止めたのはあの嬢ちゃんだった」


王場さんは起き上がり、自虐的に続ける。 柄にもなく弱々しく、ここまで落ち込んでいる王場さんは珍しい。 それほどまでに、一連のことは王場さんにダメージを与えたのだ。


「多分な、剣を抜いてたとしても……使い物にならなかったと思う。 意思がない限り、剣はそれに答えちゃくれねぇ。 戦う意志がない奴には、力を貸してくれねぇんだ」


それは……そうだな。 でも、それは果たして悪いことか? 俺はなんだか、それはちょっと違うと思う。 剣はもう、戦うなと言っているだけなんじゃないだろうか。


「俺は一体、何を学べたんだろうな。 動きたいときに動けないことか? 裏切られたときの気持ちか? 助けたい奴を助けられない孤独か? 情けない自分をか?」


「……そうだな、ハッキリ言って良いのか?」


「ああ、むしろそうしてくれ。 お前の言葉が聞きたい」


なら、言おう。 俺が思ったことを正直に。 ディジさんも王場さんも、きっと勘違いしているんだ。


いや、二人だけじゃない。 俺たち全員、勘違いをしているんだ。


「何も、学べてないよ。 何一つ」


「はは……きっついな、おい」


「けど」


だから、勘違いをしているんだって。 俺たちはまだ、何も学んじゃいないんだよ。 だってさ。


「これから。 学ぶのはさ、これからだろ。 全部が終わって、残されたのは数人だ。 その数人で、これからどうするかじゃないのか? 今までのことで学ぶんじゃなくて、これからのことで学ぶんだ」


それが、俺の思うこと。 殺し合い、戦争、戦い。 それらで学ぶのではなく、これからで学ぶ。 それこそが、王場さんたちがするべきことじゃないだろうか。


「これから……か。 そうだな、そうだよな! 今日は終わりじゃねぇ! 始まりだ!」


王場さんは立ち上がり、宣言するように続ける。


「ありがとな成瀬! 俺、絶対に姉御を落として見せるぜ!」


「はは……」


そういうことじゃ……ないんだけどな。 ま、良いか。 形はどうであれ、王場さんがやる気を出したのは事実だ。


良くも悪くも、最後の最後まで単純な人である。




「なんとなく、来るとは思ってた」


次に向かったのは、修善(しゅうぜん)さんの下だ。 この人ともまた、話さないと駄目だと感じていたから。 唯一、能力者として協力してくれた人で、能力者と非能力者の共存の道標にもなる人。


「修善さんには、色々聞きたいことがあるからさ」


「そうかい。 ま、俺が答えられることならなんでも答えよう」


いつか、二人でさまざまな戦いをしたテーブルを挟み、俺と修善さんは腰をかける。 すると、修善さんはその脇から将棋を取り出した。


「ただ話すだけってのもあれだろ? ゲームをしながら話そうか。 それに俺も俺でいくつか聞きたいし」


「分かった」


先手は修善さん。 一手動かし、口を開く。


「さ、どうぞ」


「んじゃ、最初の質問だ。 ディジさんには、話したのか?」


最初に玉を二、八か。 つうことは、美濃囲いか? となると、恐らく使う戦法は振り飛車かな。 なら、王道に乗っかって上部からの攻めってところだ。 何事も、まずは基礎から。


「……いや、話してない。 話す必要はないと思っているから」


「そっか。 昔会ったことがあるってひと言伝えれば、気まずい感じもなくなると思うんだけどな」


次に、銀を三、八。 やはり美濃囲いだ。 前まで将棋をまったく知らなかったというのに、飲み込みが早すぎて恐ろしいほどだな。 それに比べてクレアの奴は、飛車角金銀落ちで俺に完敗するほど飲み込みが悪かったりする。 西園寺さんとは九割の勝率を維持できているけど、一割の負けが気に食わなかったりする。


「彼女もそれは分かっていると思うよ。 多分だけど、彼女は俺のことに気付いていながら、黙っているんだ」


気付いていながら? それは一体、どういうことだ? 気付いていながら何も言わないメリットって。


「分からないな。 楽な道を選ばない理由が。 修善さんもディジさんも、どうしてそれを選ばないのかが」


「あはは、簡単な話さ。 お互いに知っている状態から始めるより、知らない状態で始めた方が見えないものも見えてくるかもしれないだろ?」


そうかねぇ。 俺としては、知っているということが何より重要だと思うんだけどな。 例えば……俺と西園寺さんがお互いを知らないで一から始めたとしても、今と同じ関係にはなれないと思うし。 今の関係が気に入ってる俺からしたら、やっぱり知っているってのは重要なんだ。


「成瀬、世の中には知った方が良いことと、知らない方が良かったことがある。 それは分かるか?」


「ああ、それはな。 でも、今回のことがそれに当てはまるかって言われたら……微妙だと思う」


俺の言葉に修善さんは笑うと、その一手を打ち出した。 俺が全く考えていなかった、予想もしていなかった一手を。


「なら、俺のこの一手だよ。 君はこれを予想していなかっただろ? 俺はさ、彼女と新しい道を探したいんだ。 そのためには過去なんて、邪魔でしかない」


「……」


囲いを崩した……? なんだ? そのデメリットだらけの一手は。


「はは、やっと手が止まったね」


新しい道ね。 そういうのもまた、大事なのかな。 俺にはとても分からないが、修善さんがやりたいことってのは多分……クレアが言うところのルール破りってことなのかもしれない。 それなら、そうだとするなら、それはきっと、ディジさんも望んでいることだ。


ならば、俺がするべきこと。 道の険しさをこの人に教えてやる。


「その道は多分難しいな。 もしも行き詰まったとき、修善さんはどうするんだ? 王手だよ」


「む……参ったね、これは。 投了だ」




「どうして、駒を盾にしなかった?」


最後の一手、修善さんの持ち駒を使えば一旦は詰みを回避できたはずだ。 それなのにこの人はそれをしなかった。 どうしてだ? そんな疑問を払拭するため、俺は修善さんに尋ねる。


「もしもあそこで駒を盾にしたとしても、数手先で俺は詰んでいたよ。 君に言わせれば、このゲームが始まった時点で決着は付いていたってところだろ?」


「さあな。 もしかしたら、俺が手を間違える可能性だってあっただろ? その可能性は考えなかったのか?」


「勿論、考えた。 けれど、どちらかと言うと間違えない可能性の方が高かったんだ。 だから俺は投了したまでの話さ」


修善さんはテーブルの上にある歩を一枚取り、俺に見せる。 そして、続けた。


「例えそれが雑兵でも。 例えそれがゲームでも。 無駄な犠牲はなくしたい。 それが、目指すべき道なんだと俺は思う」


「……そっか」


「数年前、俺にも彼女にもそんな戦いができていればね。 こんなことにはならなかったんだ。 もう、後悔はしたくない」


修善さんは言い、俺に歩を差し出す。 俺はそれを受け取るとポケットに入れ、修善さんに背中を向けた。


出した答えが合っているかどうかなんてのは、分からない。 正解なのか間違えなのかなんてことも分からない。 正しい答えは、きっと。


「時間取らせて悪かったな。 まだ話さないといけない奴がいるし、そろそろ行くよ」


恐らくは、最後の別れだ。 もうこの世界での目的を達成している時点で、いつあの番傘男が来てもおかしくはない。


それは修善さんも分かっているのか、歩き出した俺の背中に、こう声をかけた。


「それなら最後に、人生の先輩として二つほど」


「ん?」


「自分よりも強い敵と戦うときは、その敵の弱点を突くんだ。 基本かもしれないけど、これが中々難しいんだよね。 だが、成瀬にならできるはずだよ。 小の虫を殺して大の虫を助ける、覚えておいてくれ」


「……それって、さっきと言っていることが違くないか? 無駄な犠牲はなくしたいって、言ってたろ」


「無駄な犠牲ではないよ。 けれど死者が出ない争いは存在しない。 それに、小の虫が生命だとは限らない。 いつか、役に立つ日がきっと来るはずだ」


「分かった、覚えておくよ。 俺に言ったってことは、修善さんにはできなくて俺にはできるってことだな」


「はは、勘が鋭すぎるとモテないから気を付けな」


余計なお世話だ。 別にモテたくなんてない……と、思う。 多分、恐らく。


「それともうひとつ」


修善さんが俺に向ける最後の言葉。 それは、もう何度も聞いた言葉だった。


「今日は空がとても綺麗だ。 君もそう思うだろ?」


修善さんから視線を外し、俺は窓の外から空を見上げる。 そこには、雲一つない青空が広がっていた。 始まりがあれば、終わりがある。 だけどそれと同様に、終わりがあれば始まりもまたあるのだ。 俺たちと修善さんの話は終わり、そしてまた新しい話が始まる。


「そうだな、俺もそう思うよ」


この人が居るなら、もう大丈夫だ。

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