屍喰らい 【4】
「……舐められたものだね。 ゼロ」
「別に舐めてはいないさ。 勝つための手段ってわけ。 一、二」
さて、どうしたもんかね。 正直言って、修善さんは俺なんかよりよほど頭が良い。 普通にやってたら、必敗になるゲームだ。 本気を出した修善さんの力は、計り知れない。
だからこそ、俺は自分を追い込む。 これから俺は三回ごとに数字をマイナスしなければならない。 明らかに挑発的なその行動は、修善さんを苛立たせるには充分だ。 そして頭に血が上れば、冷静な判断力を奪うことができる。
「なぁ、あんた負けるよ。 あんたの勝ちへの拘りより、俺の勝ちへの拘りの方が強い。 だから、あんたは負ける。 最初に宣言しておこう」
俺は言って、笑う。 しかし修善さんはそんな言葉に笑って返す。
「幻想と言うんだよ、そういうのは。 勝つのは天才であって、凡人ではない。 君も俺から見たら、凡人だ」
「かもな。 けどよ、凡人が天才に勝つっていうストーリーの方が面白いだろ?」
「そうだね……なら、勝つチャンスをあげよう。 数字をマイナスする、一だ」
かかった。 これで、修善さんと俺は同じ土俵に立つことができた。 俺は次の次で数字をマイナスしなければいけなく、修善さんは俺がマイナスした次の次でマイナスをしなければならない。 この状態になれば、流れ方によってはうまく嵌めることだってできる。
「そりゃありがたい。 二」
「三」
「俺の番。 数字をマイナスする、二」
このゲームでの勝つ条件、それは修善さんに数字のマイナスを使わせた次の番で、十四を言うこと。 この流れなら、俺からスタートでマイナス、プラス、プラス、マイナス、プラス、プラス、マイナス。 という流れ方になる。 相手のマイナス直後に十四を言った方が勝ちという、わかりやすいルールだ。
そして、その流れに乗るための全てはもう終わっている。 このゲームは結局、先攻と後攻のどちらが勝つかは決まっているんだ。 そしてたった今、それが逆転した。 一つのミスを犯した所為で、修善さんの敗北となる。 ひとつだけ特殊なルールを加えることによって、それが見えなくなったんだ。 本質はなんら変わらない、欠陥ゲームでしかない。
「三」
「四、五、六」
「……俺か。 数字をマイナス、五だね」
どうやら、修善さんも気付いたか。 このゲーム、肝心なのは相手がマイナスを言うタイミングと、自分がマイナスを言うタイミングと、その間隔だ。 今回ならば、相手がマイナスを唱えた直後に数字の二を言うことができれば、ヘマをしない限り勝ちは確定する。 そして、その結論に辿り着くのが俺の方がほんの少しだけ早かった。 俺が初手マイナスという挑発をしたことにより、修善さんの思考を鈍らせた所為でな。 こういう手法はどちらかと言えば、俺よりもクレアの専売特許なのだが……使えるものは使わせてもらおう。
相手がマイナスを使った直後、十四から計算して六ごとの数字が言えれば良い。 つまり、二と八、それと十四だ。
「俺の番だな。 悪いな、修善さん。 六、七、八」
「勝ち誇られても困るね。 勝負は何が起きるか分からない、そうだろ?」
「ああ、そうだな」
……まさかとは思うが、さすがにそこまで気付いていないよな? こりゃ、保険が仇になったか? いや、落ち着け。 俺が仕掛けた保険に気付いているのなら、それこそもっと早く看破してくるだろう。 大丈夫、大丈夫だ。 このまま進めていけば、やがて後がなくなって終わりだ。 イレギュラーがあるとすれば、修善さんがこれまでのやり取りでなんら動揺していないということだけ。
「ふむ……マイナスだね、十一」
「なら、十二、十三、十四」
少し経ち、予想通りの流れとなる。 俺が十四を読み上げた以上、修善さんに勝ち目はない。 そのはずなのに、依然として修善さんから焦りは全く感じられなかった。 それがどうしようもなく不気味で、底知れぬ恐怖すら感じる。 全てを見透かされているようで、早いところ決着を付けてしまいたい。
「十五、十六、十七……ところで、君はあの二人のどちらかと付き合っているのか?」
「マイナスして十六。 どうしてそう思う? 西園寺さんもクレアも、ただの友達だよ。 大切な」
自分でも驚いた。 会って間もないこの人に、二人のことをそう説明するなんて。 心の内では常に思っていることだし、本当のことだ。 でも、他人に言うのは恥ずかしくて照れ臭い所為もあり、そうそう言わないことだってのに。
「そうか。 二人とも、とても良い子だね。 俺のニャン蔵とポチ男も楽しそうに、嬉しそうにしているから。 俺から代わりに礼を言っておくよ」
ネーミングセンスないなおい。 俺も人のことは言えないかもしれないが……この人のそれ、結構酷いぞ。 ていうか両方雄だったのか。 名前適当過ぎるだろ……。 もうちょっとなんとかならなかったのか。
「動物に好かれる人はね、良い人なんだよ。 俺が昔出会った小さな子供は、口癖のように言っていたんだ」
……そういや、クレアも似たようなことを言っていたっけ。 でもその理論が適用されてしまうと、俺は悪い奴ってことになるんだが……。 そりゃ、ずっと面倒を見ていれば懐かれるけどさ。
「その子供って?」
「綺麗な目をしている少女だったよ。 名前は確か……ディジって、言ったかな」
ディジ? それってもしや、ディジさんのことか? ていうことは、過去に二人は会っている……? そうか、会っていても変ではないのか。 ディジさんが小さい頃に、戦争は起きたのだから。
「エリアAか? 黒髪の少女か?」
「うん、今で言うところのエリアAだよ。 黒髪じゃなくて、金髪だったかな。 けど、友達に金髪が変だと言われて、俺が会ったときは酷く落ち込んでいたみたいだったね」
間違いない。 その少女は恐らく、俺たちが知っているディジさんと同一人物だ。 だけど、地毛が金髪ってのはクレアと一緒だな……。 そう言えば、ラストネームは二人とも一緒だったな。 ううむ……まさかな。 クレアの親族はもういないから、あり得ないことだ。
そして、ディジさんの髪が今は黒髪だということは、そのお友達に言われたからなのだろう。 外人のわりに、やけに日本人っぽい髪色だったのはそういうことか。
「戦争中、あそこは俺たちの拠点だったんだ。 非能力者は俺たちを化け物だと罵っていたけど、ディジだけは普通に接してくれた。 戦争はやめて欲しいと彼女は俺に頼んで来たよ。 その願いを聞くことは、できなかったんだけどね。 俺たちの目的はあの時点では揺るがないものだったから」
「修善さん……彼女は生きているよ。 俺が手を貸している組織……アライブに所属して、生きてるよ」
修善さんは俺の言葉を聞くと、目を見開いた。 そして少しだけ、本当に少しだけ声を震わせながら「そうか」と呟いた。
この世界は、間違えだらけだ。 化け物と言われる能力者の気持ちを殆どの人は理解していない。 そして能力者というだけで自身をまるで神のように言う奴だっている。 逆に、能力者を殺さなければならない存在だと認識している人たちも存在する。 それは最早、敷かれたレールに沿うように突き進んでいるんだ。 殆どがそれを常識だと捉えて、その通りにしか進まない。
アライブで言うのなら、ディジさんだけが理解しようとしている。 そして能力者側なら、理解しているのは今、俺の目の前に居るこの人だ。
誰も、何も分かっていない。 理解していない。 自分のことを正しいと信じ、他者を決して信じようとしない。 間違えは肯定され、正しいことは否定される。 そんな間違いだらけの世界で、この人は必死にそれを正そうとしたんだ。 誰に理解されなくても、なんと言われようとも、懸命に。
だって、そうだろ。 ディジさんやクレアが言うように「動物に好かれる人は良い奴」を俺に言わせてもらえば「人のために泣ける奴は良い奴」だと思うから。 こんなのはもう、人間と何一つ変わらないじゃないか。 修善さんは涙こそ流さないものの、その気持ちは同じようなものだ。 声色からそれくらいは分かってしまう。 これがきっと、西園寺さんが言うところの人の気持ちなんだ。
「っと、ごめん。 俺の番だったね。 十七、十八、十九」
「……二十」
「マイナスの番か。 十九」
「もう一度二十だ。 これで、王手」
追い詰め、追いやる。 俺は勝たなければならない。 それが修善さんにとって辛いことだったとしても、夢半ばで倒れることになったとしても。 目標がある内は足を止めることなんてできやしない。 申し訳ないとは思っているが、やるべきことが俺にはあるんだ。
「優しいんだね、君は」
「……」
「だから、彼女たちも君を慕っているのかもしれない。 優しい人はモテるよ、覚えておくと良い。 王手という言葉を使ったのはそういう意味だと受け取っておくよ? だけど」
王手というのは、首に手をかけたぞという意味の言葉だ。 それは詰みではなく、警告なのである。 だからこそ修善さんは動じない。 いや……。
――――――この人は今この瞬間まで、一度も動揺なんてしていないのだ。
「時にその優しさは、弱点ともなる」
ここで初めて、修善さんの雰囲気が変わった。 それはまるで、厳しさを教えるようにも感じられる。
「言わば、付け入る隙を与えるということにもなるんだ。 俺はそこまで甘くないよ」
そして、修善さんは言った。
「数字をマイナスする。 十九だ」
……やられた。 からくりがバレていた。 うまく騙されてくれていると思っていたが、そう簡単にはいかないか。
「……マイナスだ。 十八」
くそ……しくじったな。 俺が言ったルールを完全に理解されていた。 マイナスは三回ごとに言わなければならないというルールの、隠されたもう一つのルールを見破られていたんだ。
三回ごとに言わなければならない。 つまり、その三回の間でも使用できるということ。 マイナスだけを使うことも可能なんだ、この俺が提案したルールでは。
「俺はまたマイナスする。 十七」
修繕さんは言うと、足を組み替える。 俺の考えを見透かしていて満足って感じか……。 さすがに一筋縄ではいかないな、この人は。
「参ったね、これじゃあゲームに決着が付かないよ。 俺も君も、二十一を言うことが絶対になくなってしまった」
その通り。 だから、俺は今の今までそれを使わなかったんだ。 最悪の場合、引き分けに持ち込める保険として。
「最悪の場合の保険……ということかな。 はは」
そんな考えすらも、この人の前では見透かされているようだ。 思考を読める俺の能力よりも、よっぽどそっちのが異能っぽいな。 自然とそれをやってのけているんだから、厄介なことこの上ない。
「十八、十九」
「……まだ続けるのかい? まぁ、俺は気が済むまで付き合っても良いけどさ。 それなら俺は二十だ。 君のように言わせてもらえば、これで王手ということかな」
甘くはない。 決して、この人は弱くない。 強いんだ、これ以上ないってくらいに。
だけど、負けたくないな。 俺は勝ち続けなきゃならない、それは西園寺さんのためでもあるし、絶対に負けないと約束したクレアのためでもある。 こんなところで、負けるわけにはいかないんだ。 当然、引き分けなんて譲歩も受けるつもりはない。 俺の辞書にはあいにく、負けという言葉も引き分けという言葉もないんだ。
最悪の場合の保険、付け入る隙、俺が優しい、か。
「残念。 修善さん、俺の勝ちだ」
もしも本気でそう思ったのなら、まんまと俺の策に嵌められたってことなんだよ。 勝負は決した、もう後戻りはできやしない。 一手一手、最後の最後まで油断を見せたら絶対に駄目だ。 勝負事でもっとも大事なこと、それは勝ちのパターンを頭に思い描くこと。
当然、最悪のパターンも想定するべきだ。 だが、それは負けたときのことではなく、勝ち筋への道として使う。 マイナス要素も、勝ちに繋げる。 そう、マイナスを利用するんだよ。
「……何を馬鹿なことをと言っても、君の場合は何かしら理由がありそうだ。 引き分けでも負けでもなく、勝ちだと断言するその理由が俺は気になるね」
「修善さんが、勝ちに拘る人だったらバレていたかもしれない。 だけどな、負けても良いと考えてる奴に負けるほど、残念ながら俺は馬鹿じゃないし、甘くもない。 俺の言った言葉、覚えているか?」
「君の……言葉」
修善さんは考え込む。 それは本当に一瞬で、すぐに顔を上げた修善さんの表情は、悔しさのようなものが感じ取れた。
……その一瞬で気付けるってことは、やっぱこの人はあり得ないほど人間離れしているな。 まさしく、人間の化け物だ。
「はは、あはは! やられた。 これは……一本取られた。 どうやら君の言う通り、本当に俺の負けらしいな」
「なんだかそんな簡単に見透かされると、俺の方が負けた気分だよ。 だから言っておく、俺は修善さんに聞かれたとき、こう言ったろ?」
「どんなことをしてでも勝つ」
笑って、言ってやる。 それは例え卑怯でも、最悪な方法でも、百人中百人が反則だと言っても。
勝負をしている二人が納得する方法ならば、それは最善の策となる。
修善さんが俺に「必勝法があるのか」と尋ねてきたとき、俺は言ったんだ。 どんなことをしてでも勝つって。 それがどれだけ屁理屈じみたことでも、勝ちへの拘りだ。
「……うん。 俺も今度機会があったら、それは肝に命じておこう。 ご教授、感謝する」
頭を下げた修善さんを見て、俺は言う。 決着を付けるひと言を。
「二十一」
そして、もう一つ。
「二十二。 これで、チェックメイトだ」
俺が説明した最初のルールは、二十一を言ったら負けというルール。 その後に俺はルールを多少変更すると言って、二十一で言い終わったら負けというルールにした。
その二つには、明確な差異がある。 最大限気付かれないように、数字をいつでもマイナスできるというルールを隠したのも言わせてもらえばダミー。 全ては修善さんに一瞬の隙を作るため、俺が一秒でも気を抜けば、バレていたギリギリの策。
「俺の番か。 前回のマイナスから三回目、プラスをすることはできない。 そしてマイナスを使う場合、一つずつのマイナス。 俺の負けだね……二十一」
こうして、最強の能力者との勝負は決した。
「さて、勝負は君の勝ちだ。 本題の「俺の能力が何か」というのも、その分だと余裕で分かっているだろうから、言ってしまうか」
修善さんは、笑っていた。 本当に嬉しそうに、楽しそうに。 負けたというのに、こんなに楽しそうにされてしまっては勝った気分でいられないな、俺も。
「生死眼、それが俺の能力だよ。 一度でも目を合わせたものなら、地球の裏側に居ても殺すことができる能力。 だから、君たちのことをいつでも殺せると言ったのはそういう意味だよ」
「やっぱりそうか。 あんたが戦争の原因で、中心的人物だったってわけだ。 そして、今はそれを悔いている……ってところか?」
「うん。 俺がこんな能力を発現させなければ、戦争は起きなかった。 人が沢山死ぬこともなかった。 俺の所為で、戦争は起きたんだ」
もしもそうだったとして、事実はそうなのだろうけど。 それでも、修善さんのおかげで救われた能力者は沢山いるはずなんだ。 非能力者も、能力者も、手を取り合う未来にはならなかったけれど……死なせてしまった人たちと同じくらい、この人は同時に助けもしたんじゃないかなって、俺は思う。 それを言うことはしないけど、そう思うんだ。
「約束通り、このエリアは君たちに譲るよ。 と言っても、俺が死なないとエリアは解放されないから……死ぬことになるんだけどさ」
それも、それもまた、予想が付いていたことだ。 守人と呼ばれる彼らが、エリアに配置されている理由。 それもまた、この世界でのルールというわけだ。
……ムカつくな。 そんな世界が作られてしまったことが、心底気分が悪い。
俺もなんだか、そういうのが段々と分かるようになってきた。 西園寺さんやクレアと一緒に居ると、痛感するんだ。 手を取り合うことがどれほど良いことなのかって。 それは修善さんも恐らく、分かっていたんだろう。 だからこそ修善さんは、手を取り合う未来を望んでいた。
「待てよ。 修善さんに言うのもおかしな話だけど、俺たちの目的はエリアを奪うことじゃなく、あんたたち能力者を倒すことなんだ。 それなら、この場合も倒したに含まれるだろ?」
「……はは、そうかい。 けれど、君たちの仲間はそれで納得するのかな。 一緒にこの世界へきた仲間ではなく、今手を組んでいる仲間たちだ。 彼らの目的は、エリアを全て奪還することだろう?」
「そんときはそんときだよ。 少なくとも、今この場で修善さんが死ぬ理由にはならない。 だから、まだ生きていてくれ」
期待……だな。 あるいは、希望か。 柄にもなく、そんなことを思う。 話し合い、分かり合える未来がもしもまだ存在するのなら……俺は少しだけ、そんな未来が見てみたい。 ただの、気まぐれだ。
「分かった。 君は勝者で、僕は敗者だ。 君の意見を聞き入れよう。 それと、戦利品と言っちゃあれだけど……この刀、使ってくれ。 俺がずっと使ってきた刀だ。 少々面倒な刀だけど、強さだけは折り紙付きだよ」
修善さんは言い、腰に付けられている刀を外し、俺へ差し出す。 形状は至って普通の刀だ。 しかし、その柄には生眼の剣同様に眼が埋め込まれている。
「……生眼の剣みたいな武器ってことか?」
「んー、あれとは少し違うね。 彼らが作り上げた生眼の剣っていうのは、要するに殺意を喰らう武器だ。 持ち主の溢れだした殺意を喰らい、強さを発揮する。 そして持ち主はその分、落ち着けるという武器だね」
「へぇ……」
つまり、メリットが大きいということか。 殺意によって捗らなくなった思考を落ち着かせることができる、ということだな。 戦闘中は常に思考を働かせないといけない分、その役割は有効に作用しているのか。
「だが、極稀に違う物が生まれる。 君たちのお仲間の鍛冶屋さんは、それを知っていたようだね。 言わば突然変異とも言える生眼の剣は全て処分していたようだ。 そしてこの刀は、その中でもかなりの代物だよ」
……なるほど。 生眼の剣の製造方法自体は昔からあったということか。 そしてその突然変異種が、修善さんの愛刀ということだ。 能力者を倒すための武器を能力者が使っているだなんて、皮肉も良いところだな。 まぁ、修善さんの場合は分かり合おうという意思が少なからずあったんだとは思う。
「いいかい、良く聞いてくれ」
俺の思考を遮るように言って、修善さんは続ける。
「この刀は、言うならば死眼の剣。 こいつは殺意を喰らわない、意思を喰らわない。 起こすのは、殺意の増幅だ」
「……殺意の増幅?」
「持ち主の殺意を増幅させるんだ。 そしてそれを利用して、この刀は力を解放する。 強いけど、膨れ上がる殺意を抑えないと大変なことになる。 君はとても冷静だから、使いこなせると思うんだ。 ま、もしいらないならこれは俺が責任を持って墓まで持って行くよ」
殺意で気を高める……みたいな感じだろうか? 詳しくは分からないけど、あっても損ではないか。
「いや……もらっておくよ。 使うかどうかは置いといて、俺は弱いから、せめて武器だけでも良いのを持っておきたい」
「はは、素直だ。 ならば渡そう、受け取ってくれ。 ただし、精神が安定していないときには絶対に使わないでくれ。 殺意に飲まれることになるからね。 良いか、絶対だ」
修善さんは腰からその刀を外し、俺に渡す。 ずっしりと重みがあり、綺麗な鞘からは考えられないほど、この刀からは嫌なものを感じた。 まるで、飲み込まれてしまうような悪寒だ。
「気を付けなよ、赤腕も蒼龍も毒雨も強い。 心してかかるように」
「……ああ、そういや言い忘れてたな。 赤腕……芳ケ崎はもう、この世にいないよ。 ついこの前、あいつとは戦った」
「戦った……? 待て、殺したのか? 芳ケ崎を?」
俺がそう言った瞬間、修善さんの顔色が変わる。 もしかして親友だったりしたのか……? だったら、言ったのは失敗だったか? マズイな、正面からこの人と戦っては、物理戦では絶対に勝ち目がない。 それに能力を発動されたら、俺たちは一瞬で死ぬ。 殺される前に……殺るか?
「まずいぞ。 今すぐ戻るんだ、君たちのアジトへ。 芳ケ崎を殺したのはいつだ? いつ、あいつを殺した?」
しかし、様子がおかしい。 修善さんから感じ取れるのは、焦りだ。 恨みではなく、焦り。 そして俺を心配するようなその言動……何かが、妙だ。
「待ってくれ、状況が分からない。 どういうことだ?」
「……やはりその様子だと知らないか。 良いか、よく聞いてくれ。 俺たち守人は、エリアから出ることはできない。 だが、それには例外があるんだ」
「例外?」
「ああ、例外だ。 その例外ってのが、他の守人が死んだ場合。 俺が動ける切っ掛けの守人は、エリアEの蒼龍だ。 だけど、エリアAの守人が死んだ場合……動くことができるのは、エリアDの毒雨だ。 毒雨が死んだ場合、動けるのはエリアEの蒼龍となっている。 そして俺が死んだ場合はエリアAの芳ケ崎が動けるんだ。 唯一動けないのが、エリアBの守人なんだよ」
つまり、エリアが解放される? 安全地帯だと思い込んでいた中立地帯まで行けるということか? だとしたら、今のこの状況は。
非常に、マズイ。
「毒雨は、俺たちの中でも一番質が悪い。 人を殺すためなら手段を選ばないような奴だ。 くそ……あいつに能力を使えれば良いんだけど、素顔を決して見せない奴で、あいつの目を見たことがない。 すまない」
「いや、良いよ。 修善さんには沢山助けてもらった。 それにもう、俺は充分すぎるほどの恩を貰ったから」
「……ありがとう、成瀬。 もしもあの時代に君が居たら、未来は変わっていたのかもしれないな」
それは、どうだろう。 強く、優しい修善さんが居てもこうなってしまったんだ。 俺が居たところで、きっと未来は変わらなかったんじゃないだろうか。 それこそ、西園寺さんが居れば変わったのかもしれないけれど。
「とにかく急げ。 エリアDから中立地帯までは大分距離がある分、すぐに何かが起きることはないはずだけど……芳ケ崎を殺したのは、結構前か。 だとしたらもう毒雨が着いていてもおかしくはない。 それと、いくら動けると言っても守人は他の守人が生きているエリアには入れないんだ。 だから、終わったらこのエリアに来ると良い」
「何から何までありがとう。 必ず戻ってくるから、待っててくれ」
「ああ」
修善さんから受け取った刀を持ち、俺は廃墟を後にする。 目指す場所は、中立地帯……アライブのアジト。 しばらく戻っていなかったが、みんな無事で居てくれると良いが。
とにかく今は、クレアと西園寺さんを連れて戻ることが先決。 そして全員と連絡を取り、修善さんが居るエリアCへの避難だ。 最善策は全員無事で、一旦このエリアに避難できることだな。 毒雨を殺してしまった場合、動けるのは蒼龍だから……それもまた、最悪のパターンの一つか。
「成瀬ッ!!」
俺が外に飛び出すと、目に入ってきたのは血相を変えたクレアだった。 その横には、同じように血相を変えた西園寺さん。 クレアの様子からして、どこかへ行っていたのか? そして慌てて戻ってきた。 俺に何かを知らせるために。
この場合、その何かは。
「大変です! 子供たちが、攫われましたッ!!」
事態は、俺が考えているより最悪なのかもしれない。




