死眼の剣 【2】
刀を抜く。 修善さんから受け取った、死眼の剣を。 先ほどまで重く感じていた刀は不思議と、とても軽かった。 しっくりと手に馴染み、まるで体の一部のような感覚すらしてくる。 この刀の力なのか、声が、視界が、五感が全て研ぎ澄まされているのが分かった。 体は宙に浮くように感じ、見えていた景色が全て変わる。 他の人の一歩上に立つ感じ……と言えば、分かりやすいか。
刀を抜いた俺は、顔を上げた。 目の前でクレアは泣き叫び、それを見て毒雨は笑う。 笑う、笑う、笑う。 頭を抱え、涙をぼろぼろと零すクレアを馬鹿にするように笑っている。
次に、俺は刀を見た。 柄に埋め込まれているのは、生眼の剣と同様に眼球だ。 その眼は、本来ならば閉じられているはずのその眼は、見開かれていた。 殺意を増幅させる刀、呪いの刀。 なるほど、確かにこんな禍々しい物、呪いの刀といっても差し支えなさそうだな。
刀を上に持ち上げて、眼を見る。 すると、完全に見開かれたその眼と、目が合った。 その瞬間――――――――頭の奥で、何かがハズれた。
カチリと、外れる音が聞こえてきたんだ。 小気味の良い、なんだか楽しくも恐ろしい音だった気がした。 愉快にも思え、不愉快にも思える。
それとほぼ同時にドス黒く、濁った感情が体中を駆け巡る。 血が逆流しているかのように、体は熱い。 眼はギロリと俺を見て、笑った気がした。 愉快に、不気味に、楽しそうに嬉しそうに幸せそうに面白そうに満足そうに気持ちよさそうに、笑った。
「アハ、あハハハハ、アは」
あレ、違うか。 笑っているのは、オレか? 張り裂けそうな感情を表に出して、俺は笑ったのか。 目の前に居る男を見て、俺は笑ウ。 なんだ? 俺は何をするつもりだ? 何をしようとして何を考えている? その答えを出そうにも、脳内はナニカで埋め尽くされた。 何だろう、これは何だろう? 嫌な感じ、とても、気持ち悪い感じ、拒絶したい感情は。 あ、いや、違う。 これは嫌な感情じゃなイ。 とても、とてモ良い感情だ。 ああ、そうだ。 思い出した。 全部全部理解したよ。 俺がナニをしようとしたのかも、何がしたかったノかも、全部ワカッた。
オレは、あの男をコロすことにしたんだっタ。
「アア、楽しソうだ」
「……なんだ?」
毒雨は、オレを見ていた。 怪訝な顔? 付きで。 仮面の所為で見えないヤ。 まぁでも、どうでもイイか。 今はただ、殺したイ。 殺したくて殺したくてコロシタクテ仕方ないヨ。 アイツをどうしてか、何故か何デか、殺してやりたい。 どうやッて、コロそうか? 腕を千切ろうか、足を切り落とそうか、それとも眼球をくり抜くか、どうやって殺そウか? 考エただけで、ワライが止まりそうにないヤ。 すげエ、面白そう。 アあ、楽しみだ。
「アハははははハ。 なぁ、オマエはどういう風に死にたイ? 教えてくれよ? 死に方、選んデよ」
「狂ったかぁ? あはは、良いね良いね愉快だ。 このガキより先に、君が狂っちゃうなんて」
「ナニ言ってるのか、分からなイよ?」
刀を振る。 毒雨はそれを避け、距離を取る。 剣先が当たったのか、毒雨の頬には傷が付いてイた。 だけど、それも毒雨の能力ですぐさま癒えた。 ふフフ。
ナオッタ。 傷が治ったどうしテ? あ、ア、そうか、そう言えばダレかが言っていたっけ。 アイツの毒は自身を治癒できるッて。 つうことはナンだ? 斬っても斬っても死なないのか? なんだそレ。
あ、アハハハハハハハ。 なんだそれ、スゲェ、すげえ楽しそうじゃン。
「成……瀬?」
女が、オレを見ていた。 金髪の女。 これは……ダレ、だっけ。 覚えていないけど、見るとなんだか苦しくナル、気分が悪くなる、誰、だ。 俺の、知っている奴? 俺の、大切な。 ア、まあイイや。 今はそれよりも、あのオトコだ。
「オイ、待てよ」
「チッ!」
地面を蹴り、距離を詰めル。 体はとても軽く、一瞬デ男との距離は詰まった。 男の顔はメの前にあり、オレの方が男ヨりも早いことを理解しタ。 男は怯えたようなカオヲしていて、それがまた面白イ。 口元しか見えないケレド、焦っているのがなんとナク、伝わった。 逃げるの? 逃げるノ? なんで? 逃げるなヨ。
腕を伸ばす。 右腕。 掴んで、どうしようかな? 捕まえテから考えよう。 逃げないで逃げないデ頼むから捕まってくれくださイ。
「この……狂った化け物め。 ボクを殺せば蒼龍が動くぞっ! そしたらお前ら全員死ぬぞっ!?」
オトコは言って、俺が伸ばした腕を掴む。
「死ね、ガキ」
焼けるようなイタミ、痺れ? ああ、これが毒か。 でも、こんなの痛くはねぇ。 クレアの痛みに比べたら、なんにも痛くはねえよ。
クレア、クレア? ナニを今思った? クレアって、ダレだ? 知らない、俺はそんな奴、知らない。 知っテる知らない知らない知らない。 知らないナ。
「あハ」
俺の腕を掴んできた腕を掴ム。 力を入れる。 そうしたら、何かが砕ける音が聞こえた。 キモチノイイ音だった。 パキって、笑えるナァ。 手が汚れた、ぬめっとした感触。 血と、肉。 そレと、骨か。
「ぐぁああああああ!? こ、このガキがっ!! てめぇ一体何をした!?」
良い声。 タノシソウな声。 オレはそれが聞きたかった。 オレ? いや、俺? ボクか? あれ? わたし?
「オレ? 俺か? ボク、ボク僕、わたしワタシだ、ワタクシ、俺、我、オレ、ハハハははハはハ」
そのままワタシは腕を掴んだまま、地面へと打ち付ける。 オトコの体は面白いくらいに跳ね、そのまま地面に倒れこんだ。 何本折れたかな。 一本二本三本四本、沢山ダ。
「イタイ? イタイの? なぁ、ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ痛い? どのくらい? あは、あはは」
妙な方向に曲がった腕を踏みつける。 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。 ぐにゃりとした感触が足越しに伝わって、気持ちが悪い。 イヤ、気持ちが良い。 愉快だ。 幸せだ。 この喜びをもっと得たい。 僕は。
「ひっ……あ、あああっ! や、やめ……ろっ!」
オトコは余っていた腕で、僕の足を掴んだ。 振り下ろしていた足を掴んだ。 汚い手デ触るナヨ。 俺の足に触れるなよ。 その手でお前は何をしたと思っているんだ? アレ、そうじゃない、今のは俺だ、オレじゃない。
だからワタシは、オトコの腕を斬り落とすことにした。 切り落として、刻むことにシタ。
「アッハハハハハハァ! シヌ? 生きる? まだ死なないヨね? 大丈夫だよね?」
「あ、ぐぁ……ぁああああああああああああ!?」
腕は飛んだ。 オトコの右腕はくるくると宙を飛ブ。 思った通りに刻もうと考エたけれド、刀が汚れるノはイヤだな。 だったら、そうだ。 踏む潰そウ。 オレはそのまま、地面へと落ちたそれをぐちゃぐちゃになるまで踏み潰した。 肉片は飛び散って、私の足は血まみれになる。 いい匂いがした気がしたよ。 血の生臭い気持ち悪い良い匂い。 でも、足が汚れちゃった。
「あは、あはハハハはは。 治ってる、また治ってル」
血はもう止まっていた。 今斬り落としたばかりなのニ、もう治ってる。 これならまだ終わりそうにナイね。 ゆっくりゆっくりタノシもう。 ボクの友達、オトモダチはもっと痛かったんだから。 我慢してね。 できるだろう? 人の痛みを知れよ。 ああ、ア、いけない。 また俺が出ている。 オレだ。 オレがそれはやる。 オレが友達のためにやる。
……アレ? 私はずっと独りだった。 独り、一人一人ひとりっきり。 トモダチなんて、居なかったや。 オマエもそうだったろ? ナルセ、オ前もずっと独リだっただろ? 上辺だけのトモダチで、まるでイトのような関係ダろ? そうだよナ?
「や……めろ。 やめろぉ!!」
叫び声をあげる変なの。 なんて言っているのかは分からない。 エヘヘヘヘ、えへへ、分かっているけど聞こえないフリ。 君がやったことだろう? 同じことをわたしはするよ? 自業自得じゃないか。 なぁ、君もそう思うだろう? ナルセ。
俺? オレか? ナルセ、成瀬。 あれ? 俺は今、何をしているんだ? 目の前には、地面に横たわる男。 毒雨……なのか? こいつは、どうして腕が片方なくなっている? その前に、どうして俺がこいつの上に立っている? なん、だこれ。 まるで、地獄のような光景だ。 頭が、痛い。 全身が、痛い。 胸の奥が、痛い。
「俺が、やったのか……?」
「あ、ぐ……ば、化け物め……能力者以上に、化け物だっ! ああくそぉ! いてぇぞぉおおお!!」
男は叫ぶ。 俺が……ここまでやったのか? そうだ、確か、クレアの声を俺は聞いて、そのまま何も考えずに刀を俺は抜いて、それから。 それから、どうなった? どうなったか、じゃない。 目の前に広がっているこの光景は、俺がやったんだ。 この男の腕を切り飛ばして、踏み潰して、全て、全て全て俺がやったんだ。
「くそがっ!!」
毒雨は叫び、踏み付けていた俺の足を噛む。 鋭い痺れと、痛み。 その瞬間、また何かが外れる音が聞こえた。
「アッハぁ。 邪魔をするナヨ、ナルセ」
口、口口口口くちクチクチ。 閉じよう。 イヤ、開けられないようにシヨウ。 どうやって? こうやっテ。
男のカオヲ踏みつける。 顎の辺りに落とした足から、ぐちゃりと鈍い音が聞コえた。 足を上げると、ひゅーひゅーと息をスる男の姿が見えた。 ヨカッタ、まだ生きているシまだシズカだしまだ元気ダね。 遊び足りないんだ、ボクは全然遊び足りナイ。 もうちょっと、ワタクシと遊ぼう。 久し振りダカラね。 やめろ、やめろやめろ、もう、良い。 よくない、良くないヨクナイ。 傷付けたら、同じ傷を知らないと、でしょ? かもしれない、そうかもしれないけど……俺がしたかったのは、こんなことじゃなくて。 ならナンダ? それならキミはどうして刀をヌイタ? コロスためだロ? 痛めつけるためだロ? ならヤッパリコロそう。 ダカラ、少し黙ってロ。 お前はそう言うケドな、全部お前の殺意からダ。 全部、お前がやろうとしたことダ。 だから黙レ。 後は全て、オレがやる。 お前の望みはゼンブ、オレが叶えてやル。
「きったネェなぁ、血だらかじゃねえカよ。 ねねねね、汚くねぇ?」
「う……ぐ……」
うまく喋れないみたい。 惨めだネェ。 仮面も割れちゃって、素顔が見えちゃってるヨ。 目に涙なんか浮かべちゃっテ。 だけどね、オレのトモダチは泣いてたンだ。 テメェにキミに大切なものを壊されて泣いていたンだよ。 その痛みはまだ、全然返せてイないから。 アトどのくらい? 気が済むまでだ。 わたしの気が済むマデだよ。 ダ、からアト、五千回くらイ死んどケ。 ゴミが。
「ゆっくり、ゆっくりゆっクり。 次は足な? 足でイイ? どれがイイ? やっぱ足にしようね。 エヘヘ」
刀を持ち、ゆっくりと男の足に突き刺す。 声にならない声を男はあげている。 ちょっとうるさいよおまえ。 いや、聞こえないフリ聞こえないフリ。 ウン、やっぱり静かにしないトね。 今は夜だし、近所迷惑になっちゃうカラね。 周りには誰も居ないケど、オレが不愉快なんだ。
「イタイ? 痛いの? ナァナァなぁ、痛いのカ? どのくらい? ちょびっと? それともすごく? 言えたら終わりにしてアゲルよ?」
「が、かっ……い、た……い。 や、め、て。 く……れ」
「良く言えマシタ。 けどやっぱり続けよウ。 俺がボクが楽しいかラ。 アハは、あははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
よし! それじゃあ喉を切ろう! もうキミの声は聞きたくないし鬱陶しいカラネ。 ふふふ。
「……ッ! ァ……ァァァ……」
可哀想に。 普通だったら死んでるノに、能力の所為で死ねないンだ。 ボクにとってはヨカッタけど、キミにとっては最悪だネ。
ぐりぐりと、刀を回す。 回す度に血が吹き出して、ワタクシの体にそれが付く。 何かのオモチャみたいだ。 ああ、最高。 ふふ、ウフフフはははは。
一回転すると、男の体はびくんと跳ねる。 深く刺すと、声にならない声をあげる。 ゆっくり引き抜くと、血が噴水のように吹き出した。
ああ、危ない。 オモシロすぎて殺してしまうトコロだった。 アブねぇー。 まだセーフセーフ、しっかり生きてるネ。 丈夫なのハいいことだ。 それがテメェの取り柄かなァ?
「ンー、何がイタイかな?」
考えよう。 オレが知っている限り、一番痛そうナこと。 あー、ナルセの知識があるから便利ダ。 こいつは色々知ってるカラ。 あれ、デモ成瀬は俺か? そうそう、俺だ。 俺の知識を使って考えよう。 俺が思う、痛め付ける方法。 クレアを傷付けたこいつを痛めつける方法。 頭を使えよ、俺。
お! 良いね、良いの思いつイたよ。
「靴を脱ごう。 リラックスできるシな」
言いながら、オレは毒雨の履いている靴を脱がす。 戦うことヲ考えてイないのか、動きづらそうなクツ。
「ナァ、爪はいでみていい?」
「っ!」
男は首をぶんぶんと必死に振っていた。 もう、首がもげるんじゃないかって勢いデ。 確かキミは、そうやって嫌がってるのを肯定と受け取っていたッケ。 否定は肯定、肯定は肯定。 イエス、ノー。 イエスノーイエスノーイエスノー。 イエスだ。 アは。
「あっはっハっはっははハハははッはははアははハははは!!」
まずは親指。 爪と肌の間に刀の先を差し込んだ。 男が動き回るから、うまく刺せないで親指が飛んだ。 血が吹き出す。 そのトンだ親指を踏み潰す。 汚いゴミをポイ捨てしちゃ、ダメだカらね。
次は人差し指。 先ほどのガ痛かったノカ、オトコは静か。 だから綺麗に差し込めた。 爪が血で真っ赤に染まって、綺麗ダ。 爪の根本まで差し込んで、思いっきり剥いだ。 オトコは再びのた打ち回った。
オレはボクは、全部の爪が終わるマデ、それを繰り返しタ。
「な、成瀬っ!!」
声が聞こえる。 振り向くと、さっきの金髪の女が居た。 そのウシロには、何人ものヒトが居る。 あ、え、確か。 ナカマ? なかま、友達? 一緒に、俺と一緒に? 大切ナ?
「もう……止めてください。 そいつはもう、死んでいます」
死んで? え? 嘘だろ? もう死んだの?
思って、オトコを見る。 ああ、ヤベェ。 ついつい興奮してやり過ぎタ。 足までもいじゃってるジャン。 お腹も割いちゃってるし、目玉くりぬいちゃってるし、耳もネエよ? あ、もしかして小さく小さく刻まれてるソれが耳かなぁ? そりゃシヌかぁ。 あー、でもまだモノタリナイぞ。 ころしたくて、コロシタクテコロシタクテコロシタクテコロシタクテコロシタクテコロシタクテ仕方なイ。 全然たりネェよ。 アァ、殺したい。 誰でもイイかな? 殺せれば、コロセレバソレデダレデモイイヤ。
そうダ、そうだそうだそうだ。 私、良いこと思いついちゃった。 俺がオレがボクが僕がおレボクのナカマっぽいこいつらを――――――――殺してしまオウ。
「オマエ、オマエから。 楽しもう、ネ?」
一歩、踏み出ス。 結構あった距離は一瞬でなくなッタ。 目の前にはオンナ。 そのまマ刀で刺してやろウ。 どこがイイかな? 頭、目、口、耳、手、肩、腹、足、首。 壊れないところがイイな。 でも、イタがらないとツマラナイ。 なら、目かナ? イタイけど死ななイでしょ? そうしよう。
「あはは、ハハ」
刀の先を目に向けル。 オンナは反応できていなかッタ。 いや? 反応、デキている? アレ、でも妙ダ。 ドうシて?
ドうシてこのオンナは、笑っていル?
「もう良いですよ、成瀬。 私は大丈夫です」
ウゴキが止まった。 ナンで? 後もう少シで、目を貫けるのに。 もう少し力を入れれば、オレの仲間を傷付けられるのに。 叫び声が聞こえるのに。 嫌だ。 ヤレヤレヤレヤレ殺セ。 止めろ、やめろ、やめろ止めろやめろ。
「怖い顔、しないでください。 私は成瀬の味方です」
味方、味方? 仲間、か。 友達、大切な、友達。 俺は、何を守って何を傷付けている? もうこれ以上、嫌だ。
クレアは踏み込む。 一歩、進む。 だが、オレが持っている刀は突き刺さらない。 オレが、一歩退いているかラだ。
踏み込め、フミコメフミコメ。 後一歩、アト一歩で串刺しダ。 嫌だ、やめろ。 殺せ、やめろ。 殺せ殺せ殺せ――――――――もう、嫌だ。
「ありがとうございます。 帰りましょう、成瀬」
クレアはそう言うと、俺の血まみれになった体を片手だけで優しく抱き締めた。 とても暖かく、とても心地良く、俺の中にあった何かは綺麗に消えていった。 最後に俺が見たのは、優しそうに微笑むクレアの顔だった。




